技術ポイント 解説

ナノセルロースとWPC(木材プラスチック複合材料)

ナノセルロースは高強度・高弾性という特徴から,現在,樹脂補強素材への利用が進められています。実用化のためには,さらに研究開発が必要とされています。しかし,ナノセルロースよりもずっとサイズの大きな木粉(数百μm)を用いた樹脂複合材料は30年近く前から実用化されています。この,木粉と樹脂(オレフィン)との複合材料は木材プラスチック複合材料(WPC)[木材に樹脂を含侵させた材料と区別するために,「混練型WPC」とも呼ばれることもある]と呼ばれています。このよなWPCは木材のような質感が有りながら,押出成形等により自由な形状に成形できることから,屋外のデッキ材や内装材として階段の手すり,柵などに用いられており,国内市場は4万トン/年あるそうです。木材製品のように見えるため,気がつかない方も多くおられます。
 WPCに関する技術開発は企業を中心に発達しており,一般的にはWPCの強度物性は用いた樹脂よりも高いです。特に,弾性率は数倍になります。性能の良いWPCを製造するためには,原料木粉の選定と水分量調整,木粉と樹脂との複合化に適した混練方法(せん断力を有効に利用),木粉の凝集抑制と樹脂マトリックスへの均一分散とともに添加剤の選択が重要です。
 木材(セルロース)とオレフィン樹脂(ポリプロピレン等)は化学的・物理的性質が異なるため,単純に混ぜても良い性能のWPCは製造できません。両者の界面を適切に接着させる必要があります。WPC製造時に用いられる添加剤としては,マレイン酸をグラフト化したオレフィン樹脂(酸変性樹脂)がよく用いられます。このような添加剤は,相容化剤とも呼ばれます。樹脂分野で用いる,いわゆる界面活性剤です。
 相容化剤の働きは,グラフト化したマレイン酸基(使用時は無水化する)とセルロース等が持つ水酸基との間のエステル結合形成とオレフィン主鎖がマトリックス樹脂のオレフィンと混合することで,木粉とマトリックス樹脂の界面を接着します。一般的なWPCでは,相容化剤の添加量は数%で十分です。図に,相容化剤の反応機構のモデルを示しています。

メカニズムの解明

 マレイン酸基がセルロースと化学的にエステル結合を形成するメカニズムは30年前から提唱されてきましたが、結合の量が極めて少なく、これまでに直接的に検出・同定した例はありませんでした。
 しかし、試料の前処理条件を工夫し、さらに、特別なNMR測定手法を用いることとで、エステル結合の形成をNMRシグナルとして直接的に確認することができました。

参考文献

Saori Niwa, Yasuko Saito, Mizuki Ito, Shinji Ogoe, Hirokazu Ito, Yuta Sunaga, Kenji Aoki, Takashi Endo, Yoshikuni Teramoto, Polymer, 125, 161-171 (2017), “Direct spectroscopic detection of binding formation by kneading of biomass filler and acid-modified resin”
解説
 我々のグループでは,20年前からWPCに関連した研究開発を進めてきた経験があり,現在のナノセルロース複合材料開発でもWPCで得られた技術や知見,ノウハウを活用して進めています。ナノセルロースの樹脂複合化においても,凝集抑制,均一分散,界面制御,は重要なポイントです。
 当研究グループにおける複合化技術の開発では、ミクロンサイズの木粉からナノサイズのナノセルロースまで,上手く利活用するための基盤技術の開発やノウハウの蓄積を進めています。
参考サイト
 WPCは実用化されて市場もそこそこ大きいのですが,大学や公的機関での取り組みは,あまり多くありません。WPCについて,さらにお知りになりたい方は,次のWebが参考になります。
◎公益社団法人日本木材加工技術協会木材・プラスチック複合材部会(外部リンク)
ナノセルロース強化「ぽい」(スーパーボールすくい)

夏の縁日などでは,金魚すくいやスーパーボールすくいがよく行われています。これらイベントでは,比較的破れやすい紙を貼り付けた道具が使われます。この道具は「ぽい」と呼ばれています。
 ナノセルロースの大きな特徴は高強度・高弾性です。破れやすい「ぽい」の紙をナノセルロースで補強したらどのようになるでしょうか?実験してみました。

