TECH Meets BUSINESS
産業技術総合研究所が創出・支援するベンチャービジネス
「iPS細胞」は2012年の山中伸弥教授のノーベル賞受賞をきっかけに一躍注目を浴びた。
しかし作製方法については、各企業・研究機関が試行錯誤している状況である。
ときわバイオ株式会社は、産総研からの技術移転により、新しいアプローチで安全・安定なiPS細胞の自動作製技術を研究開発している。
ときわバイオ株式会社 代表取締役。農学博士。1980年信州大学院農学研究科修士課程修了後、株式会社エスアールエル入社、1998年まで在籍。1995年に遺伝子治療・細胞治療の安全性試験の事業化や細胞加工センターを設立しその運営をおこなったほか、2000年には遺伝子解析、蛋白質解析の研究所(BLUE Genes)を創設、神戸先端医療センターの増幅臍帯血幹細胞を用いたトランスレーショナルリサーチなどに参加。2014年12月ときわバイオを設立。
ときわバイオ株式会社 取締役。理学博士。国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下、産総研)ヒト細胞医工学研究ラボ長。1983年大阪大学大学院理学研究科を修了。大阪大学細胞工学センター助手、大阪大学微生物病研究所助教授を経て2001年より産総研に移り、2015年より現職。RNAを使って細胞質で持続的に遺伝子発現を可能にする世界で唯一の技術を開発し、2014年12月ときわバイオを設立。
「遺伝子治療の根本的課題を取り除く」
― iPS細胞などが注目を浴び、遺伝子治療の技術は日々進化していると聞きます。
御社の技術はどんなところが画期的なのでしょうか。
現在の遺伝子治療は、疾病を引き起こす遺伝子の異常を解明して正常な遺伝子を体内に補充したりするものです。治療遺伝子を体内で働かせれば治癒が期待できます。
遺伝子を体内に入れるのに必要なのは「ベクター」と呼ばれる遺伝子の”乗り物”です。よく使われるのはウイルスで、ウイルスの持つ病原性に関する遺伝子を抜き取って治療遺伝子と入れ替え、それを細胞に入れていきます。ただ従来の「ベクター」には課題もありました。治療のためには遺伝子の発現が長期間持続しなければいけないのですが、寿命が短く実用性が低いベクターや、巨大な遺伝子は乗せることができず、小さく切って入れた後に遺伝子を貼り合わせる作業が必要なベクターです。
中西 真人さん(以下、中西):それに、外部から導入した遺伝子が細胞のゲノムDNAに潜り込むので目的以外の現象や不具合が起こる可能性を否定できず、安全性で問題がありました。しかし私たちの技術ならそれらを解決できます。持続的で安定性がある遺伝子発現を保ち、巨大な遺伝子を乗せることも可能で、染色体に触れることなく同等の効果が得られる「ベクター」を開発したからです。
「新しい”遺伝子の運び屋”」
― 御社独自の「ベクター」について特徴を教えてください。
私たちの基本的な技術は「ステルス型RNAベクター」というものです。遺伝子情報を乗せて細胞の核内ではなく、細胞質内で安定な遺伝子発現を行うことができます。ミトコンドリアはご存じでしょう。あれと同じような場所で1細胞の中に1万個ほど持続的に存在できます。物質もDNAではなくRNAなので染色体に入り込まず、まったく悪さをしません。
この「ベクター」のプロトタイプはセンダイウイルスという日本で発見されたウイルスを元に開発されました。このベクターが細胞内で長く留まっていられるのは、インターフェロンというウイルス感染時に作られる物質を誘導する活性が非常に少ない、特殊な性質があるからです。
センダイウイルスには珍しい変異株があり、なぜか細胞内で留まることができるという性質は研究者の間でも知られていました。それが「インターフェロンの分泌が少ないせいだ」と判明したのは偶然からなのですが、原因がわかって実用性を引き上げ、複数の遺伝子を安全に乗せられるように改良し、国際特許を出願できるところまで来ました。この技術なら遺伝子を細胞内で安定に維持できる効率が格段に上昇します。
