技術ポイント 解説

アルコール置換によるナノセルローススラリーの凍結乾燥方法。

ナノセルロースの乾燥方法として,凍結乾燥は一般的ですが,凝集を抑制して乾燥するためには,水をt-ブタノールに置換して凍結乾燥する方法が有効です。手順は次のようです。50mlの樹脂遠心管などを用いて,ナノセルローススラリーをt-ブタノールと十分に混合します。その後,遠心分離して上清を捨てます。次に,沈殿をスパチュラやボルテックスミキサー等を用いてt-ブタノールと十分に混合して,再度,遠心分離して上清を捨てます。これを10回程度繰り返します。これらの操作は、安全のためドラフト内で行います。t-ブタノールは凝固点が25.7℃で,溶媒置換が十分に行われていれば,普通の冷蔵庫に入れると短時間で凝固します。冬などは室温でも凝固します。t-ブタノール置換を十分にした後は,冷凍庫等で十分に凝固させてから凍結乾燥機にセットします。凍結乾燥は,十分に溶媒が飛んだと見えても1週間以上減圧にする方が望ましいです。セルロースは低分子物質をトラップしやすいので,数日の処理だと,まだ,t-ブタノールが残存している場合もあります。このような乾燥試料を固体NMRで測定すると,t-ブタノールのピークが明確に観測されます。
 以上のような,t-ブタノール置換-凍結乾燥では,真空ポンプオイルへのt-ブタノールの混入により真空ポンプオイルやシール材が,装置本体の劣化や故障が起こりやすくなります。そのため,トラップは低温型(-80~90℃程度)を用いるとともに,頻繁なオイル交換や装置内部の洗浄が必要です。このようにしても故障や不具合は起きることもあるので,実際に行うに当たっては十分な検討が必要です。

t-ブタノールの性質

置換プロセス

装置・設備はこちら
「特殊乾燥器」
・凍結乾燥機 / 東京理化器械(株) FDU-2100

ナノセルロースの凝集を高度に抑制して乾燥するためには
大量の水に分散した状態で製造されるナノセルロースを凝集を抑制して乾燥することは容易ではありません。当研究グループでは,通サンプルは,t-ブタノール置換による凍結乾燥方で乾燥ナノセルロースを調製し,比表面積測定や高分解能電子顕微鏡観察などに供しています。しかし,この方法も十分とは言えない場合もあります。そこで,当グループでは,超臨界二酸化炭素を用いた,臨界点乾燥装置も用いています。
試 料 比表面積
木粉(100μm)/原料 4.6

 

↓リグノセルロースナノファイバー を製造して乾燥処理↓
※固形分濃度5wt%でディスクミルで製造

 

水系から直接凍結乾燥 16
t-ブタノール置換凍結乾燥 144
臨界点乾燥 180
以上のように,臨界点乾燥を行うことで,比表面積が高い乾燥試料を作製することができました。しかし,当グループの試験では,臨界点乾燥の効果が発揮されにくい試料もありました。また,臨界点乾燥は,水分散ナノセルロースをそのまま装置には投入できません。一般的に,臨界点乾燥では,試料チャンバーに,超臨界二酸化炭素の注入・排出を数回繰り返します。そのため,試料は排出されないように,何かの方法(化学的方法が多い)で固化(ゼリー状)した後,試料中の水を,濃度の異なるエタノール水を用いて数段階で完全にエタノールに置換します。この試料を臨界点乾燥装置に投入して乾燥しますが,条件にもよりますが,数時間かかります。さらに,臨界点乾燥装置は設置に当たって,高圧ガス法の規制を受ける場合があるため,導入はそれほど簡単ではありません。
「特殊乾燥器」
・臨界点乾燥装置 / ライカマイクロシステムズ(株) Leica EM CPD300
簡単な?ナノセルロースの作り方

ナノセルロースの製造ではディスクミル(グラインダー)[増幸産業(株)マスコロイダー]や高圧ホモジナイザーがよく用いられます。ディスクミルを用いる場合,原料がパルプでも木粉でも製造できますが,比較的,試料量が必要です。高圧ホモジナイザーでは,少量試料でも可能ですが,予めある程度,細かくした原料が必要な場合もあります。また,これら装置は,比較的高価で,処理にはコツも必要です。
 我々のグループでは,少量試料でナノセルロースをテスト的に製造する場合には,ボールミル(フリッチュ社,P-7遊星ボールミル等)も用いています。ボールミルの多くは密閉でき湿式処理が可能です。
 ボールミル処理は0.1~0.2mm程度の原料を用いると再現性と生成物の均質性が向上します。木粉等を固形分濃度が5wt%程度になるように水と混合し,ボールミル処理するとナノセルロースが得られます。処理時間は装置と原料に依存します。小型ボールミルを用いる場合,得られるナノセルロースはディスクミルや高圧ホモジナイザーと比較すると細さや均質性は低い場合もありますが,とても簡単にナノセルロースを作ることができます。

