バイオアナリティカル研究グループ(つくばセンター)
◇研究紹介◇
生命現象の謎を解き明かし、生体の機能をより詳しく理解することは創薬基盤技術・医療基盤技術の開発にとって重要です。生体の機能を調べるためには細胞・微生物を観察・評価したり、核酸やタンパク質などの生体分子の量や動きを正確に解析したりするための生体分子解析技術が必要となります。生体分子解析技術とは、PCR法やDNAシークエンサー、蛍光顕微鏡などのバイオテクノロジーの分野で広く利用される計測技術です。いまでこそ当たり前のように利用されているこれらの技術も開発当初は様々な試行錯誤が繰り返された歴史的経緯があり、それらの研究開発により革新が起こり研究が進歩しています。当研究グループでは生体分子解析技術の簡便化・低コスト化・高精度化・標準化を志向しつつ、世の中を変えるような新しい技術の開発やそれらを生体機能の解明へと応用展開することを目標に研究を行っています。
1:バイオテクノロジーの標準化への貢献
ISOにおいてバイオテクノロジーの技術委員会(TC276)が2013年に設立され、細胞計測や生体分子解析技術の国際標準化が進められています。細胞計測においては顕微鏡を用いたイメージング技術などが生体分子解析技術においてはPCR法などの技術が含まれます。当研究グループでは分析技術の標準(文書)化や標準物質の開発を通してバイオテクノロジーのルール作りを進めています。これらの活動を通してバイオ標準の国際舞台で世界をリードできるような人材育成も目標としています。
2:Water-in-oilドロップレットを用いた微生物培養
Water-in-oilドロップレットとは、油相中に微小水滴を分散させた状態を言います。専用の装置を使用することで、直径30 µm〜100 µm程度の微小水滴を一度に数十万単位で作製することが可能となります。これら微小水滴同士はオイルによって隔てられているため、独立したコンパートメントとして利用できます。私たちの研究では、これら微小水滴を培養器として利用することでハイスループットな微生物培養手法の構築を試みています。
3:生命システムの理解を目指したボトムアップ型人工合成細胞モデルの創製
細胞は,細胞膜に覆われた微小空間内で,核酸,タンパク質などの様々な生体分子が複雑に絡み合って形成されています。我々は細胞膜と同様の脂質二分子膜で形成されたリポソーム(人工細胞膜)と呼ばれる材料をベースに,人工細胞膜の動きや形の解析,作る技術開発,内部での化学反応,生きた細胞との融合によるハイブリッド人工細胞の創製など,生命システムの理解やボトムアップ合成生物工学の技術開発と応用の研究に取り組んでいます。目標は,環境に応答し,コミュニケーションし,行動することができる人工システムを創り,将来的には自己進化し,適応するシステムの実現です。
4:質量分析を基盤とした高精度代謝解析システムの開発と応用
MALDI-MSを基盤とした低分子量代謝物分析に対する有用性にいち早く着目し、一連の技術開発を精力的に行ってきています。これまでに、数十〜数百細胞を用いて高い再現性・定量性で運用可能な超高速代謝プロファイリング技術の開発に成功しています。また、組織内微小領域における代謝動態可視化の成、微量投与成分およびその薬物代謝生成物の同時可視化、ヒト臨床検体を用いた高精度がん診断用代謝バイオマーカーの開発などに成功しています。
これらのオンリーワン技術である「MALDI-MSを中心とした代謝物測定技術」の先鋭化により、1細胞レベルの表現型・機能・多様性・個性を理解するために必須となる生体物質・分子情報を定量的・網羅的に極限の精度と分解能で解析・制御するための基盤技術・ツールの構築を目指しています。
5:蛍光相関解析技術による分子機能の可視化
核酸やタンパク質のような機能性生体分子はそれぞれが分子の形を変えながら結合/解離を繰り返し、ダイナミックに動き回ることによってその機能を発揮しています。しかし、このような分子の動態ならびに機能を直接観察することは容易ではありません。私たちは1分子計測法の一つである蛍光相関解析法を用いて水溶液中や細胞内で動き回る分子の挙動を観察・定量し、分子の「機能」を可視化する新しいイメージング法の開発を行っています。同時に、私たちは分子の数を正確に定量する技術を開発しています。分子の数を計測することは分子が引き起こす生命現象を正確に理解することにつながります。時々刻々と変化する分子の動態と数を読み解くことによって、生命現象のメカニズムに迫る研究が可能になると考えています。
また、蛍光イメージングにおける定量値の妥当性や互換性を検証し、バイオイメージング分野の標準化に貢献します。
6:ヒトマイクロバイオームのための計測インフラストラクチャの確立と応用
ヒトマイクロバイオームの微生物叢解析法の開発と応用を目指しています。 具体的には、複雑な微生物叢のためのメタゲノミクス解析の信頼性を向上させるために、合成DNA 標準物質/細胞標準物質などの新しい計測ソリューションを確立することを目的としています。そして、ヒトの微生物叢に関する研究開発から産業応用を加速してヒトの健康を向上させることを目指しています。 さらに、腸内細菌叢と健康や病気との関係を調査し、新しい治療法を確立するための基礎となる重要な微生物を特定し、培養することも目的としています。
7: 微生物細胞におけるストレス応答機構の解明
