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産業技術総合研究所が創出・支援するベンチャービジネス
産業技術総合研究所ヒューマンライフテクノロジー研究部門 上級主任研究員。メンタルコミットロボット・パロの生みの親。1993年から本格的にパロの研究と商品化に向けて活動を行い、2004年に株式会社知能システムを設立。同社からパロを発売した。
商品化に至るまでに、8世代のパロを試作しています。
― 介護の補助やペットとして注目されているメンタルコミットロボット・パロの研究開発に携わるまでの経緯をお聞かせください。
パロの基礎研究は、1993年に産総研の前身の工業技術院に入ってからですね。それまでも大学院で「ロボットの階層的知的制御」を研究していました。階層的知的制御というのは、生き物の持つ学習能力や適応性、協調性、進化することなどをロボットに取り入れることですが、93年の入所当時は、2つの方向への応用として、工場等での産業用ロボットをもっと賢くするための研究と、今までにないまったく新しいロボットを日常生活に導入していく研究も行なっていました。それが、パロの研究の始まりとなります。
― パロが実際に発売されるのが2005年ですから、研究開始から10年以上経っているのですね。
柴田:はい。商品化までに8世代のパロを作りました。2003年に第7世代のパロが完成しましたが、それが商品化一歩手前のものですね。第6世代まではいわばプロトタイプです。まだまだアイディアを形にしただけ、というレベルのものです。部品も市販品を多く使用していましたし。たとえば、第5世代のパロを1ヶ月間展示するイベントのときのことですが、100万人の入場者に触ってもらったため、センサーやアクチュエーター(体を動かすためのモーター)が3日に1回ぐらいは壊れてしまいました。この反省を踏まえて、第6世代では様々な部品を専用に設計して耐久性を高めました。その結果、第6世代のパロはロンドンで45日間展示し、11万人にふれあってもらったときに、一度も壊れることなく無事に動かすことができました。
― 制御ソフトウェアも進化を重ねているのでしょうか?
柴田:基本的な制御アーキテクチャは、90年代にはだいたい今と同様のものができていましたね。問題はやはりハードウェア部分です。プロトタイプのものでは、アクチュエーターが動作したときに「ジー」という動作音が出てしまうなど、いくつもの課題がありました。
― 量産直前の第7世代では、どのような工夫がなされたのでしょうか?
柴田:第6世代の成功を受けて、第7世代では量産化に向けた工夫をしています。たとえば、各部をモジュール化して部分的に生産・組立およびメンテナンスができるようにするなどですね。配線なども改めました。そして、ちょうどそのころに事業化に向けたタスクフォースが立ち上がり、商品レベルの試作と実証実験のための資金面で支援を受けつつ知能システムが起業します。その後、第7世代から細かいところを調整した第8世代が完成し、商品化となりました。
メンタルコミットロボット・パロ。おしゃぶり型のコンセントを口に差し込んで充電しているところ。
パロは、動かしているうちに個体ごとの個性を持ちます。
― 続いて、パロの技術的側面について詳しくお聞かせください。まずは、ロボット・セラピーとはどのようなものなのでしょうか?
柴田:93年に日常生活で使ってもらえるロボットを考えたときに、そもそも、社会に役に立つロボットとは何か、ということを考えたときに、いわゆるロボット、人型で複数のタスクを目的にした汎用性の高いロボットは、結果としてあまり役には立ちません。それよりも目的を絞ったロボット――これはほとんど専用機械に近いのですが――たとえば、食洗機のようなロボットのほうが、何かの仕事をさせるという用途では、安くてしかも人間の役に立つわけです。では、仕事をさせる以外の目的ならどういうものがあるのかというと、ペットやアニマル・セラピーというものが参考にできるのではないか。つまり、仕事はしない代わりに、人の心に働きかけて楽しみや安らぎを提供するというところに、ロボットの新しい役割を提供できるのではないか、と考えたのです。
― 現在パロはどのようなところに導入されて、活躍しているのでしょうか?
柴田:世界7カ国で約2千名を対象にパロについて主観評価実験を行った結果、国や地域でパロに期待される役割が異なっていました。日本、韓国ではペットしての役割への期待が高く、イギリス、スウェーデンなどのヨーロッパ諸国ではセラピー効果に対する期待が高かったのです。こういった地域差があるので、パロがどのような形で導入されているかも異なっています。ヨーロッパではもともと、アニマル・セラピーに対する認知度が高く、パロを紹介したとき、一般の方でもかなり具体的にどこでどのように使うものなのかがイメージできていました。ですので、海外ではほぼ100%医療福祉のセラピー向けとして販売しています。反対に日本では、発売当初は個人向けペットというような位置付けで販売展開をしました。今は認知度が高まり、半分ぐらいはセラピー用途になっています。
― パロは何種類ぐらいのアクションを行なうのでしょうか?
