LS-BT合同研究発表会

プログラム セッション1

LS-BT2026 Symposium Session1 (6月18日)


 「生命現象の理解と応用をつなぐバイオ技術の最前線」


産総研生命工学領域では、生命現象の基礎的理解に立脚した新たなバイオ技術の創出と、その社会実装に向けた研究開発を推進しています。本セッションでは、多様な生物が持つ生命機能の解明と、それらを活用した計測・分析・生産技術への応用展開に関する最前線の取組みを幅広く紹介します。

Session1 生命現象の理解と応用をつなぐバイオ技術の最前線 10:05~11:25
座長:産総研 生命工学領域 研究企画室長  光田 展隆
10:05-10:25
「持続可能な食料資源確保に向けた
魚類マイクロバイオーム研究を基盤とする水産養殖技術の高度化」
Toward Advanced Aquaculture Technologies through Fish Microbiome-Based Approaches
産総研 モレキュラーバイオシステム研究部門 バイオ分子評価研究グループ 主任研究員 竹内 美緒
急増する世界人口へのタンパク質供給を支える手段として、水産養殖が期待されています。しかし、魚病・飼料となる魚粉の枯渇・環境悪化など大きな課題も抱えており、持続可能な「次世代型養殖業」への変換が求められています。その一環としてスマート化やゲノム編集技術が研究されていますが、私たちは魚類の体表や体内に生息する常在細菌叢、マイクロバイオームに注目しています。ヒトに比べると大分遅れていますが、魚にも独特のマイクロバイオームが存在することが近年明らかになっており、このような魚類と共生する微生物も、ヒトの腸内細菌と同様に魚の健康に大きく関与している可能性があり、持続可能な水産養殖技術の実現に貢献できるのでは、と考えています。これまでの研究で、魚病の予防・魚の健康管理・魚粉枯渇問題に貢献しうる技術シーズが得られています。
【魚病の予防】ワクチンがない多くの魚病では、予防対策がないことが課題となっています。冷水病などの病原菌は体表から侵入します。魚の体表は粘液で覆われており、様々な微生物やリゾチームなどが存在し、バリアの役割を果たしています。この体表中で、病原菌の増殖を抑制する体表細菌を増やすことにより、バリア機能が増強され、予防機能を付与できるのではないかと考えられます。そこで、ニジマスやアユの体表から冷水病菌の増殖抑制作用を示す新規体表微生物を分離しました。稚魚水槽に本菌を投与した結果、体表への付着や、冷水病の発症遅延作用が確認できました。ワクチンがない魚病については、このような体表細菌叢制御によって、少しでも予防が可能になることが期待されます。
【魚の健康管理】予防可能なワクチンがない多くの魚病では、早期発見による早期対策も重要です。早期発見のためには魚の健康モニタリング技術の開発が将来的に重要になると考えられます。定期的なモニタリングには非侵襲サンプルが適していることから、私たちはフンに注目し、フンが魚病感染のバイオマーカーを含むかどうかを検討しました。冷水病菌に感染させたアユのフンについて、メタボローム解析やメタゲノム解析を実施した結果、複数の感染バイオマーカーが存在することを明らかにしました。これにより、フンを用いた魚の健康診断システムの可能性を示すことができました。
【魚粉枯渇】魚粉枯渇の解決策として、大豆などの代替飼料が用いられています。しかし、ニジマスなどでは代替飼料の割合が大きいと腸炎を発症することが課題となっています。ヒトの腸内では、酪酸産生菌が産生する酪酸が腸炎抑制作用を持ち、腸内環境の健全化に役立っていることが知られています。魚でも、酪酸がよい影響を与えることは知られていましたが、どのような微生物が魚の腸内で酪酸を産生するのかはわかっていませんでした。私たちは、ニジマスの腸から魚類初の酪酸産生菌を分離しました。本菌株は、哺乳類由来の菌株と異なり、魚の生育温度に近い至適増殖温度を持つことから、魚類腸内での定着性が期待され、代替飼料使用における腸炎抑制に役立つ可能性があります。
これらの技術シーズを産学官協力により今後さらに発展させ、水産養殖技術の高度化を実現したいと考えています。
10:25-10:45
「糖鎖で見分ける幹細胞の分化のばらつき」
Glycan-Based Detection of Heterogeneity in Stem Cell Differentiation
産総研 細胞分子工学研究部門 多細胞システム制御研究グループ 主任研究員 小高 陽樹
