ナノセルロース
地球環境への対応と経済成長の両立が求められる現代において、バイオマス由来の高機能素材であるナノセルロースは、サーキュラーエコノミーの要となる素材として注目を集めています。木材や農業副産物などの再生産可能な資源から得られ、軽量・高強度・リサイクル性に優れるナノセルロースは、自動車・包装・化粧品・食品分野など多様な応用先を持つ、次世代のグリーン素材です。とくに、石油由来材料の代替や炭素固定によるカーボンニュートラルの推進、ナノ構造を活かした新たな産業創出において、そのポテンシャルが高く評価されています。一方で、ナノセルロースの利用には、親水性や乾燥時の凝集・分解、天然物特有のばらつきと品質管理、生産コストやエネルギー消費の高さといった課題も存在します。私たちのグループでは、未利用バイオマスを起点としたナノセルロース製造とその応用展開に加え、AIやプロセスインフォマティクス(PI)を融合した研究DXによって、これらの課題を乗り越える技術を確立してきました。これにより、ナノセルロースを活用した資源循環型社会の構築と産業への実装加速を目指しています。
【機械解繊ナノセルロース】
ディスクミルや高圧ホモジナイザーを用いた機械的解繊処理では、繊維が繰り返し処理されることで、マイクロサイズからナノサイズへと徐々に微細化していきます。処理回数が増えるほどナノ化が進み、高機能性材料としての特性は高まりますが、その分、エネルギー消費や装置使用に伴う製造コストも増加します。また、目的とする性能によって必要とされる繊維形態は異なるため、単純な微細化が必ずしも最適とは限りません。用途に応じた解繊回数とコストのバランスを見極めた最適化が、実用化への鍵となります。
【解繊前処理】
ナノセルロース製造の効率と品質を左右する重要な工程が「解繊前処理」です。植物細胞壁は複雑で強固な構造を持つため、そのままでは高エネルギーな解繊が必要になります。そこで、原料に応じて水熱処理・オルガノソルブ処理・酵素処理・電子線照射などを活用し、構成成分の除去や繊維構造の変化を促すことで、低コストかつ効率的な解繊が可能となります。こうした前処理を行うことで、ナノセルロースにおけるセルロース以外の成分の化学組成や分子構造変換、繊維形態変換が起こり、後の機能化や複合化の適性にも大きく関わります。
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機能性素材  農業・食品副産物を原料とするナノセルロース
植物由来のナノ素材として注目されるナノセルロースは、木材チップを蒸解や漂白処理によってセルロース純度を高めた精製パルプを原料に製造されるのが一般的ですが、当研究グループは木質原料から直接ナノセルロースを製造する技術を有しています。原料から直接製造されるナノセルロースは、リグノナノセルロース(リグノセルロースナノファイバー)と呼ばれ、セルロース以外の成分(リグニン、ヘミセルロースなど)を含んでいることが特徴のひとつであり、当研究グループでは原料に基づく成分の特徴を活かしたリグノナノセルロースの応用開発にも取り組んでいます。
【製造方法や原料によって変化するナノセルロースの形態】
ナノセルロースの製造方法は、機械処理と化学処理に大きく分けられます。機械処理のみでナノセルロースを製造するには解繊処理をくり返す必要があり、マイクロサイズからナノサイズへと徐々に微細化が進行していくことで、繊維径が数十 ~ 100 nm程度のナノセルロースが得られます。一方、化学処理によりカルボキシ基や硫酸基、リン酸基などセルロース分子間を静電反発させる置換基を導入すると解繊が促進され、繊維径数nmのナノセルロースが効率よく得られます。セルロースは植物の主要成分であるため、理論的にはあらゆる植物からナノセルロースを製造することができます。しかし、木質は強固な細胞壁構造を持つため、木粉や木質由来の精製パルプから繊維径数nmのナノセルロースを得るには化学処理が不可欠です。一方で、果物の果皮など木質とは異なる構造を持つ植物原料からは、化学処理を施さなくても、機械処理のみで繊維径数nmのナノセルロースを得ることもできます。このように、解繊処理の効率や得られる形態は原料となる植物の特性に依存するため、目的とする形態や機能に応じて、前処理や化学処理、機械処理等の条件を最適化することが重要になります。

【柑橘果皮を原料とするナノセルロースの事例】