  • ナノセルロースとしては,(株)スギノマシン様のビンフィス(標準)を用いました。補強する「ぽい」の紙は6号を用いました(強い←4号~8号→弱い)。「ぽい」は張り替え可能なワンタッチ枠を用いました。
  • ぽい紙の補強方法としては,エアブラシ用の塗工器を用い,バットに1wt%濃度のナノセルロースをまんべんなく噴霧し,合計量20mLを塗布しました。
  • 次に,ぽい紙を重ならないように,ナノセルロースを塗布したバットに並べ(6枚),再度,20mL量のナノセルロース分散液を塗布しました。
  • 室温で24時間乾燥後,バットからナノセルロース塗布ぽい紙をはがし,乾燥機で105℃-3時間で,さらに乾燥しました。
  • 出来上がったぽい紙の重量を測定し,0.138グラム以上のものを選別しました。基準以下のぽい紙は再度,ナノセルロースを塗布しました。
  • ナノセルロース強化ぽい紙をワンタッチ枠にはめ込み,スーパーボールすくいテストを行いました。
結果
  スーパーボール1個を繰り返しすくえた回数(平均)
  [テスト用スーパーボール(重量3.88グラム,直径20mm)]
未強化通常ぽい 4回
ナノセルロース強化ぽい 102回
ディスクミル装置を用いたナノセルロース製造の概要
ディスクミル(グラインダー)装置によるナノセルロース製造では、水分散した木粉、パルプ等を電動石臼型解繊機構で処理します。ディスクミル装置の解繊部は、上下2つのセラミックディスクで構成されています。
 ディスクミル処理では、処理1回で十分に解繊が進行しない場合、原料を分散させた懸濁液を再度、装置に投入して繰り返し処理を行います。その際、必要に応じて上下のセラミックディスク間のクリアランスを調整(処理回数の増加に伴い、原料が微細化するた、クリアランスを狭める)します。木粉のように原料サイズが大きい場合でも、処理を繰り返してクリアランスを調整することで、粗砕からナノ化までを実施することができます。
 セラミックディスクの材質には、様々な材質のものが用意されていますが(増幸産業(株))、ナノセルロース製造では、シリコンカーバイト(SiC)製のディスク砥粒# 120(超微粉砕用)がよく用いられています。原料が大きい場合は、# 46(微粉砕用)などで、ディスク間のクリアランスを調整して数回処理して、均質化した後、ディスクを# 120等に交換して、さらにナノ解繊を実施します。メーカーでは、ディスクサイズは、φ150 mmからφ500 mmまであり、研究用から量産まで対応可能です。
 ナノ化時に水は木材組織をほぐす「くさび”」の作用をします。水が存在しない(少ない)状態で、ディスク間クリアランスを狭めすぎると、ディスク同士が直接に接触してしまい、ディスクの著しい摩耗やモーターへの過負荷により、装置ダメージが発生する恐れがあります。処理の際の固形分濃度は、5wt % 程度以下が一般的です。
 ディスクミル処理では、ディスクが原料に直接的に接するため、運転条件によっては繊維へのダメージが発生し、得られたナノセルロースの短繊維化や結晶性の低下が起こる場合があります。これらを抑制するためには、事前に原料を微粉砕やパルプ化等により前処理して、木材組織等を脆弱化させる方法も必要です。

 

