TECH Meets BUSINESS
産業技術総合研究所が創出・支援するベンチャービジネス
現在、コンピューターや携帯電話をはじめとする電子機器は、
わずかな発熱でも性能の低下が懸念されるまでに精密化している。
材料が個々に持つ熱の伝わりやすさを計測することの重要性は、今後ますます高まっていくだろう。
株式会社ピコサーム代表取締役社長。NECにて人工衛星の熱制御系システムや無重力環境での実験装置の開発に従事。その後、出版社や芸術センターで企画・制作の仕事を経て、産総研に入所。ベンチャー創業のタスクフォースプロジェクトを実施し、2008年に株式会社ピコサームを設立した。
熱物性を測る技術で、情報社会を支える
― まずは、産総研に入られるまでのご経歴をお願いします。
筑波大学では、素粒子実験を専攻していました。卒業後、NECに入社し配属された宇宙開発事業部で、無重力環境での高温融体の実験装置の開発に携わりました。小型の航空機に実験装置を搭載し、弾道飛行をしながら、約20秒間の微小重力環境で実験を行っていました。最後には小型ロケットTR-1Aにその装置を搭載し、種子島宇宙センターから打ち上げたのですが、無事成功に終わり貴重な体験をしました。その後、人工衛星の熱制御系の開発に携わりました。人工衛星は宇宙空間で過酷な熱環境にさらされますので、熱設計・熱シミュレーションがとても重要です。放送衛星や気象衛星などの熱制御系の設計・開発を行っていました。
― その後、芸術関係のお仕事に就かれたとお伺いしています。
石川:はい。いろいろなことに興味があったので、その後、デザイン学校でアートの勉強をし、出版社や芸術劇場で企画・制作の仕事に携わりました。
― その後、産総研にご勤務なさるんですね。
石川:2005年から産総研計測標準研究部門の熱物性標準研究室で仕事を始めました。2006年に当時の上司であった馬場さんとタスクフォースに応募し採択され、それから2年間、装置の実用化に取り組みました。
― 起業までの2年間、どのような準備をなさったのでしょうか?
石川:まずはプロトタイプの開発を目指しました。産総研にある薄膜熱物性の国家標準器はかなり大きなシステムでした。実用化においてのポイントは小型化でした。国家標準レベルの性能を維持しつつ、いかに小型化して低コストの装置ができるかそこに注力しました。並行して、展示会に出展し、ワークショップや国際会議も企画するなど、マーケティングも行いました。2年後、プロトタイプ「NanoTR」が完成し、2008年に株式会社ピコサームを設立し、受託分析を開始しました。
主力商品のひとつ、ピコ秒サーモリフレクタンス法による薄膜熱物性測定器PicoTR。
もうひとつの主力製品NanoTR。コンパクトな筐体が特長だ。
電子部品の小型化高集積化によって、薄膜の熱物性測定のニーズが高まっています。
― 続いて、ピコサーム社の主力製品についてお聞きしますが、その基礎技術「パルス光加熱サーモリフレクタンス法」とはどのようなものでしょうか?
石川:産総研で開発された、薄膜の熱物性を測定する技術ですが、パルス光加熱サーモリフレクタンス法では、まず、ピコ秒(1兆分の1秒)やナノ秒(10億分の1秒)という高速のパルスレーザーを、測定対象の薄膜に照射し瞬間的に加熱します。加熱により熱が伝わり、薄膜の温度が上昇しますが、そこに、測温のためのパルスレーザーを照射します。測温用レーザーの反射光の強度が、薄膜表面の温度に依存して変化しますので、その強度の変化を測定することによって、薄膜内を熱が拡散する時間が分かり、熱物性値が測定できるという方法です。パルス光加熱サーモリフレクタンス法には2つの方式があります。裏面から薄膜を加熱して表面に測温光を照射して計測するRF方式と、表面から加熱して同じ位置に測温光を照射するFF方式です。RF方式とFF方式を装置に搭載することにより、任意の基板上の薄膜に対して測定が可能になります。特にRF方式はJIS規格にもなっています。
― そもそも熱物性とは、どのようなものなのでしょうか?
石川:簡単に言うと、熱の伝わりやすさのことです。バッテリーやパソコンなどで熱が発生し、性能が低下したり、最悪の場合には発火したことが過去にはありますが、それは熱設計に原因があります。今日の製品開発の現場においては、高速化、小型化、低消費電力化、低コスト化に向けた開発が行われていますが、一方で、発熱による故障や誤動作、短寿命化の問題が深刻になってきています。そのため、開発の段階でシミュレーションを駆使した発熱予測・伝熱設計による熱マネージメントが必須です。特に、精度のよい熱設計・熱シミュレーションを行うためには、熱物性を測定し、正確なデータを使用することが必要不可欠です。
― どのような製品の開発において熱物性の測定が応用されているのでしょうか?
石川:薄膜はさまざまな分野で使用されています。例えば、CDやDVDは薄膜が積層されて構成されていますし、テレビやパソコン、携帯電話等に使用されている、液晶ディスプレイや有機ELディスプレイなどのフラットパネルディスプレイにも薄膜が使われています。現在では、より薄くより微細な薄膜・パターンに置き換わってきていますが、薄膜の場合、成膜方法や結晶の欠陥、不純物の混入などによって熱物性が異なりますので、測定が不可欠です。
― ピコ秒の時間分解能を持つPicoTRとナノ秒の時間分解能を持つNanoTRという2つの製品がありますが、この違いとはどのようなものでしょうか?
石川:装置の機能や測定項目などについては、2つの製品はほぼ同じですが、測定対象とする薄膜の厚さに応じて、装置が異なります。数ミクロン程度の薄膜材料でしたら、時間分解能が1ナノ秒のNanoTRで十分測ることができます。より薄い薄膜の測定が必要な場合、PicoTRでは時間分解能が1ピコ秒になりますので、膜厚数10ナノメートルから数100ナノメートルの薄膜材料を測定することが可能です。
PicoTRの内部。先端技術の結晶が集約され、さながらビル街のようでもある。
世界で広く使われる装置を目指しています。
― 今後、応用されていくと期待されている分野にはどのようなものがあるのでしょうか?
石川:半導体デバイスの高集積化に伴う発熱対策、光加熱相変化型記録メディアの高密度化、熱電素子の高効率化、高輝度LED照明の実用化、パワーデバイスの高温動作など、さまざまな分野で熱物性評価が必要とされています。各メーカーは新しい材料の開発にしのぎを削り、従来性能を凌駕する製品開発へとつなげていくなかで、今後、熱マネージメントが重要な役割を果たしていくと思います。
― 最後に、ピコサーム社の今後の展望をお聞かせください。
石川:おかげさまで昨年2013年には、常陽ビジネスアワード・優秀賞(ローズ賞)をいただき、第2回DBJ 女性新ビジネスプランコンペティション・ファイナリストになりました。世界で初めて精度の高い薄膜の熱物性測定を可能にした製品は、日本国内だけではなく世界中で必要とされる装置ですので、これからは海外への販売を加速していきたいと思っています。そして、世界中でPicoTR、NanoTRによる測定が事実上の標準(デファクト・スタンダード)になるよう広く普及していければと思います。ニッチな分野ではありますが、社会基盤を支える重要な技術です。グローバルな技術開発競争の中で、製品開発に役立つ計測評価を目指して、「サーマルソリューション」を提供できるよう、広く社会に貢献していきたいと思います。
※本記事内容は、平成26年7月16日現在の情報に基づくものです。
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