TECH Meets BUSINESS
産業技術総合研究所が創出・支援するベンチャービジネス
創業から約4年、前回インタビューから約3年が経過し、ますます事業を拡大しているプロテオブリッジ株式会社。独自製品「HuPEX®網羅型タンパク質アレイ」に改良を加えて進化させ、新たな研究検査サービス「A-Cube™」もスタートさせました。網羅的な自己抗体の検査&研究を通して、社会のニーズに応える事業と技術開発に取り組んでいきます。
プロテオブリッジ株式会社代表取締役社長。2015年に早稲田大学大学院商学研究科(MBA)修了。1994年4月に富士銀行(現みずほ銀行)入行。2005年7月よりリーマンブラザーズ証券日本法人債券営業部シニアヴァイスプレジデント、2008年9月より野村証券グループリーダー、2010年3月よりシティグループ証券債券営業部長を経て、2015年4月より国立研究開発法人産業技術総合研究所スタートアップ・アドバイザーに。2018年1月プロテオブリッジ株式会社設立、代表取締役社長に就任。
プロテオブリッジ株式会社取締役副社長CSO。1987年に大阪府立大学大学院農学研究科博士課程修了。京都薬科大学助手、広島大学助教授を経て、2000年より産業技術総合研究所の上級主任研究員、研究チーム長。2013年福島県立医科大学特任教授を兼任。2013-2017年AMED再生医療実現拠点ネットワークプログラムの研究リーダー、2011-2014年厚労省科研第Ⅱ相臨床試験、2015-2017年AMED革新的がん医療実用化研究事業に参加、2013-2018年AMED先端計測分析技術・機器開発プログラム「自己抗体マーカー探索システムの開発」研究リーダー。2018年1月プロテオブリッジ株式会社設立、取締役副社長に就任。2019年4月武蔵野大学人間科学部教授、バイオ産業情報化コンソーシアム研究員を兼務。
ニーズが高まる自己抗体の研究開発を進め、社会に還元
─ 創業から現在までの間で、創薬・診断・再生医療の現場にはどのような変化がありましたか? 所感を教えてください。
コロナ禍により、これまで一般の方々には縁遠かった「抗体」「免疫」という言葉が社会に浸透してきています。また、「自己抗体」に関する論文数は直近10年間で年間1万件から2万件に増加しました。実社会でも研究の世界でも、自己抗体をできる限り多種類・高精度に解析して疾患の検査に活かしたいというニーズが高まっていると感じており、弊社の技術を社会還元していこうという強いモチベーションにつながっています。
五島直樹さん(以下、五島):免疫というのは、生物が長い進化の過程で獲得してきた、私たちの体を維持していくために必要なものです。たとえば、ノーベル賞を受賞された本庶佑京都大学特別教授の研究ではがんの治療につながっていたり、腸内細菌、脳と関係があったりと、その働きが次第に明らかになってきました。新型コロナウイルスの後遺症との関連も判明しています。そのような時流の中で、「自分が何に対する免疫を持っているかを測定し、上手く利用することで疾患の診断や予防につなげていく」という私たちの当初の展望が、確信に変わったことを実感しています。
─ 前回インタビューからの3年間の変化について教えてください。
まず人員としては、創業当時は役員を含めて6名でしたが、現在は12名に増員しております。次に設備投資として、HuPEX®網羅型タンパク質アレイをバージョンアップさせるために、タンパク質アレイを作製、解析する装置を独自開発しました。これは東京都の次世代イノベーション創出プロジェクトの助成事業に採択されたことで実現できました。最後に資金面では、株式会社伏見製薬所と資本業務提携し、産総研からの第三者割当増資に加え、みずほ銀行、日本政策金融公庫、商工組合中央金庫からも融資を受けて、事業会社としての安定度が向上しました。特に産総研からの直接出資は産総研技術移転ベンチャーでも当社を含めまだ2社しかなく、資金調達交渉や融資審査の場における信用形成につながっています。
─ 事業会社としての安定度が向上したことに御社のこだわりや強みを感じます。