Toxin-Antitoxin機構は原核生物に広く保存されているストレス応答機構で あり,毒性タンパクであるToxinと抗毒性タンパクであるAntitoxinから構成さ れます。通常,AntitoxinがToxinと複合体を形成することでToxin分子の毒性 が抑制されてますが,微生物がある種の環境ストレスに曝された際,Antitoxin の分解が起き,Toxinが細胞内で遊離,微生物の増殖が抑制されます。Toxin分 子の中でも,細胞内RNAを切断し微生物の翻訳を制御するものは「RNA干渉酵 素」と総称されています。当研究室ではこれらRNA干渉酵素を取得し,超並列 シーケンシング法や蛍光消光現象を用いることで,その基質特異性や酵素特性 を調べています。これにより微生物のストレス環境下での生存に本酵素がどの ように寄与しているのか?を明らかにしたいと考えています。またRNA切断と いうその特徴を活かし,生物工学的応用を試みています。
◇業績リスト◇
|2024年|2023年|2022年|2021年|2020年|2019年以前|
◇関連トピックス◇
- 2024/10/1 島津製作所-産総研 アドバンスド・ソリューション連携研究ラボ設立
- 2024/10/1 広報誌「ざ・らいふ」2024年10月号p4. 若手紹介 中村彰伸研究員
- 2024/9/26 プレスリリース「バイオものづくりを支える微生物探索のための基盤技術を開発」
- 企業との成果 「マイクロバイオーム解析の精度管理のための人工核酸標準物質」
- 企業との成果 「ドロップレット用微生物検出試薬On-chipⓇFNAP-sort」
◇技術シーズ紹介◇
◇メンバー◇
氏名 | 役職 | 研究テーマ | 研究内容 |
---|---|---|---|
佐々木 章 | 研究グループ長 |
|
1分子蛍光イメージング技術の1つである蛍光相関分光法とその発展法を用いて、溶液中や生細胞内で機能している生体分子の物性、相互作用をセンシングあるいは絶対定量することを目指しています。また、バイオ標準に関する取り組みとして、光計測技術の精度管理や蛍光顕微鏡の標準整備並びに国際標準化を推進しています。 |
野田 尚宏 | 企画本部企画室 室長/バイオアナリティカル研究グループ付 |
|
w/oドロップレットを用いた100万スケール以上のハイスループットスクリーニング技術を利用した酵素系スクリーニングや微生物探索を行っています。また、RNA切断酵素による微生物の制御技術に関する研究やバイオテクノロジーの標準化推進も行っています。 |
陶山 哲志 | 主任研究員 |
|
微生物の環境ストレス応答、特に休眠や飢餓生残に関わる遺伝子発現制御について研究しています。また核酸標準物質の整備や、遺伝子定量・微量遺伝子検出において偽陽性の原因になる核酸増幅産物による汚染とその対策、W/Oドロップレットを用いて特定の機能を持つ微生物や遺伝子、有用な遺伝子クローンを取得する研究等を進めています。 |
横田 亜紀子 | 主任研究員 |
|
微生物の環境適応に関与する配列特異的エンドリボヌクレアーゼMazFについて、切断配列を同定し、細胞内における生理機能を考察するとともに、MazFを基盤とするRNA医薬品の品質分析などの応用展開を目指しています。また、ドロップレットを用いた高速スクリーニング系の開発にも取り組んでいます。 |
三浦 大典 | 主任研究員 |
|
質量分析を中心とした代謝物測定技術の先鋭化により、1細胞レベルの表現型・機能・多様性・個性を理解するために必須となる生体物質・分子情報を定量的・網羅的に解析・制御するための基盤技術・ツールの構築を目指し、疾患や薬剤投与などへの応答をフェノタイプとして捉えることが可能な技術の創生を行っています。 |
Dieter Tourlousse | 主任研究員 |
|
高度なシーケンス、バイオインフォマティクス、微生物群集を分析するための技術を開発します。マイクロバイオーム測定の信頼性を高めるために、人工核酸標準材料と推奨プロトコルを開発します。新しい細菌種の培養とゲノム配列決定により、ヒトのミクロビオームに関する知識を深めます。 |
森田 雅宗 | 主任研究員 |
|
生体分子の自己組織化により、生物のような分子システムの構築に取り組んでいます。具体的には人工細胞膜であるリポソームを基盤に、その内部に分子から微生物(細胞)まで様々に内包したシステムを作り研究を進めています。 |
千賀 由佳子 | 主任研究員 |
|
生命現象の作用機序を評価・解明するためのバイオ計測技術開発に取り組んでいます。動物細胞や微生物を用いて抗体などのタンパク質を作製し、物理化学的な評価やターゲットとの相互作用解析などの機能性評価を行っています。 |
松倉 智子 | 主任研究員 |
|
ナノリットルスケールの微小空間であるw/oドロップレット内でハイスループットに微生物を培養し、微生物が増殖したドロップレットのみを特異的に検出する手法の構築を主に実施しています。目的のドロップレットをセルソーターを用いた分取し、効率良くスケールアップ培養させる手法についても検討しています。。 |
中村 彰伸 | 研究員 |
|
微生物や哺乳類細胞の細胞機能を可視化/解析するための蛍光色素の開発に取り組んでいます。 タンパク質の細胞内の空間配置を制御するための有機小分子(局在性リガンド)の開発と細胞機能制御への応用に取り組んでいます。 |