TECH Meets BUSINESS
産業技術総合研究所が創出・支援するベンチャービジネス

お客様の人命や財産を預かる運輸業や危険と隣り合わせの建設業では安全管理が最優先事項。そのために従業員の「疲れ」を的確につかみたい、というニーズはずっと存在していた。
客観的な指標が見つけられずに困っていた業界へ画期的な計測システムを提案したのが、フリッカーヘルスマネジメント株式会社の原田社長だ。 「疲れ」を明確に判定しながら、かかる時間は驚きの1分。どうやってこの技術を実現させたのかをお聞きした。

原田 暢善/Nobuyoshi Harada

フリッカーヘルスマネジメント代表取締役社長。環境科学博士。脳の各部位ごとの機能を明らかにする研究を進めていたとき、視覚によって「疲れ」を計測できる可能性に気づく。疲労計測技術「FHM」の確立後、携帯電話端末を利用した疲労計測アプリを開発、2010年に独立行政法人産業技術総合研究所(以下、産総研)のベンチャー支援制度を活用して起業。現在は同技術を個人向けスマートフォンアプリや法人向けPCシステムに改良、さらなる事業拡大をめざしている。

疲労が原因で起こる事故をなくしたい。疲れを計測したきっかけです

― 産総研からベンチャー企業を立ち上げるまでの経緯を教えてください。

原田 暢善さん(以下、原田):

私はもともと脳機能について研究をしていて、そのために脳の働きを数値化することに興味がありました。そのとき視覚を使って「疲れ」を測る方法に出会いました。
少し具体的に説明すると、光のちらつきにどれだけ早く反応するかを見て、その人の「疲れ」を測るのです。
光が点滅するスピードが非常に高速の場合、人の目には「光がつきっぱなし」に見えます。これをだんだん遅くするとある時点で「点滅している」とわかります。元気なときは早い段階で点滅に気づき、疲れているときは明らかな点滅状態になるまで気づきません。この反応差と疲れ具合を関係づけし、携帯電話端末で計測できる技術を考えました。
この技術で特許を取得したとき、事業化を強く勧めてくれたのが産総研のスタートアップ・アドバイザーです。産総研には「スタートアップ開発戦略タスクフォース(通称:タスクフォース)」という制度があり、スタートアップ・アドバイザーを通じて有望な技術を事業に結びつける支援をしています。私もこの制度の後押しがあって起業することができました。
タスクフォースでは開発資金が援助されるだけでなく、法的なチェックや契約書の具体的な書き方など、技術以外の分野でもアドバイスを受けられます。このおかげで事業化と研究を並行して進められたので本当に助かりました。

(左)「ちらつき」を測定する従来の専用端末。利用者が気軽に検査を行うことができなかったため、携帯電話端末での計測方法を開発した。
(右)疲労計測時の画面。点滅していると思われる方角を選ぶ。恣意性のない計測結果が得られる。

あなたの「疲れ」度合いが、「いつでも・どこでも・手軽に」わかります

― これまでは「疲れ」を測る方法がなかったのでしょうか。

原田:

光の点滅を使った計測方法は、実は70年以上前から研究されています。ただし計測する装置が非常に高価で大きく、時間がかかります。研究用に導入されることはありましたが一般企業が利用するのはとても難しい装置でした。
こういった計測機械が使えない以上、運輸や建設の現場では「疲れ」のチェックが主観的になってしまいます。監督者が本人に「疲れているか」と聞いたり顔色を見たりするような方法がそれです。でもこれだと「大丈夫です」と答えられたり具合が悪いのを見落としてしまうと危険です。「疲れ」を残したまま現場に出て重大な事故につながれば、本人はもちろん、お客様や企業にも多大な悪影響が出てしまいます。
そこで私は、もっと速く客観的な結果を出す計測ができたら精度が高い安全管理ができるのではないかと考えました。それが携帯電話端末を使っての計測方法だったのです。

― いろんなツールの中で携帯電話端末を選んだのはなぜですか。

原田:

日常でパッと測ることができ、なおかつ多くの人が手にできる状態を考えると、すでに普及している携帯電話端末なら使ってもらいやすいと思ったからです。しかし光の点滅速度をコントロールする技術を載せることができず、端末そのものに計測機能をつけることは断念しました。

― そこであきらめず、アプリケーションに注目したのが転機なのですね。

原田:

そうです。画面で光るドットの輝度を明るくしたり暗くしたりすれば点滅状態を作り出せることがわかって、それを制御するアプリケーションの開発へシフトしました。 利用者はアプリを起動して、点滅している小さな三角を選ぶテストを数回行います。その反応速度から「疲れ」のレベルがわかります。判定にかかる時間は1分ほどで従来の機器とは比べものにならない速さです。
どの反応速度でどのくらい疲れているのかという基準は70年の研究結果から導き出されているので、そのデータを活用しました。三角を選ぶときに本人の意図や不正が混じらない生理的なものだけを抽出できるシステムにしているので、正確に「疲れ」を計測できます。
現在は無料アプリとしてiOS版とAndroid版、FHM正規版としてiOS版、Android版、運輸・交通・建築など実際の労働現場の点呼状況での利用を目的としたWindows版 をリリースし、当社事業の柱となっています。

― 1分という速さに驚くのですが、この計測時間の短さはどうやって実現したのでしょうか。

原田:

まず従来の装置と違い、利用者自身で計測を進められる点が大きいです。これまでは点滅を細かくコントロールすることができず、様々な人に対応するため大きなダイナミックレンジでの計測をおこなっていたのですが、この技術ではアプリが点滅のタイミングを制御できるようにしています。
そして、当社が最小の「最適な計測秒数、回数」を見つけ出したことが1分以内という速さを生みました。計測にかかる時間は企業で導入する際の大きな検討項目で、この速さが魅力だという意見がとても多いです。

(左)スマートフォン向けのアプリ画面。シンプルでわかりやすい。 (右)過去の測定結果を確認することができ、傾向を把握することができる。

たくさんの「疲れ」データを活用し、職場環境と人々の健康管理を改善したい

― 企業との実証実験を積極的に行っていると聞きました。

原田:

はい、この技術を発表したあとに企業の安全管理を担当している方々から反応をいただき、現場では「疲れ」の計測について切実なニーズがあるのだと改めて実感しました。業務で「疲れ」が重なっていることは自覚できるけれども、客観的に測るのは難しい。この技術は現場の悩みを解消できる画期的な方法ということで、皆さん連絡をくださったのです。
中でも東京ユニオン物流株式会社の担当の方は安全意識が高く、同業他社にも管理指導を行う立場の方でした。特別にお願いして、1年近く13名の計測データを取っていただきました。勤務状態と「疲れ」の関係が見えたほか、その結果をどう伝えて安全運行につなげるかなど、深い議論をさせていただきました。
興味深いのは、トラックの運転で急ブレーキの回数が多い日は、明らかに始業前の計測で「疲れ」が出ていたという例です。グラフでも相関関係がわかります。裏を返せば始業前に「疲れ」が見えたときに「休みの回数を増やす」「平均時速を落とす」などの対策ができるので、不要な急ブレーキを減らせます。他の企業でも応用できる事例です。
このほか建設系の企業やタクシー会社、病院の看護師など、「疲れ」と安全の問題を抱えているさまざまなところと協力し、システムの改良が始まっています。

― 今後の大きな改良点はどんなところでしょうか。

原田:

「疲れ」を計測して数値化する技術は確立できました。今は使うシーンに合わせて使い勝手を向上させるのが課題となっています。
たとえば建設業界で使う場合は、PC1台で計測機能とデータベースの両方を兼ねる必要があります。疲労計測は建築現場で行うことが想定されるので、現場監督者が気軽に持ち運べるシステムでないと使いづらいからです。
また、タクシーやバスの業界では始業前に一斉点呼が行われる慣習があります。そこでは数百人単位で同時に計測を行える環境と管理者が結果を集約する仕組みが求められるので、2015年春には対応できるシステムをリリースする予定です。

― 忙しい現代では「疲れ」は避けられませんが、上手に管理できるといいですよね。

原田:

おっしゃる通りです。私たちの研究では「疲れの自己申告」と「FHMで計測した値」を比べたことがあるのですが、自己申告は必ずしも「疲れ」を正確には表していません。自分で気づかないうちに疲れていることがよくあるのです。
日々の中で手軽に本当の「疲れ」を測ることが習慣になれば、少しずつ休みをとったり負荷の低い仕事を選んだりして過労を防げます。毎日の仕事のパフォーマンスも上がるでしょう。当社の技術はそういった日常の場面でぜひ広く役立ってほしいのです。

― 忙しい現代では「疲れ」は避けられませんが、上手に管理できるといいですよね。

原田:

おっしゃる通りです。私たちの研究では「疲れの自己申告」と「FHMで計測した値」を比べたことがあるのですが、自己申告は必ずしも「疲れ」を正確には表していません。自分で気づかないうちに疲れていることがよくあるのです。
日々の中で手軽に本当の「疲れ」を測ることが習慣になれば、少しずつ休みをとったり負荷の低い仕事を選んだりして過労を防げます。毎日の仕事のパフォーマンスも上がるでしょう。当社の技術はそういった日常の場面でぜひ広く役立ってほしいのです。

― 今後はどういった分野へ応用を広げていきたいですか。

原田:

より多くの従業員から高頻度のデータがたくさん集まると「疲れ」の傾向がわかり環境要因まで推測できるようになります。原因がわかれば働く環境の改善につながります。個人の健康管理だけでなく、全体の働きやすさまでを管理することが可能になるので、法人向け製品ではそのメリットもお伝えしなければと考えています。
究極は、私たちが測ろうと意識しなくても自動的に「疲れ」を計測して知らせてくれるシステムです。すでに目の瞳孔の大きさから「疲れ」を測る技術があり、工夫すれば実用化も可能でしょう。また、視覚ではない別の感覚を使った「疲れ」の計測についても当社で研究を進めています。より手軽に計測して、より生活の中に組み込まれるシステムを作って、「疲れ」をうまく自己管理できる社会にしたいと思います。

(左)日常生活中に利用可能な疲労計測・管理システムのプロトタイプ。 (右)東京ユニオン物流株式会社での計測の様子。始業・終業時にPC画面で疲労度の計測を行い、1分程度で結果がわかる。

※本記事内容は平成27年2月13日現在の情報に基づくものです。

フリッカーヘルスマネジメント株式会社
本社:〒190-0003 東京都立川市栄町6丁目14-4
Mail. inquiry@fhm.co.jp
http://www.fhm.co.jp/

*Application field
・簡易疲労計測システムの開発、販売及びサービスの提供
・健康計測に係わるシステムの研究、開発

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