当グループでの実験例

装 置 リッチュ社,プレミアムラインP-7,遊星ボールミル
容 器 容量 80ml,ジルコニア製
ボール 直径10mmポール-30個,ジルコニア製
原 料 0.2mm木粉,3g,水40ml
処理時間 2時間(10分粉砕-10分休止を12サイクル)

 

フレッチュ社 プレミアムラインP‐7

「微細化装置」
・遊星型ボールミル / フリッチュ・ジャパン(株) プレミアムライン P-7 

再現性よくナノセルロースを作る

ナノセルロースは,原料のパルプや木粉を水と混合して,機械的な処理により製造します。しかし,原料と水を混ぜてから,十分に時間をおかないとナノセルロースが得られなかったり,再現性が低下したりします。ナノセルロースの製造では,組織内部への水の浸透がとても重要です。古い原料(特に木粉等)は,空気中の水分の吸湿と乾燥が繰り返されており,これらが繰り返すことで組織は引き締まってきます。そうすると水が浸透しにくくなり,結果としてナノセルロースが効率的に得られなくなります。
 我々のグループでは,再現性よくナノセルロースを作るために,原料と水を混合して2~3日静置しています。原料によっては1週間以上静置した場合もあります。ただし,水とバイオマス試料(糖質成分が多い稲わらやバガス等)を混合して,長時間放置すると,その間に菌が繁殖するなどで腐敗する場合もあるので注意が必要です。

ナノセルロースを水系で混ぜるのも簡単ではない

ナノセルロースは,水分散状態で得られるため,水系で何かと混ぜる場合もよくあります。混ぜるときに,スターラーやプロペラ式攪拌機を用いると,その操作によりナノセルロースが凝集する(ダマができる)場合があります。そのような場合には,遠心力で混ぜる装置(例:[株式会社 シンキー,自転・公転ミキサー あわとり練太郎]、株式会社写真化学、公転自転撹拌脱泡装置、カクハンター)が有効な場合もあります。このタイプの混合機は脱泡にも使えます。

あわとり練太郎(株式会社シンキー)

カクハンター(株式会社写真化学)

「特殊ミキサー」
・自転・公転ミキサー / (株)シンキー あわとり練太郎 ARE-310
・公転自転撹拌脱泡装置 / (株)写真化学 カクハンター SK-300SII
・公転自転撹拌脱泡装置 / (株)写真化学 カクハンター SK-1100
ナノセルロースのSEM(走査型電子顕微鏡)観察

 ナノセルロースを利用するに当たっては,どのような形状・形態のナノセルロースなのか知る必要があります。一般的には,SEM(走査型電子顕微鏡)を用いた観察が行われていますが,この場合,数nmから数十nmの超微細なナノセルロースを高分解能で観察するためには,FE-SEM(電界放出型走査電子顕微鏡)が必要となります。電子ビームの加速電圧は,ナノセルロースのダメージを防ぐために,数kVと低加速で行う場合が多いです。我々の:研究グループでは1~1.5kVで行っています。低加速での高分解能観察は,機種によって得手不得手もあるとの話もよく聞きます。観察用のナノセルロース試料は,必要に応じてアルコール置換で乾燥しています。
 また,SEM観察では,試料に導電性を持たせるためにスパッタリング(蒸着)を行いますが,従来からある白金や金の蒸着では,観察時に試料が部分的に帯電して,画像が乱れることもよくあります。特に,フワッと乾燥させた試料では顕著です。これは,白金等が試料の上部のみについて,内側や下方のナノセルロース表面に十分に蒸着されていないためと考えられます。白金等の蒸着時間を延長すると白金は粒状に試料表面に付くこともあるため,元々の試料の構造なのか白金の粒なのか区別が付かなくなります。そのため我々のところでは,フワッとしたナノセルロース試料でも,その内部まで回り込みの良い,オスミウム蒸着を定法としています。
◎当WebページのFE-SEM写真は,上記の方法で撮影しています。

当研究グループで使用している装置
FE-SEM
(電界放出型走査電子顕微鏡)
(株)日立ハイテクノロジー
S-4800 
オスミウム蒸着装置 メイワフォーシス(株)
Neoc オスミウムコーター
オスミウム蒸着に用いる四酸化オスミウム(OsO4)は毒性があります。そのため,我々の研究グループでは専用のドラフト内に蒸着装置を設置し,真空ポンプも専用のオイルとミストトラップ等を使って,安全には十分に配慮しています。

精製木材パルプ由来ナノセルロース(10万倍)

「形態・形状観察」
・電界放出形走査電子顕微鏡 / (株)日立ハイテク S-4800
・オスミウムコーター / メイワフォーシス(株) Neoc-Pro