TECH Meets BUSINESS
産業技術総合研究所が創出・支援するベンチャービジネス

音声を制する者が次世代ビジネスを切り拓く!
〜AIと音声認識技術の実用化〜

「分子の動きを見る」という独自の技術で、難病をターゲットとした治療薬の開発に挑むモルミル株式会社。アカデミア研究者3人の技術と知見を融合させ、新しい創薬基盤技術を生み出します。さらにアカデミアシーズの社会実装と雇用創出を通じて、日本のアカデミア研究者が置かれている不安定な状況を改善する人材プラットフォームを目指しています。

森英一朗/Eiichiro Mori

森英一朗/Eiichiro Mori

2009年奈良県立医科大学卒業。2015年同大学院医学研究科修了。博士(医学)取得。奈良県立医科大学附属病院臨床研修医(2009-2011年)、米国テキサス大学研究員(2011-2017年)を経て、2017年4月より奈良県立医科大学医学部(特任助教・特任講師・准教授)。2022年6月にモルミル株式会社設立。

冨田 峻介/Shunsuke Tomita

冨田峻介/Shunsuke Tomita

2011年筑波大学大学院数理物質科学研究科修了。博士(工学)取得。同大学院博士研究員(2011-2012年)、東京大学大学院総合文化研究科JSPS特別研究員(2012-2014年)、産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究員を経て、2020年より健康医工学研究部門主任研究員。2022年9月よりモルミル株式会社科学顧問。

山本政高/Masataka Yamamoto

山本政高/Masataka Yamamoto

ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで国際公共政策修士修了後、製造業関連の営業を約8年経験。その後、コンサルティングファームにてM&AのBDD業務や大手輸送機器メーカのコネクティビティのPMO業務などを経験し、外資系SaaS企業の現地法人7人目社員を経て、2022年6月モルミル株式会社を共同創業。

音声認識技術の実用化はこれから

味覚の仕組みを模倣することで分子の“味”を認識

― 分子の動きを捉える独自技術「chemical-tongue」について教えてください。

冨田峻介さん(以下、冨田):

ひと言で言えば、これまで見えていなかった検体の新しい一面を捉えて検出できる技術です。たとえば血液や組織・細胞に含まれる何万種類もの物質のうち、1種類だけを検査して健康と判断することは正しいでしょうか。こうした非常に複雑な組成の検体をどう評価すればよいのか、いまだ答えは出ていません。そうした検体の特徴を正確に認識できる新しい分析技術が必要であるというのが開発当初のモチベーションでした。

開発にあたり、私が着目したのは味覚です。口にしたものがオレンジジュースだとわかるのは、そこに含まれる甘味や苦味や旨味などさまざまな成分のパターンを認識しているからです。人間の五感はいずれも似た原理で動いていて、たとえば視覚を考えると、目だけ切り取った写真を見ても誰かわかりませんが、顔全体を見ればマスクをしていてもわかります。髪型や輪郭などを含めた全体像で判断しているのです。人間の感覚機能が持つ、パターンを認識するという考え方がこの技術のポイントになります。

― 「chemical-tongue」という名の由来につながりますね。パターンを認識するということについてさらに詳しくお聞かせいただけますか?

冨田:

味覚の仕組みを模倣して、標的となる血液や細胞などの状態を反映したパターンを、いわば検体の“味”として認識することで、たとえば正常な検体の味、異常な検体の味を見分けるという考え方です。

パターン情報の取得には、さまざまな構造の合成高分子を用います。合成高分子には蛍光色素を導入してあり、これが検体と結合すると光り方が変化します。この多様な合成高分子をアレイ状に並べ、そこに検体を混ぜることで、その検体の性質に応じた様々な相互作用が起きて、それを光り方の変化として検出できます。味覚で言えば、物を口にしたときに舌の上の細胞が脳に送っている味の信号を、光で取得するわけです。そこに画像認識や文字認識で使われる情報処理技術を利用して光のパターンを認識することで、血液や細胞の状態の識別が可能になります。