再生医療や創薬研究では、ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)や間葉系幹細胞などの幹細胞およびその分化細胞の利用が進んでいます。 一方で、目的外細胞の混入や細胞機能のばらつきがしばしば課題となります。こうした細胞の不均一性を評価し、品質を管理するためには、目的外細胞や低機能細胞を簡便に検出・分離できる細胞表面マーカーの開発が不可欠です。 細胞表面の糖鎖は、細胞の種類や状態に応じて構造が変化することから、幹細胞の有用なマーカー分子として広く利用されてきました。私たちは、細胞集団中の細胞表面糖鎖とRNAを単一細胞レベルで同時解析できる単一細胞糖鎖・RNAシーケンシング法(scGR-seq)を用い、目的外細胞や細胞機能と関連する糖鎖マーカーを効率的に同定できるプラットフォームを構築しました。本講演では、このプラットフォームを用いて、iPS細胞由来神経細胞に混入する目的外細胞の糖鎖マーカーを同定した事例と、脂肪由来間葉系幹細胞の骨分化能に相関する糖鎖マーカーを同定し、高い骨分化能を有する間葉系幹細胞集団の分取に成功した事例を紹介します。 本技術は、さまざまな細胞の不均一性評価と品質管理に資する糖鎖マーカー開発の汎用的な基盤技術としての活用が期待されます。
10:45-11:05
「微生物を活用したバイオものづくり由来廃水処理の新技術
―持続可能な循環型経済を目指して―」
Biological Wastewater Treatment Technologies for Biomanufacturing toward a Circular Economy
産総研 サーキュラーテクノロジー実装研究センター/
バイオものづくり研究センター 微生物生態工学研究チーム 研究員 一色 理乃
微生物や酵素などの生物機能を利用して化学品等を製造するバイオものづくりは、化石資源への依存低減や脱炭素社会の実現に資する技術として注目されています。一方、その製造工程では、糖化残渣に代表される固形有機性廃棄物や、糖や有機酸、抗生物質等を含む微生物培養後の高濃度有機性廃水が発生し、効率的な処理が課題となっています。嫌気性微生物による有機物分解とメタン回収は有望な手法ですが、従来法では固形物や高濃度有機物に対する処理性能や、微生物群集の安定性に限界があり、高負荷条件下での長期安定運転は困難でした。
本研究では、固形有機性廃棄物と高濃度有機性廃水を同時に処理可能な新規プロセスの確立を目的として、嫌気性バッフル連続撹拌一体型(Anaerobic Baffled Continuous Stirring:ABCS)反応器を開発しました。本反応器は、固形物の可溶化を促進する撹拌部と、有機物分解およびメタン生成が進行するバッフル付き流路部から構成され、反応を段階的かつ効率的に進行させることが可能です。
100日以上の連続運転試験により、ABCS反応器は固形物の蓄積を抑制した安定運転を維持し、従来型反応器の1.62倍に相当するメタン生成速度を達成しました。従来型ではセルロースの蓄積が認められた一方、ABCS反応器では顕著な蓄積は見られず、セルロース分解菌の存在量も有意に高いことが明らかになりました。
以上より、ABCS反応器は固形有機性廃棄物と高濃度有機性廃水を同時に処理可能な高負荷嫌気性消化システムとして有効であることが示されました。今後はスケールアップによる実証試験を進めるとともに、適用範囲拡大を目指し、廃菌体を含むバイオものづくり廃水やプラスチックケミカルリサイクル由来廃水等への応用を検討します。これらの取り組みを通じて、資源回収と環境負荷低減を両立する持続可能な廃水処理技術としての展開を目指します。
11:05-11:25
「ルシフェリンの新たな特性を活用したバイオ分析技術」
Bioanalytical Techniques Utilizing Novel Properties of Luciferins
産総研 健康医工学研究部門 ナノバイオデバイス研究グループ 主任研究員 西原 諒
生物発光は、発光基質ルシフェリンの酸化反応を発光酵素ルシフェラーゼが触媒することで光を生じる自然現象です。 蛍光とは異なり励起光を必要としないため、低バックグラウンドかつ高感度な分析が可能であり、医療や食品衛生など幅広い分野で利用されています。 しかし従来法では、目的分子へのルシフェラーゼ標識が必要であり、操作の煩雑さが課題でした。
私たちは、ルシフェラーゼではないタンパク質が特定のルシフェリンを発光させる現象を見出しました。この発見により、標的タンパク質そのものを発光反応の触媒として利用することで、ルシフェラーゼに依存しない新しいタンパク質の発光分析手法を開発しました。例えば、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質が特定のルシフェリンと反応して発光することを利用し、試料とルシフェリンを混合するだけで、発光強度に基づいて約1分で高精度な定量分析を実現しています。 本技術は、抗体や酵素標識を必要としない簡便かつ迅速な分析法であり、発光色の違いからタンパク質の量だけでなく構造変化も検出できることが明らかとなりました。
本発表では、本手法の原理と応用例について紹介します。