松﨑:私も1990年代から遺伝子治療の研究を行っていたので、技術のネックになる部分を知っています。当時は、将来進化させたベクターで染色体に組み込まれても、高い精度で正確に入れ込む技術ができ、安全性も確保出来るようになると思っていました。でも中西さんの研究は発想から違う。「ベクター」が染色体に入ること自体を回避する、だから安全・安定な状態を保つことができるのです。
染色体を操作するのは生殖に関わり、倫理的にも問題があるので避けたいと考える研究者はたくさんいます。その道筋を具体的に示したのはこの技術が世界で初めてです。もっと早く知っていたら自分の研究も変わっていたと思います。
「世界の研究者から高い評価」
― 安全・安定な「ベクター」は遺伝子治療に欠かせないのですね。
新発想から生まれた技術は画期的で、これから世界中に広まりそうですね。
はい。たとえば、さまざまな組織や臓器へ分化するiPS細胞の作製でも当社の「ベクター」は貢献します。iPS細胞は皮膚細胞の中に4種の遺伝子を導入して作るのですが、やはり染色体に作用するので多少のダメージがある。それに遺伝子を別々に送り込むので目的細胞の発現率が低いという弱点もあります。
当社の「ベクター」なら4種の遺伝子でも1つの乗り物に乗せることが可能なので発現率が飛躍的に上がり、かつ染色体を傷つけません。以前ヨーロッパで行われた「iPS細胞作製コンテスト」ではこの技術が見事に優勝しました。世界中の研究者からも高い評価を得ています。
松﨑:用途はiPS細胞だけに限りません。抗体やワクチンを作るときも「ベクター」は使われます。現在、インフルエンザワクチンなどを作るのに数カ月かかりますが、この技術なら必要な遺伝子の情報があれば1カ月ほどで作製可能です。医療のスピードを変える可能性を秘めているのです。
中西:しかし、この技術を産総研だけが保持していると民間企業での実用化が難しい。せっかく開発しても実際の治療や医薬品に転用できなければ意味がありません。そこで文部科学省の大学発新産業創出プログラム(START)に応募してベンチャー創業をめざしました。そのとき私の研究に興味を持ってくれたのが松﨑さんです。
iPS細胞の顕微写真
今までは熟練した人が手作業で細胞を扱っていたが
一定の条件で同じ様な細胞を作るのが困難だった
「”自動細胞作製”を日本の新しい産業にしたい」
中西さんも私も、この技術をデファクトスタンダードにしてもっと広めたいと考えています。今は無菌環境下で何人もの専門技術者が手作業で目的の細胞を作製するので、膨大なコストがかかります。でもこの技術の汎用性を高めると、全自動でiPS細胞や欲しい臓器・組織の細胞を作り出せます。装置に材料を入れるだけで誰でも必要な細胞を作製できる、そんな未来も夢ではないのです。
装置の開発を加速して、3年後には試作品を完成させ実用化するのが目標です。私たちは、「ベクター」と「装置」、「培地」や「ディスポーザブルなデバイス」等を継続的に供給・利用できるシステムが整えば、「高品質な細胞作製」が日本の新しい産業になり得ると思っています。そのための技術は日本にはすでにあります。いかに形にしていくのかが今後の課題です。
※本記事内容は平成28年4月21日現在の情報に基づくものです。
ときわバイオ株式会社
〒305-0047
茨城県つくば市千現二丁目1番地6 つくば研究支援センター
Tel:029-893-6040
TOKIWA-Bio Inc.
2-1-6 Sengen, Tsukuba City, Ibaraki Prefecture, Japan 305-0047
https://tokiwa-bio.com/jp/en/
E-mail:info@tokiwa-bio.com
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