モルミル株式会社(以下、モルミル)では、この技術をタンパク質の液-液相分離に適用することで創薬を行います。水と油のように、液体どうしが混ざり合わずに複数の相に分かれる現象を液-液相分離と言います。最近の研究により、ALS(筋萎縮性側索硬化症)など多様な疾患と関連のあるタンパク質が、液-液相分離によって液体状の集合体を形成することが分かってきました。そして、この相分離の状態を経て、異常な凝集体となり、これが疾患の発症に関わっていることが分かりつつあります。しかし、タンパク質の液-液相分離と多様な疾患との関連が指摘されていながら、相分離の状態を分析するツールはまだ十分にあるとは言えません。このタンパク質の相分離状態の認識に「chemical-tongue」を使うことで、ある薬剤を投与したときの相分離状態の変化を、大がかりな装置を用いず簡易に、そして安価に検出でき、創薬スクリーニングの高速化を実現できるようになります。

タンパク質凝集の理解には分子の動きを評価することが重要

タンパク質凝集の理解には分子の動きを評価することが重要

検体の“味”を識別する「chemical-tongue」

検体の“味”を識別する「chemical-tongue」

森英一朗さん(以下、森):

冨田が開発した「chemical-tongue」は、生体高分子のタンパク質の動きを評価するうえで、得られる情報の多さやコストの低さなどで既存の解析技術にない優位性があります。さらに当社は、1つの分子のふるまいにフォーカスして検出する技術を有しています。これはもう1人の科学顧問である徳島大学の齋尾が持つ「NMR(核磁気共鳴法)」を用いた技術で、原子レベルで分子の動きを捉えることができ、生体試料の幅広い分析が可能となります。

― コア技術が2つあることは大きな強みですね。どのようなフローになるのでしょうか?

森:

既存の分子構造解析技術では、1つの薬剤候補物質とタンパク質の相互作用を評価するのに半年から1年という時間と多額の費用がかかります。何万種類もの候補物質を前にして、それではいつまで経っても薬は手に入りません。そこでまず「chemical-tongue」により候補物質を低コストでスクリーニングし、狙いを定めた候補物質に対して予算を投入し「NMR」によって詳細を解析していくのが当社の相分離解析ワークフローです。どちらの技術も単独では薬にたどり着けない、ならば融合すればいいと考えたのです。私が奈良県立医科大学で相分離の研究を進める上でどちらのデータも必要だった、だから冨田とも齋尾とも共同研究を行い、次世代の創薬に貢献するビジネスの創出につなげました。

冨田:

私と齋尾の技術に加え、相分離分野の黎明期から取り組んできた森の研究も重要な位置づけにあります。何を検出対象とするかなどは、専門的な技術や知見、ネットワークを有する森のディレクションがあってはじめて回りはじめるので、どれか1つでも欠けたら進みません。

私は2012年頃から「chemical-tongue」の技術開発を続けてきました。論文発表や知財化などを進めていましたが、自分だけで続けていてもこの技術を社会に出していくことは難しいと感じていました。そんなときに、1つだと個人の研究で終わってしまいかねない異分野の技術を融合させて社会実装を目指すという森の着想を聞かされ、これは面白いと感じました。通常は1つの技術をコアにベンチャーを立ち上げるケースが多いと思いますが、当社は複数のコア技術があることがユニークな強みであると考えています。

「chemical-tongue+NMR」で幅広い分子状態を評価

「chemical-tongue+NMR」で幅広い分子状態を評価

2010年代に明らかになった相分離

2010年代に明らかになった相分離

大きな予算を獲得して技術を社会実装するには、強いチームをつくることが必要でした

大きな予算を獲得して技術を社会実装するには、強いチームをつくることが必要でした

― 3つのアカデミアのベンチャーとしてモルミル株式会社が設立された経緯を教えてください。

森:

世界中で相分離の研究がはじまったのは2010年代前半です。そこから5年遅れて私が研究をはじめた2015年頃もまだ黎明期だと言われていました。この欧米のトレンドに日本の研究者や製薬企業が気づき出したのは、筑波大学の白木賢太郎教授が書かれた『相分離生物学』が出版された2019年頃からです。その白木先生から白木研究室出身の冨田を紹介されたのが出会いでした。

当時私は、日本医療研究開発機構(AMED)の課題で、相分離破綻に起因する神経編成疾患の研究をしていて、私と冨田と齋尾ともう1人丹羽という研究者で組んだ2021年度~2024年度プログラムの予算が採択されました。4年間で1.6億円でしたが、この予算でいきなり薬はできません。研究者4人がチームとなってやっと予算を獲得しても、薬という出口には別予算が必要です。さらに注目されはじめた相分離について製薬企業から数多く問い合わせがくるようになりました。ある製薬企業との共同研究契約の窓口が私の奈良医大になると、産総研の冨田や徳島大学の齋尾の技術に触れられないことも問題になりました。大きな予算を獲得して技術を社会実装するには、さまざまな分野の研究者が集まる強いチームをつくらないといけないと考え、会社の設立を目指すこととしました。

設立に際して産総研の支援は大きく、技術移転の手続きや知財管理などでサポートいただきました。会社を立ち上げるにあたり、私自身は研究者としてキャリアを積み上げてきたので経営についての経験がありません。そうしたこともあり、経営をまかせて背中を預けられる人を必要として山本に声をかけました。

山本政高さん(以下、山本)

私はフランスのSaaS系ベンチャー企業に入ったばかりの2021年の秋に幼なじみの森に会う機会があり、そこでAMEDの研究や事業化の話をされました。

コロナ禍において日本はワクチン開発で海外に大きく後れを取りました。科学技術立国と言われた日本なのに、将来の基礎開発力が削がれていると私自身感じていました。しかし日本でもITブームの中でベンチャーを立ち上げ、ある程度世界と競争できる上場企業に成長させていった人が身近にいました。この同世代の日本人の活躍を目の当たりにして、これまで日本は特殊だから、英語圏のような環境がないからと自分自身言い訳にしていたと衝撃を受けたのです。また大学院での非英語圏の友人がベンチャーを立ち上げ、Fortuneの『40歳以下で影響力のある40人』に選出されたことや、500Global(ベンチャーキャピタル)のパートナーや世界経済フォーラムのYoung Global Leaderとして活躍していることにも刺激を受けておりました。その人たちは日本を大国だと言うのに、停滞している日本の中で何かできないのかと思っていたとき、森からコア技術と事業構想を聞き、貢献してもらえないかと声をかけられ飛び込みたいと参画を決意しました。2021年秋時点で研究の体制はできており、2022年6月に法人登記が完了しました。

― 創薬の市場へ参入するにあたり、どのような背景や戦略があったのでしょうか?

森:

2018年に欧米で起業がはじまった相分離のフロンティアは、Dewpoint Therapeuticsというボストンの会社です。多くの第一人者が集まったメガベンチャーで数百億円の資金調達を行い、設立後数年間でシリーズCまで進みIPOも目前です。2020年にはさらに2社立ち上がっています。世界中でこの分野にリスクマネーが流れ込んでいるのに、日本からは1社も出ていないのは悲しいですよね。なぜ日本国内には相分離に関する薬をつくる動きがないのか、10社ほど面談した製薬企業はどこも踏み出す雰囲気はなかったため、アカデミアの研究者たちが起業してシーズを持ち寄り、それを製薬企業に使ってもらう仕組みをつくった方が国内に創薬の流れができると考えました。

相分離にフォーカスして会社を立ち上げるまでの技術や精度を蓄積している研究者は日本国内に私たちしかいないと自負しています。数年先行していてメガファーマとも提携している海外企業と戦うのに、国内で競争するのは不毛です。そのため他の追随を許さないよう、優秀な研究者たちに科学顧問として関わってもらい技術シーズや知財を移転する戦略を考えており、まだオープンにしていない科学顧問がすでに10人ほどバックに控えています。