ベンチャーキャピタルの方からは「中小企業みたいですね」とよく言われます。私はこれを褒め言葉と捉えています。ベンチャー的な資金調達だけでなく、製薬企業様や医療系研究機関様との共同研究において研究費をいただきながら経費をまかない、地に足をつけて会社を運営していくことを重要視し、事業と技術開発の両輪で進むベンチャーでありたいと考えています。
五島:熊谷の言う両輪があって初めてベンチャーは成り立ちます。ひとつはベンチャーらしく大きな目標を掲げて事業に挑む技術開発、もうひとつは企業として最低限自力で存続できる技術開発を行うことです。こうした技術開発で資金を得る仕組みをつくるというのは、当初から私たち二人の意見が合っていた部分です。大きな目標に向かう技術開発が高いポテンシャルを持っていれば、その技術の一部を使うことで、その時点でも会社が自力で成り立つビジネスがつくれるはずです。弊社の技術は、社会情勢やニーズに合わせて応用と実用化ができ、さらに大きな目標を達成する事業へスケールアップすることにも自信があります。それが私たちの強みとなっています。
新型のアレイは旧型よりも高感度で自己抗体を検出
─ 新型の網羅型タンパク質アレイにはどのような改良が加えられたのでしょうか?
まず、基板に搭載しているタンパク質は、旧来2万種類であったのが新型では1.4万種類になりました。測定対象が少なくなったように見えますが、これは重複するタンパク質や論文発表されていないタンパク質などを除き、2万種類に含まれていたタンパク質を見直し、精査を行ったためです。再整理の結果、ヒト52組織に発現している遺伝子のうち86%をカバーしている1.4万種類を搭載した、よりシャープな形のアレイとなりました。一つひとつのタンパク質スポットの大きさは1.4倍、蛍光検出の光の強度が2倍になり、基板ごとのロット差は30%から10%に抑えることができ、スポットの抜け率もほぼゼロとなり、ハイスループットな作製が可能になっています。主に手動で行っていたアレイの測定操作を血清希釈装置の開発によって、人為的な測定誤差を最小化することに成功しました。これにより旧来は見えなかった自己抗体が検出できるようになり、見えていた自己抗体はよりクリアに見えるという高感度の検出が可能になりました。
新型アレイは2種類あり、一つ目は1.4万種類のタンパク質を搭載した旧来と同じプレートサイズのアレイ。二つ目は、より小さなスライドガラスサイズのアレイです。2種類のアレイの使用方法としては、最初にプレートサイズの1.4万種類アレイに患者の血液を反応させてマーカー候補の数種類~数百種類の自己抗体を検出します。次にスライドガラスサイズのアレイで多検体を測定して、疾患に関連する自己抗体を突き止めていきます。スライドガラスサイズのアレイはスポットが大きく、測定の感度と正確性が上がります。
旧来のアレイは産総研時代にスタートしたプロジェクトの成果です。作製する仕組み自体からつくり、性能を比較するものもない手探り状態でしたが、まず産総研の使命として技術をゼロから創造し、形にしたということに大きな意義があります。しかし、製品としてはより多くの測定でより正確な結果が出せる安定した品質が求められます。弊社の新型アレイの開発によって、旧来では不十分であった「製品としてのクオリティ」が格段に高まりました。開発の立ち上げと品質向上という2つのフェーズを俯瞰して、それぞれの役割を上手くリレーさせた結果、現在の弊社の新型アレイに至ることができたと思います。
─ この新型アレイを用いて提供されているサービスについて教えてください。
資本業務提携先である株式会社伏見製薬所との連携で、2021年12月より難病用の研究検査サービス「A-Cube™」の事業を立ち上げました。A-Cube™は全身性強皮症と皮膚筋炎・多発性筋炎に関連する自己抗体測定サービスで、その優位性は43種類の自己抗体(=65種類の抗原)を個別に測定可能なことです。従来は保険適用検査で9種類、研究検査で14種類、残りは国内外の研究者による測定で検査し、全結果を得るのに多額の費用と最短2か月の時間がかかりました。A-Cube™は既製品では測定できない自己抗体を含む43種類の自己抗体データを一回で測定し、すべての解析結果を従来の半額以下※と10営業日で提供できます。(※プロテオブリッジ㈱による市場調査より推定)