柑橘果皮からは、化学処理を伴わずに機械処理のみで繊維径数nmのナノセルロースを得ることができます。これは、柑橘果皮が強固な細胞壁構造を持たないことに加え、ペクチンなどの多糖類がセルロースミクロフィブリルの集合を抑制していることが要因と考えられます。特にペクチンは、柑橘果皮由来ナノセルロースの凝集を抑制する働きがあることも確認され、一度乾燥させたナノセルロースを容易に水に再分散させることができます。さらに、柑橘果皮の有機溶媒抽出成分には、β-クリプトキサンチン(温州ミカン、ポンカンなど)やナリルチン(柑橘全般)、ノビレチン(グレープフルーツ、八朔など)といった生理活性成分が多く含まれており、これら成分を保持した状態でナノセルロースが得られます。
【農業・食品副産物を原料とするナノセルロースの可能性】
一般的なナノセルロースの原料である木質の主要なセルロース以外の成分は主にヘミセルロースとリグニンですが、農業・食品副産物には、タンパク質や脂質の他、植物ごとに多様な生理活性物質が含まれています。これらの成分の種類や含有量の違いは、得られるナノセルロースの構造、表面特性、分散性等の性質に影響を与えるだけでなく、原料由来の特有の成分を保持していることが特徴になるため、新しい用途展開の幅を広げる要素になりえます。そのため、農業・食品副産物は、多種多様な性質をもつナノセルロースを創出できる潜在的な資源として期待されます。
【食品・化粧品・医薬部外品用途への可能性】
木粉や木質由来の精製パルプ由来のナノセルロースは、食品用途への直接応用に規制上の制約がありますが、果物や野菜といった食経験のある植物から得られるナノセルロースは、可食性素材として利用可能性が高いと考えられます。実際、ナタデココは酢酸菌が生産するナノセルロースであり、食品や化粧品への利用実績が長く、安全性が確立されている代表例です。こうした可食性植物由来ナノセルロースは、食経験に裏付けられた安全性に加え、新たな物性・機能を発現する可能性があります。これにより、食品・化粧品・医薬部外品など、身近な分野への応用展開が期待されます。その中で、柑橘果皮由来ナノセルロースは、食品・化粧品原料として愛媛製紙(以前の連携先)から販売されており、この原料を用いた製品化事例もあります。
【柑橘果皮由来ナノセルロース】
【各種農業副産物の成分組成】
【農業副産物等から製造したナノセルロースの事例】
参考特許・文献
高発色素材ナノセルロースによる顔料の発色性向上
有機顔料は凝集しやすい性質を持ち、凝集によって発色性の低下を引き起こすことから、使用にあたっては界面活性剤や高分子分散剤を用いた凝集抑制処理が必須です。当研究グループではナノセルロースの特徴的なレオロジー特性や両親媒性に着目し、顔料分散剤への用途展開の可能性を調べました。その結果、ナノセルロースが赤色顔料のキナクリドンに対する高い顔料凝集抑制を示すことを見出しました。さらに、化学構造や形状の異なるナノファイバー間の性能比較を行うことで、顔料凝集抑制のメカニズム解明や凝集抑制効果の向上に取り組んでいます。
【ナノセルロース(NC)による顔料の凝集抑制効果】
有機顔料のスクリーニングの結果、ナノセルロースの添加によって、赤、緑、黒などの様々な顔料で発色性が向上することがわかりました。左の写真では、同量の顔料でポリウレタンを着色した際、ナノセルロースの添加なし(左側)より添加あり(右側)のサンプルの方が色が鮮やかになっています。
赤色顔料のキナクリドンについて顔料単独で乾燥させた場合と、顔料とナノセルロースを混合した後に乾燥させた場合のFE-SEM写真を撮影したところ、顔料単独の場合は数10 nmサイズの一次粒子が集合し、数 μmサイズの凝集体(二次粒子)が形成されているのに対し、ナノセルロースと混合した場合には一次粒子の凝集が抑制されている様子が観察されました。ナノセルロースがキナクリドン粒子の凝集を抑制した結果、顔料の発色性が向上したと考えられます。
【ナノセルロース(NC)によるキナクリドン凝集抑制メカニズム】
ナノセルロースによるキナクリドンの凝集抑制メカニズムを調べるため、ナノセルロースとキナクリドンの混合サンプルを各種分光分析に供しました。
FTIR分光分析では、混合物中のナノセルロースの割合が増えるに従い、キナクリドンのC=CおよびNHに由来する吸収ピークが高波数側にシフトし、セルロースとキナクリドンの間に何らかの分子間相互作用が働いていることが示唆されました。さらに、ゲルNMR法によるNOESY-NMRスペクトルでは、セルロースの3, 4位由来のシグナルが検出させる領域とキナクリドンの水素由来の全シグナルとの間に交差ピークが検出されました。これらの結果から、セルロースとキナクリドンの間には水素結合とCH-π水素結合の2つの分子間相互作用が働いており、そのことがセルロースの高いキナクリドン吸着性に繋がっていると考えられます。