スタートとして冨田と齋尾と私の3人がいて、さらに2人3人と科学顧問が加わり共同研究を取っていく成長フローを会社設立前に考え、計画的にチームビルディングを行いました。AIや工学の専門家や臨床医など、今の段階から臨床試験や上市までを見据えたメンバーに入ってもらっています。

成長企業として雇用を創出して日本のアカデミアに貢献したい

成長企業として雇用を創出して日本のアカデミアに貢献したい

― 今後の事業展開における課題や将来に向けた展望を教えてください。

森:

アカデミアの世界では、近年日本でも取り上げられるポスドク問題や雇止め問題が深刻さを増しています。そこには有能な博士人材の雇用に向き合ってこなかった歴史があると私は思っています。任期付きの非正規雇用で、その先の収入を得られる保証がない研究員がこの国にはたくさんいるという問題をどう解決するのか。自分でラボ運営をしてきた経験から、日本のサイエンスを支えていながら将来的な不安を抱える人たちの雇用を1つずつ創出していくという立場で取り組むことが、トータルとして日本のアカデミアに貢献できると考えています。

一方で、理想を語るのは簡単ですが、アカデミアにて1人で研究しているだけでは、何十億円という研究費がつく民間企業のスケールにはたどり着けません。1人が1つの技術でやるのではなく、当社が複数の技術やシーズを集めたのは強い組織をつくるためです。私はよく、自分の手の届く責任の持てる範囲という表現を用いるのですが、強い組織をつくり大きな予算を取るためさまざまな人材を巻き込んで、自分のプロジェクトの範囲内で雇える人を増やしてきました。この先も次から次に新しい技術が集まり、企業価値が高まっていけば雇用創出の可能性が広がります。大学院に進んだ人がモルミルに就職できれば、博士の就職先がないという不安解消につながることが期待されます。

そのために上場企業へグローバル企業へと成長し続けないといけない、中途半端に失敗してはいけないと思っています。こうしたビジョンを共有する仲間がこの会社には参画しています。日本のアカデミアの課題をモルミルという乗り物に乗せて、今はまだ小さい子どもたちが将来研究者になりたい、科学技術を牽引して世の中をよくしたいと思えるようなロールモデルにしていきたいと考えています。

山本:

アカデミアの重要性は社会的に常に問われますし、研究者の雇用を守ることも非常に重要です。一方で目先のことを考えると、最初のキャッシュフローが生み出せないと大きなビジョンを実現するための動力も生まれません。一度回りはじめるとドライブし続けることはできますが、最初の1回転をどう描くかが重要な課題となります。特許技術の「chemical-tongue」は製品に近い形になりつつあり、これをうまく回転させてショートタームの財源確保につなげていきたいと考えています。

冨田:

現在は森のビジョンや構築した体制に興味を持って投資いただいていますが、とはいえ技術を実用できる形に固めないことには何もはじまりません。それが最も喫緊の課題と認識しています。これからは「chemical-tongue」を相分離創薬に利用できるプラットフォームとして仕上げるために開発を加速させていきます。

また技術的な課題に加えて、産総研と徳島大と奈良医大という多機関をまたいでいるため制度的な課題もあります。各機関でルールが違うので円滑に事業を行うための体制を構築するうえで障壁は少なくありません。これらをひとつひとつ丁寧に解決していく必要があります。

技術移転ベンチャーに対する産総研の支援には大変助けられています。この制度をうまく活用しながら、将来的に産総研の研究員の背中を後押しする好例になりたいと考えています。産総研発のイノベーションが雇用を生むような社会還元につながる、そのビジョン実現に向けて今後も取り組んでいきます。

※本記事内容は令和5年3月31日現在の情報に基づくものです。

モルミル株式会社
〒634-8521
奈良県橿原市四条町840
https://www.molmir.co.jp/

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