岩手県盛岡東方5万分の1地質図幅「外山」の刊行
-東北北上山地中西部における白亜紀以降の大規模地殻変動の認定-
2024年04月18日 5万分の1地質図幅 6「秋田」区画 16「外山」を発行しました。
ポイント
- 地質図未整備地域の北上山地中西部において詳細な地質図を刊行
- 白亜紀以降に大規模地殻変動が起こっていたことが判明
- 岩手県における防災・減災、土木・建築の基礎資料としての活用に期待
図1 5万分の1地質図幅「外山」の地質図と解説書
図2 (A)外山図幅の位置図、(B)外山図幅内の地質概略図
概要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)は、岩手県の盛岡東方地域の地質調査の結果をまとめた 5万分の1地質図幅「外山」(以下「本図幅」という)を刊行しました。北上山地では、豪雨や地震等でしばしば土砂崩れを起こしています。 盛岡から三陸海岸に至るまでの幹線道路は2本しかなく、土砂崩落等による道路の分断は地域生活に大きな影響を与えかねません。 本図幅は、当地域における地質学的研究の進展のみならず、防災、土木・建設などの基礎資料として社会に役立つことが期待されます。 なお本図幅は、産総研が提携する委託販売店(https://www.gsj.jp/Map/JP/purchase-guid.html)で販売されています。
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社会的背景と経緯
本図幅地域(盛岡東方)を含む北上山地中西部は、2013年に刊行された5万分の1地質図幅「早池峰山」以外に詳細な地質図は 整備されていません。北上山地中西部では、日本の他地域では見られない石炭紀の付加体が産していることや、この付加体中に 角閃石斑れい岩や石英閃緑岩などの島弧域で形成された非付加体要素が挟在していることなど、地質学的に興味深い特徴を示しています。 また、渓谷域では豪雨や地震等でしばしば土砂崩れが発生しており、2015年12月には降雨と融雪によって付加体の岩盤が崩落し、 JR山田線の鉄道車両がその土砂に乗り上げ脱線し、全線復旧に約2年を要しました。本図幅地域には盛岡から三陸海岸に至る2本しかない 幹線道路が含まれており、これら道路の土砂崩落等による分断は地域生活に大きな影響を与えかねません。以上のことから、 2016〜2021年にかけて当該地域の地表踏査を約300日間行い、化学分析や微化石抽出などの室内作業による結果も合わせて、 精緻な地質図を作成しました。
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地質図幅の内容
北上山地の基盤は、山地南半部にオルドビス紀の島弧性火成岩類及びそれを覆うシルル紀~ジュラ紀の島弧陸棚堆積物からなる 「南部北上帯」が、北半部にジュラ紀の付加体からなる「北部北上帯」が分布し、両者の間に前期石炭紀及び前期三畳紀の付加体からなる 「根田茂帯」が狭長に分布しています(図1)。本図幅地域は行政区として盛岡市・宮古市・下閉伊郡岩泉町を、また地質区として根田茂帯と 北部北上帯を含んでいます。それらを前期白亜紀の花崗岩類等が貫き、更にその上を第四紀の堆積物が覆っています(図2、3)。
本図幅によって以下の地質学的成果が得られました。まず、根田茂帯に属する前期石炭紀付加体が2つの地質単元に区別され、 そのうち北側のものは前期三畳紀の付加体であることが明らかになりました(図2)。日本で前期三畳紀の付加体が一定規模の地質体として 認定されたのは初めてであり、その当時の沈み込み帯の状況を理解する上で重要です。次に、根田茂帯中には付加体の要素とは考えにくい 石英閃緑岩・角閃石斑れい岩・蛇紋岩の岩塊が散在し、石英閃緑岩は前期オルドビス紀のものであることが分かりました。これは現在根田茂帯の 南側に分布する南部北上帯の最下部をなす火成岩類が、白亜紀以降の断層活動によって、根田茂帯中にもたらされたことを示唆します。更に、 北部北上帯中にも前期ペルム紀の流紋岩岩体が発見され、これもまた同断層によってジュラ紀付加体中に定置させられたものと考えられます。 ペルム紀の珪長質火成岩は日本では極めて稀で、当時の火成活動・構造運動を把握する上で重要です。これら付加体中に挟まれる非付加体要素の 存在から、もともとは根田茂帯・北部北上帯に分布する付加体の構造的上位に、島弧で形成された地質体(南部北上帯)が低角断層を介して載って おり、それが白亜紀以降に活動した横ずれ成分を持つ大規模断層によって構造的下位の付加体中にもたらされた可能性が考えられます。