本研究領域において、従来は自己抗体をここまで網羅的に測定する方法がありませんでした。そのため、多くの自己抗体を高精度・同時に測定できる五島の技術に対しては、同領域の多くの研究者から製品化の要望が創業前から届いていました。3年間の製品開発の結果、昨年11月に日本皮膚科学会でA-Cube™を発表し、現在は全国の先生方からご依頼をいただいております。
弊社技術の強みは、小さなアレイに多種類の抗原タンパク質を非乾燥の状態で搭載し生体内の抗原-抗体反応を再現することなので、アレイに搭載するタンパク質を変えれば他の疾患の検査も可能です。A-Cube™は強皮症・筋炎の自己抗体検査からスタートしましたが、今後は神経疾患、がんなど、疾患領域を拡大すべくプロトタイプも開発中です。さらに健康診断や人間ドックにおける総合健診パネル検査としての開発にも着手しており、郵送検査として在宅で総合健診が受けられる仕組みや、途上国など海外市場への進出も構想しています。
─ 共同研究や事例にはどのようなものがありますか?
東京大学医学部附属病院との共同研究「ヒト疾患における抗体の解析とその活用に関する研究」ではさまざまな発見があり、現在論文化を進めています。論文化に至るには、医療現場の先生方との対話を重ねフィードバックする体制の構築と、必要とされる測定技術を提供し、結果につなげることが重要です。共同研究先の医療機関は、弊社にとっては研究費をいただいている大切なお客様でもあり、がっぷり四つに組んで共同研究を進めることは、我々がビジネスの最初のステップを踏み出すためにも必要なことです。医療現場の先生方から「こういう検査技術がほしい」との声をいただく関係が非常に嬉しく、やりがいがあり、それは同時に当社のビジネスがうまくいっている証とも言えます。
熊谷:実際に創業からの4年間で、網羅型タンパク質アレイを主体とした共同研究、受託研究は37件の契約をいただきました。製薬企業様や医療系研究機関様との共同研究からは、複数のバイオマーカー候補が発見され、現在特許出願中のものもあります。
AI、データサイエンス、アプリ開発との連携も視野に
─ 今後の事業展開における展望を教えてください。
先ほど申し上げた通り、これまで自己抗体を網羅的かつ高精度に測定する方法はなく、自己抗体の統合データベースも世の中には存在しませんでした。しかし弊社の独自技術で自己抗体の測定が可能となり、健常者の自己抗体データベースの構築を独自に進めています。健常者の自己抗体データベースはコントロールデータとして、事業や共同研究で得られる自己抗体データとの比較を可能にします。蓄積される自己抗体データは、従来型の多変量解析やAIと連動させることで新たなバイオマーカーや検査方法、創薬などにつながる可能性が高く、今後は機械学習やデータサイエンスに強い事業者との連携を展望しています。
また、A-Cube™は在宅健診のツールとして、検査結果をアプリケーションで管理することも視野に入れており、プロトタイプ開発に目途が立った段階でアプリケーション開発会社との連携を模索していきたいと考えています。
五島:いくら測定機器が発達しても、そもそも抗原タンパク質が用意できなければ自己抗体は測定できません。この抗原タンパク質をつくり出すリソースHuPEX®、アレイ作製技術、網羅型タンパク質アレイによる測定技術、そして自己抗体データベースは他にはない弊社の強みです。この圧倒的な利点を組み合わせ、免疫を俯瞰的に解析することによって、今までできなかった病気の早期発見や発症リスクの予見につなげていくことが今後の課題であり、ベンチャーとしての大きな目標でもあります。
※本記事内容は令和4年3月31日現在のものです。
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