柴田:モーターの数やセンサーの数は数えられますが、どのようなアクションをするか、ということでは数えきれないですね。そもそも、パロと人間との関わりというものは、コンテキストに依存するインタラクションなのです。つまり、パロが行なうアクションは、それを見る人間自身が主体的に意味付けを行なっているという考え方です。また、名前に関する学習機能と行動に関する学習機能を備えていて、名前を呼んだり、触ったりすると行動が変わってきます。最初は同じパロでも、動作させるうちに個体ごとの個性が出てくるのです。
― なでられると喜ぶようになるんですね。
柴田:はい。行動に関する学習機能では、どのような状況のときにどのような反応をするとなでられたのかということを記憶していきます。そして、将来、似たような状況が起こったときに、よりなでられやすい反応を優先的に行なうようになります。
― 今後、さらなる改良がなされると思いますが、どのような情報を元になさっているのでしょうか?
柴田:発売時の第8世代から、現在の第9世代に改良した際には、とくにデンマークでの運用データを参考にしました。デンマークでは、国家プロジェクトでの評価を経て、現在、多くの公共医療福祉施設でセラピーを目的として導入されています。1日のセミナーを受けた上での免許制となっていまして、パロを運用するにあたっては必ず使用した施設や対象となった人、その使い方などを記録してもらっています。さらに、定期的にユーザー会議を開催し、臨床データと改良につながるアイディアを集めています。
パロのモデルはタテゴトアザラシの赤ちゃん。このカワイイ体の中にセンサーやアクチュエーターが搭載されている。
運用の結果得られたデータが、パロのニーズを高めてくれます。
― 集められたデータは、どのような形で実を結んでいるのでしょうか?
柴田:たとえば、電池の持続時間を良くして欲しいという要望や、軽くして欲しいといった要望がありました。第9世代のパロは第8世代と比べて動作時間は約3倍、重さは6%ほど軽くなっています。その他には、用途に合わせてパロの性格を少し変えて欲しいというものもありました。実用化されたものとしては、通常のパロよりもあまり怒らないような寛容な性格のパロがあります。これは、認知症向けのセラピー用に性格を調整したものですが、今後は使用される用途に合わせた性格のバリエーションが増えていくことも考えられますね。
― 今後、どのような場所や対象の方に広がっていくとお考えですか?
柴田:ロボット・セラピー目的の場合、社会制度に大きく左右されます。たとえば、日本では介護保険や医療保険の制度に組み込んでいくことが、今後パロが普及するかどうかに影響を与えます。そのためには、運用の結果で得た臨床データをもとに、パロのセラピー効果を示し、そして、費用対効果を示していくことが大切です。たとえば、介護保険の利用者の約500万人のうち、約200万人が在宅介護です。介護保険の負担は、要介護者への施設介護の場合、月に約35万円かかりますが、在宅介護の場合には、約10万円です。在宅介護において、パロを用いることにより要介護者の良い状態を維持し、家族等の介護者の負担を軽減化し、在宅介護を1か月間維持できれば、その差額の約25万円が社会的に節約できる、と考えられます。また、パロを用いることにより、認知症等の要介護者のうつや不安の抑制・緩和、徘徊や問題行動の抑制・緩和、睡眠の改善等に用いる「抗精神病薬」を低減化することにより、副作用を無くせれば、更なる社会コストの削減になります。例えば、岡山市での実証実験のように、パロを月に約3万円でレンタルするとして、介護保険を適用できれば要介護者の負担は1割となり容易にパロを利用でき、一方、介護保険は月に3万円近く負担があっても、その10倍以上の社会的コストの低減化になる可能性があります。
― 介護や医療の制度は、世界各国で異なっていますね。
柴田:例えば、デンマークでは先程述べたように、国のプロジェクトでの認可を経て、現在70%以上の地方自治体に導入されています。デンマークでは90%以上の施設が地方自治体によって運営されていて、パロのような機器を導入するかしないかは地方自治体が決定しているのです。また、ドイツでは在宅介護の現場でパロの訪問セラピーが行われています。デンマークと違って公的サービスではなく、健康保険で一部賄われるものなのですが、現在ではドイツ全土でこのサービスが受けられるようになっています。このように社会の仕組みに入っていくことで、パロのニーズが高まっていきます。
― 日本よりヨーロッパでのニーズが高いのですね。
柴田:パロの導入には、それを運用する人材の育成も重要です。そこで、デンマークで人材育成セミナープログラムを作成しました。今は、ドイツ、オランダ、ノルウェー、フィンランド、スペイン、フランス、イギリスなどに向けて、研修と免許、そしてパロ本体をセットで展開しています。日本では介護従事者を育成していくための投資がまだまだといった感がありますが、神奈川県では2010年度からパロをはじめとする介護ロボットを施設介護の現場に導入し始めていて、昨年度からはデンマークの人材育成プログラムを参考にした毎月の研修制度と、半額補助制度を開始しています。
― 最後に、知能システムとパロの今後の展望をお聞かせください。
柴田:各国の社会の仕組みに入れ込むことがビジネス面では重要ですので、数年かかるかもしれませんが、世界各地で各種医療福祉施設での大規模な治験によりパロのセラピー効果のエビデンスを集めています。また、パロは、認知症だけではなく、PTSDやその他の精神疾患、発達障害、ガン等のさまざまな緩和ケアなどにも応用が広がっています。
パロはふわっとした触り心地。抱きあげるだけでも癒されてしまう。
※本記事内容は、平成26年1月10日現在の情報に基づくものです。
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