北部北上帯のジュラ紀付加体については、南西部において前期ジュラ紀付加体の存在が北上山地で初めて認定されたほか、 内陸側(構造的上位)から海側(構造的下位)にかけて数km間隔で年代が若くなる傾向が見出せました(図2)。これは付加体が海溝側に向かって 成長・発達していくという従来の付加体形成モデルをより高精度で確認できたことになります。北上山地の基盤岩類に貫入した前期白亜紀の 岩脈については、北東-南西方向を示すものが多く、岩脈群の姿勢から貫入時の応力解析を行ったところ、前期白亜紀の北上山地は、 従来考えられてきた東西の圧縮応力場以外に、それとは逆の東西引張応力場に置かれていた時期があったことが初めて示されました。
第四系に関しては、小起伏山地からなる外山高原では周氷河堆積物が山の頂から緩斜面を広く覆っていることが確認され、 またこれまで報告されていたものよりも10万年以上古い中期更新世(チバニアン期)の地層(特に層厚約1 mに及ぶ火山灰:図5)が 存在していることが明らかになりました。最後に、地質構造に関して、白亜紀以降に活動した北東-南西系の胴切断層が 300 m~3㎞程度の間隔で数多く発達することが分かりました。
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今後の予定と波及効果
日本列島の形成史に関する学術的貢献のほか、ダム・道路等の建築物の維持管理や横断道路・トンネル建設等の基礎資料として 社会に役立つことが期待されます。なお、今年度からは本図幅の東隣の区画(5万分の1地質図幅「盛岡」)の作製が進められています。
メンバー
内野 隆之 (地質情報研究部門 シームレス地質情報研究グループ)
小松原 琢 (元地質情報研究部門)
用語解説
5万分の1の地質図幅
産総研地質調査総合センターが作成している地質図(岩石・地層の分布を表した図)シリーズで、全国で1,274区画ある。その他、20万分の1の地質図幅もあり (全128区画)、こちらは2010年に全国完備している。
石炭紀;三畳紀;ジュラ紀;白亜紀
地質年代の一つ。古生代の石炭紀は3億6千万~3億年前、中生代の三畳紀は2億5千万~2億年前、ジュラ紀は2億~1億4千5百万年前、 白亜紀は1億4千5百万~6千5百万年前の時代(図2参照)。
付加体;沈み込み帯
海洋プレートが海溝で大陸プレートの下に沈み込む際に、海洋プレートの上の堆積物や海山の断片などが剥ぎ取られ、海溝に溜まった砂や泥と一緒になって、 陸側に押し付けられてできた岩石・地層群。一般的に付加体の地層は強く変形している。現在の日本列島の基盤のほとんどは、隆起した過去の付加体からなる。 「沈み込み帯」とは、海洋プレートが別のプレートの下に沈み込む領域のこと。
火成岩
マグマが固まってできた岩石。更に、地表付近の浅い場所で急冷してできたものを火山岩と呼び、地下深部でゆっくり固まったものを深成岩と呼ぶ。
周氷河堆積物
寒冷地域において、凍結・融解の反復によって生成された砕屑物からなる堆積物。
島弧
プレート沈み込み帯の上側(大陸側)に存在する弧状の島列。活発な火山活動を伴い、その背後に縁海を有する。日本列島はその代表例。 広義には大陸縁辺の火山弧も含まれる。
陸棚堆積物
海溝より陸側の海底で、陸からもたらされた砂や泥が堆積した地層を「浅海成層」と呼び、特に陸に近い大陸棚で堆積したものを「陸棚堆積物」 あるいは「陸棚層」と呼ぶ。付加体に比べて、変形が弱く、整然とした地層をなし、植物やサンゴ・貝などの化石が見つかる。
微化石
径数mm以下の顕微鏡でしか見ることができない生物化石。特に珪質な殻をもつ動物プランクトンの放散虫は、大型化石をほとんど産しない付加体の 年代決定に有効。泥岩やチャートの岩片を酸で溶解させ化石を分離させた後に、電子顕微鏡で観察・同定する。
地質帯;南部北上帯
岩石種・形成過程・時代など同じ特徴を持つ地質体が広範囲にまとまって分布する場合に「〇〇帯」という地質帯名が付与される。北上山地では、 南部北上帯・母体₋松ヶ平帯・根田茂帯・北部北上帯がある。西南日本では、秩父帯や三波川帯が有名。
珪長質
シリカ(珪素)成分に富むこと。逆は苦鉄質と呼び、鉄やマグネシウムに富む。珪長質な火成岩としては流紋岩や花崗岩が挙げられ、 それらは島弧を代表する岩石である。
構造的上位
低角逆断層など後の構造運動によって形成された上位方向。付加体の地質単元は、一般に構造的上位に古いものが載る。
胴切断層
地質体の構造方向(走向や褶曲軸)に直交もしくは高角に斜交する後生的な断層。