以上のことから、ナノセルロースによるキナクリドンの凝集メカニズムを以下のように考察しました。キナクリドン粒子は、分散剤が無い環境ではNH…O=C水素結合やπ-π相互作用によって凝集し、凝集体が水分散液中で沈殿します。一方、ナノセルロースを添加した場合には、ナノセルロース繊維表層のセルロース分子とキナクリドン粒子表面の強い分子間相互作用により、キナクリドン粒子同士の凝集よりも、ナノセルロースへの吸着が優先的に起こり、キナクリドンが付着したナノセルロースが水中で分散することで、顔料粒子が疑似的に分散すると考えられます。
【ナノセルロース(NC)によるキナクリドン凝集抑制メカニズム】

【多糖ナノファイバー(NF)添加によるキナクリドン顔料水分散液の色変化】
キナクリドンの発色性向上効果に対するナノファイバーの化学構造の影響を調べるために、化学構造の異なる多糖から成るナノファイバー(セルロースナノファイバー、キチンナノファイバー、キトサンナノファイバー、リグノセルロースナノファイバー)との混合水分散液を調製し、色差計を用いて色の変化を調査しました。図は、キナクリドン濃度を0.1 wt%に固定し、混合するナノファイバーの量比を変化させた時の水分散液のL*a*b*値を示しています。キナクリドン水分散液は、顔料粒子の凝集が抑制されるにしたがって赤みが強く(a*値の上昇)、かつ青味が強く(b*値の低下)なりますが、セルロースNF、キトサンNF、リグノセルロースNFの添加時に、同様の変化が見られました。一方で、キチンNF添加時には発色性の向上は見られませんでした。これらの結果は、乾燥体のFE-SEM画像で見られる顔料凝集抑制効果の傾向と一致していました。多糖の種類によってキナクリドンの吸着特性が異なることが、凝集抑制効果、ひいては発色性向上効果に影響していると考えられます。
【多糖NF添加によるキナクリドン顔料水分散液の色変化】
キナクリドン-多糖ナノファイバー(NF)混合分散液の色値
セルロース、キトサン、リグノセルロースのナノファイバーで顔料の発色性向上効果を確認
参考文献
  • Yasuko Saito, Shinichiro Iwamoto, Naoya Hontama, Yuki Tanaka, Takashi Endo, “Dispersion of quinacridone pigments using cellulose nanofibers promoted by CH-π interactions and hydrogen bonds”, Cellulose, 27 (6), 3153 (2020). DOI:10.1007/s10570-020-02987-0
  • Yasuko Saito, Shinichiro Iwamoto, Yuki Tanaka, Naoya Hontama, Takashi Endo, “Suppressing aggregation of quinacridone pigment and improving its color strength by using chitosan nanofibers”, Carbohyder Polymers, 255, 117365 (2021). DOI: 10.1016/j.carbpol.2020.117365
  • Yasuko Saito, Naoya Hontama, Yuki Tanaka, Takashi Endo, “Effect of fibrillation on the ability of cellulose fibers to suppress the aggregation of quinacridone”, Cellulose Chemistry and Technology, 56, 861 (2022). DOI: 10.35812/CelluloseChemTechnol.2022.56.77
  • Yasuko Saito, Keita Sakakibara, Yuki Tanaka, Naoya Hontama, Takashi Endo, “Influence of hemicellulose and lignin on intermolecular interaction between quinacridone and lignocellulosic fibers revealed by gel-state NMR and color measurements” Journal of Wood Science, 69, 20 (2023) DOI: 10.1186/s10086-023-02094-1