参考資料:NEDO「セルロースナノファイバー利用促進のための原料評価書」2020年3月公開
装置・設備
「微細化装置」:ディスクミル(グラインダー)・小型  増幸産業(株) MKCA6-2
ディスクミル装置による木粉からの直接的なナノセルロース製造
ディスクミル(グラインダー)装置は、ナノセルースの製造では良く用いられているナノ解繊装置です。当研究グループにおいても、木粉やパルプを原料として、同装置を用いてナノセルロースを製造しています。パルプはその製造過程で、木質が本質的に持っている強靱化要因が、部分的にでも取り除かれているため、ナノ解繊は比較的効率的に進行します。しかし、木質(木粉)から直接的にナノセルロースを製造しようとした場合、そのままでは効率が低下します。
 木は、古くから建材として用いられているように、強靱なことが歴史的にも実証されています(法隆寺は現存する世界最古の木造建築と言われています。つまり、1300年以上の耐久性が実証されています。)。木質の強靱化要因は色々と考えられますが、ナノセルロースに関連させると、木質の組織構造と木質成分の相互作用が大きく影響していと考えられます。これらの強靱化要因を部分的にも除去・破壊すれば、木質組織は脆弱化して、ナノセルロースの構造効率は向上します。次にその方法の例を紹介します。
○木質の組織構造の部分的破壊:丸太から直接的にナノ化することは困難です。そのため、粉砕等により木粉を製造しますが、その際、より微細化することで木質組織の構造は破壊されます。微細化方法としては、乾式での機械的粉砕やディスクミルで粗目ディスク(砥粒#46など)により湿式で呼び粉砕するなどがあります。
○木質成分の部分的分解・除去:木質の主要成分は、セルロース、ヘミセルロースおよびリグニンです。セルロース成分は、基本単位はグルコース(ブドウ糖)で、ナノセルロースの本質です。ヘミセルロースは、セルロースとは構造が違いますが、基本単位は糖類です。リグニンは、セルロースやヘミセルロースとは全く構造が異なる芳香族系化合物(トルエンやベンゼンの仲間)です。セルロースは水存在下、230℃程度から急激に加水分解が進行します。一方、ヘミセルロースは、耐熱性が低く、140℃程度から加水分解が進行します。このヘミセルロースの特徴を利用して、オートクレーブ(圧力鍋と類似、加圧して100℃以上の水・水蒸気で処理する装置)を用いて、ヘミセルロースを加水分解させると、木質組織を構成する主要成分の一つが壊されるため、木質組織は脆弱化します。
 木質は、大きく分けると針葉樹と広葉樹があります。針葉樹は英語では”softwood”、広葉樹は”hardwood”と呼ばれているように(別の用語あり)、多孔質の比較的柔らかい針葉樹と比較して、広葉樹は、緻密な部分が多く、水の木質組織内部への浸透性が低く、水のクサビの作用が発揮されにくく、ナノ解繊の効率は低下する場合が多くあります。
 木質から直接的に製造したナノセルロースでは、セルロース以外の主要成分(ヘミセルロース、リグニン)はナノセルロースの表面に堆積しています。これら成分の特性を利用することで、機能性材料への展開も期待できます。

プロセスの概要

参考資料
NEDO「セルロースナノファイバー利用促進のための原料評価書」2020年3月公開
装置・設備:「微細化装置」
・ディスクミル(グラインダー)・小型 / 増幸産業(株) MKCA6-2
・カッターミル / 増幸産業(株) MKCM-3 、MKCM-5
・気流式気流式微粉砕機 / 増幸産業(株) セレンミラー MKCL8-15J
比表面積測定によるナノセルロースの評価

ナノセルロースは木質細胞壁を解繊して(ほぐして)製造されます。パルプは木材細胞壁からヘミセルロースやリグニンを除去することで製造され、幅は20程度です。木質繊維やパルプからナノセルロースを製造する過程では、太い繊維が次第に微細な繊維に変化していきます。この変化を評価する方法には、電子顕微鏡による直接的な形状観察や型粘度計やレオメーターを用いた粘度評価(解繊が進行すると粘度が上昇する)、比表面積評価があります。しかし、ナノセルロースには様々な形態や状態があり、解繊度合いを、一つの方法のみでは評価するのは困難な場合があります。電子顕微鏡観察は、視覚的であり分かりやすい結果が得られますが、サンプルの一部しか観察できず、平均的値を得ることは難しいという課題があります。粘度評価は目視では明確であるものの、数値として表すためにはサンプル濃度や測定中のナノセルローの偏りなどの影響から、再現性の高いデータを得るためには色々な工夫が必要です。比表面積は平均値としてデータが得られますが、測定時には、完全な乾燥サンプルが必要であり、含水状態で製造されるナノセルロースの乾燥サンプル調製が大きく影響します。乾燥を適切に行わないと大なり小なり凝集が発生し、比表面積は過小な値となります。
 しかしながら、比表面積は数値で表され、解繊度合いを示す値としては直接的であり、サンプル間の比較も明確に行うことができます。前述のように、比表面積測定では、サンプルの乾燥処理が極めて重要です。同じナノセルロースでも、水からの一般的な凍結乾燥法と凝集抑制法としてブチルアルコール置換凍結乾燥法を比較すると10倍以上の差(一般的な凍結乾燥法は1/10)が出る場合があります
 TEMPO触媒酸化法などにより製造した、超微細な幅3nm程度のナノセルロースは、t-ブチルアルコール置換-凍結乾燥法でも十分に乾燥できない場合があり、その場合は、臨界点乾燥法で乾燥サンプルを調製する必要があります。

