日本の熱赤外衛星データを用いたサンゴ白化予測の高精度化
ポイント
- 既存の海面水温データに日本の衛星データを統合、高解像度化
- 沖縄周辺のサンゴの熱ストレス指標(DHW)マップを過去40年にわたり整備
- 高解像度なDHWマップで、機械学習による白化予測精度が向上
図1 沖縄周辺の過去40年の最大熱ストレス(DHW)マップ。従来よりも高解像度化された海洋温度データに基づき作成。
Mizuochi et al. (2026) Figs. 8-10を編集。
概要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)は、日本の熱赤外衛星データ(JAXA GCOM-C)を用いて既存の海面水温データを高解像度化し、 サンゴ白化に重要な環境因子とされる熱ストレス指標(Degree Heating Week: DHW)を沖縄周辺海域で過去40年にわたり整備しました。整備された高解像度のデータを 用いることで、既存の海面水温データを用いる場合とくらべ、機械学習によるサンゴ白化予測の精度が10 %程度向上することが示されました。この成果は、 サンゴ群集を含む沿岸域生態系のモニタリング精度の向上に役立つことが期待されます。本成果は、2026年5月にPeerJ誌に掲載されました。
社会的背景と経緯
気候変動による海面昇温で、近年、サンゴ群集の大規模な白化が世界的に多数報告されています。現地観測だけではカバーしきれない海面水温の時空間変動を 定常的にモニタリングするため、これまで衛星観測等に基づく複数の広域海面水温マップが作成・公開されてきました。しかし、それらは主に大陸規模~全球規模での 利用を想定して設計されているため、空間解像度が粗く(数 km 程度)、不均一な沿岸域の局所的な熱ストレスを把握するには限界がありました。そこで産総研では、 JAXA が運用する最新の衛星 GCOM-C(しきさい)の熱赤外画像を、既存の海面水温マップに統合することで、空間解像度を250 m まで向上させました。
下線部は【用語解説】参照
研究の内容
サンゴ白化は、おもに夏季の高水温状態が長期間続くことによって、サンゴ体内の褐虫藻が減少・消滅する現象です。サンゴは褐虫藻の光合成によって栄養を得ているため、 白化が続くとサンゴ本体も死滅してしまいます。サンゴ群集は海洋生物の生息地、防災、水産・観光資源といった様々な生態系サービスを提供しており、沿岸域の自然資本維持のために 白化状況のモニタリングは重要です。
白化を起こしうる熱ストレスの指標として、基準となる海面水温に比べて1℃を超えるような異常昇温を一定期間にわたって積算したDegree Heating Week (DHW)が用いられます。 DHWの全球マップはNOAAなど世界の海洋観測機関が日々公開していますが、上述の通り、もととなる海面水温マップの空間解像度が高くないため、沿岸域の局所的な 熱ストレス把握には限界がありました。
産総研で新たに作成した高解像度海面水温マップをもとに、250 m解像度のDHWマップを沖縄周辺海域で1985–2024年まで整備しました(図1)。解像度が向上したことで、 従来のマップに基づく評価では見逃されていた局所的な熱ストレス(図2)が可視化されました。この結果は、産総研が現地で確認した白化の分布とも整合的なものでした。 整備されたデータは、サンゴ群集の多様性と熱ストレス環境の把握などに活用できるほか、長期時系列の海洋昇温の分析(図3)などにも役立てることができます。
一つの応用として、機械学習にDHWマップを入力することでサンゴ白化の分布予測を行いました。具体的には、Random Forestという機械学習モデルにDHWと白化の有無を入力して 学習させたあと、学習済みのモデルにDHWを与えることで、白化の分布予測を行いました。白化の情報は、 Sango Map Project(https://www.sangomap.jp/)という市民ダイバーのサンゴ観察データベースをもとに Kumagaiら(2018)が編纂したデータを用いました。 検証の結果、従来の解像度の低いDHWマップを用いる場合よりも、産総研のDHWマップを入力したほうが、予測精度が10%程度向上することが分かりました。空間解像度の向上によって、 局所的なDHWの空間パターンを表現しやすくなったことに加え、海岸線上で陸域からの温度シグナルが混ざってしまうピクセルが減ったことも精度向上に寄与したと考えられます。
下線部は【用語解説】参照
図2. 複数の沖縄沿岸域サイトにおける、2024年のDHW最大値マップ。 (左)既往の海面水温マップ(MUR SST: https://podaac.jpl.nasa.gov/MEaSUREs-MUR)をもとに計算、 (右)産総研の海面水温マップをもとに計算。星マークは産総研による白化状況の確認地点で、site 1で最も強い白化を確認したいっぽう、site 2, 3の白化の程度は比較的弱かった。 Mizuochi et al. (2026) Fig. 18より引用。
図3. 複数の沖縄沿岸域サイト(図2の白色ポリゴン)で観測されたDHWの長期時系列。 (A)既往の海面水温マップ(MUR SST: https://podaac.jpl.nasa.gov/MEaSUREs-MUR)をもとに計算、 (B)産総研の海面水温マップをもとに計算、(C)エルニーニョ監視指標(Oceanic Nino Index: ONI; 実線)と太平洋十年規模振動(Pacific Decadal Oscillation Index: PDO; 破線)。 ONIが弱い年(ラニーニャ年)には昇温が起こりやすい傾向が確認できる。 Mizuochi et al. (2026) , Fig. 19を編集。
今後の予定と波及効果
メンバー
水落 裕樹(地質情報研究部門 リモートセンシング研究グループ)
井口 亮(ネイチャーポジティブ技術実装研究センター 自然資本診断技術研究チーム)
水山 克(名桜大学 人間健康学部)
岩男 弘毅(地質調査総合センター 地質情報基盤センター)
山本 聡(地質情報研究部門 リモートセンシング研究グループ)
用語解説
JAXA GCOM-C
宇宙航空研究開発機構(Japan Aerospace Exploration Agency: JAXA)が運用する、中分解能の光学・熱赤外センサ(Global Change Observation Mission―Climate: GCOM-C)。全球をほぼ2日で観測可能であり、気候変動、陸域生態系、海洋環境などの定常観測に適する。愛称は「しきさい」。
Degree Heating Week (DHW)
基準となる海面水温に比べ1℃を超過した日・場所(ホットスポット)において、超過分の水温を過去12週間にわたって積算し、7で割ったもの(単位は℃・week)。DHW=1で、過去12週間で基準を1℃超える高温日が1週間続いたことに相当する熱ストレスを示す。基準となる海面水温は、1985–1993の各月の平均水温マップを求め、それら12枚のマップの最大値として場所ごとに定める。
褐虫藻
サンゴ体内で共生している微細な藻類。
NOAA
アメリカ海洋大気庁(National Oceanic and Atmospheric Administration)。DHWの日々の全球マップ(解像度5 km)をwebサイトで公開している(Coral Reef Watch: https://coralreefwatch.noaa.gov/product/5km/index_5km_dhw.php)
Random Forest
決定木という比較的シンプルな機械学習モデルを多数組み合わせることで汎化性能を高める手法(アンサンブル学習)。まず予測に資する情報(特徴量)と、予測したい正解(本研究では、白化の有無)を対応付けた「教師データ」をモデルに事前に学習させる。その後、モデルに特徴量を与えると、白化の有無を予測できるようになる。