参照:「技術のポイント」-「ナノセルロースの凝集を高度に抑制して乾燥するためには。」

測定方法
適切に乾燥処理したナノセルロースの比表面積測定は、窒素ガス分子のサンプル表面への吸着量(吸着等温線)から算出(サンプル表面に一層で吸着した窒素ガス分子の数に窒素ガス分子1個が持つ断面積を乗じて求める)するBET法が一般的です。乾燥したナノセルロースは空気中からでも極めて水分を吸着しやすいため、比表面積サンプル管に充填した後に、比表面積計専用の前処理装置等で再度乾燥する必要があります。
 比表面積測定結果の精度はサンプル重量に影響される場合があります。比表面積が小さいサンプルでは窒素ガス分子の吸着量も少ないため、サンプル管に投入した乾燥サンプルが少ないと精度が低下します。当研究グループでは、機械解繊のみの幅15nm程度までのサンプル(比表面積が200m2/g 程度以下)では、1検体200mg程度、TEMPO触媒酸化処理ナノセルロースでは、15mg程度を基本としています。比表面積が大きいサンプルでは、測定するサンプル量を必要以上に増やすと測定時間が増加する場合もあります。下の図に当研究グループで用いている比表面積測定装置を示しています(装置例:マイクロトラック・ベル(株)・BELSORP-max)。写真に示したシールキャップは比表面積測定装置にサンプル管をセットした時のみ開放になるもので、サンプル管を前処理装置から比表面積測定装置に付け替える際などに空気中の水分等を吸着するのを防ぐパーツです。

プロセスの概要

参考資料
NEDO「セルロースナノファイバー利用促進のための原料評価書」2020年3月公開
装置・設備
「物質特性評価・解析装置、サンプル調製用機器」
・ガス吸着方式比表面積計 (多機能)/マイクロトラック・ベル(株) BELSORP-max
・ガス吸着方式比表面積計 / マイクロトラック・ベル(株) BELSORP-mini
ナノ化率 
・完全にナノ化してないセルロース繊維の指標
・一部がナノ化したセルロース繊維の指標
オスミウム蒸着に用いる四酸化オスミウム(OsO4)は毒性があります。そのため,我々の研究グループでは専用のドラフト内に蒸着装置を設置し,真空ポンプも専用のオイルとミストトラップ等を使って,安全には十分に配慮しています。

ナノセルロースの用途適正/部分ナノ化セルロースの活用


ナノセルロースは、原料や製造方法によって様々な形状やサイズが存在しています。きれいな1本のナノセルロースもあれば、枝分かれしたナノセルロース、比較的太いセルロース繊維の表面にナノの毛羽立ちをもったものも存在しています。あらゆる用途に対応できる万能なナノセルロースは存在していません。用途に合わせて、最適なナノセルロースの特徴を把握し、そのナノセルロースの効果的製造方法を構築して利活用することが重要です。ナノ化率は、完全にナノ化していないナノセルロース(セルロース繊維)を取り扱う上で、直感的に分かりやすい指標と考えています。
参考資料
NEDO「セルロースナノファイバー利用促進のための原料評価書」2020年3月公開