生物資源情報基盤研究グループ
研究内容

1.未知・未培養微生物ならびに未利用生物資源の探索、分類同定、ライブラリー化

 環境中に膨大かつ多様に存在する未知・未培養微生物(バクテリア・アーキア・ウィルス・原生動物等)の探索技術開発を通じて、従来法では培養の困難な多数の新規微生物の分離培養化に成功しています。また、取得した新規微生物資源を適切に管理保存し、新規微生物ライブラリーを構築するとともに、これまでに、新種65種、新属37属、新科11科、新目8目、新綱5綱、新門2門の学名提案を行い正式に認定されています(2020年4月現在)。特に、日本で初めて門レベルで(微生物の系統分類において実質的に最高階級にあたる)新規な細菌Gemmatimonas aurantiacaの純粋分離に成功し、新門Gemmatimonadetes門を提案・認定されている。また、2011年にも、新門Armatimonadetes門を提案し、あわせてその基準菌株としてArmatimonas roseaを新属新種提案し、正式に認定されています。また系統学的な新規性が高くかつ機能的にユニークな未知微生物の発見にも取組んでいます。例えば、糖尿病を誘起する未知腸内細菌の発見と機能解明を行うとともに、石炭を直接メタンに転換する深部地下圏アーキアを発見しその新たなメタン生成代謝機構の存在を明らかにしています(Science 2016)。また、海洋研究開発機構(JAMSTEC)との共同研究により、真核生物誕生の鍵を握る新門アーキアの発見に成功し、新学名を提唱しています(Nature 2020)。最近では、湖沼や河川、土壌、温泉等の高熱環境、堆肥、活性汚泥等に加えて、植物の根圏環境や深部地下圏環境、哺乳類の腸内環境等を対象として、未知・未培養微生物の探索を精力的に進めています。

2.未知微生物の新たな生物機能/未知遺伝子・酵素がもつ新機能の発掘・解明と利活用

 ライブラリー化した微生物の中から、系統学的に極めて新規性の高い菌株やユニークな機能を有する菌株について次世代シーケンサー等を利用したゲノム解析を実施し、遺伝情報の収集と有用な生物機能の発掘と解明を進めています(新門細菌Gemmatimonas aurantiaca、新門細菌Armatimonas rosea、新綱細菌Anaerolinea thermophila、ポリリン酸蓄積細菌Microlunatus phosphovorus等)。

 また、微生物間の相互作用(Quorum Sensing)や相互作用の遮断(Quorum Quenching)に関する研究を進めています。これまでに、微生物間コミュニケーションを媒介するシグナル物質を分解し、微生物間コミュニケーションを遮断する新規酵素の取得に成功しています。中でも、多剤耐性菌から単離したシグナル物質分解酵素は、微生物間コミュニケーションの遮断に関わるだけではなく、同時に抗生物質をも分解することで宿主細菌の抗生物質耐性能にも寄与するという新機能(両機能性)を発見しました。このように、配列情報だけでは見えてこなかった未知酵素の機能解析を通じて、新たな生命現象の解明に取り組むとともに、産業利用に資する有用酵素の探索にも着手しています。

 未知・未培養微生物ならびに産業上有用な未利用生物資源の機能解明を行い、有用生物資源のライブラリー化と技術開発の提供を行っています。例えば、難培養微生物をソースとしている「新規微生物ライブラリー」やその他研究活動によって見出された「高付加価値な微生物や酵素、生理活性物質」等を活用して、民間企業や大学等と共同研究を実施し、新たなバイオ製品やバイオ技術の開発において成果を挙げています。

3.高度環境ゲノム情報解析技術の開発と利用

 生命の秘めたる能力を理解せずして地球の物質循環制御、有用物質生産、医療等社会の持続性に必須な革新的な技術の開発は見込めません。環境、社会、医療問題の顕在化が驚異的に加速化している時代に対応するためには、現在の生物学・生物技術を大きく揺るがす程新しく応用性の高い知識を素早くかつ確実に得る必要があります。一つの近道は、生物の知られざる潜在能力と歴史の全てを記録している未知遺伝子の解読化にあると考えます。本グループでは、精密な環境ゲノム解析(メタゲノム、メタトランスクリプトーム等)と革新的培養技術を融合することで、遺伝子・ゲノムから新規代謝機能の解明や生物史の解読を目指しています。

 地球上に存在する微生物の多くは(90%以上)実態が掴めておらず、その機能は未知数です。さらに、様々な微生物や遺伝子の研究から4億以上の遺伝子が発見されていますが、機能・能力が明らかになっているのはその4500分の1以下です。本グループでは、環境ゲノム解析と生化学・熱力学・進化学・機械学習をベースにした高度な遺伝子解析を行い、新規代謝機能や生命史の予測・再構築を行なっています。培養のスペシャリストとの相乗的な連携を通し、培養化できた微生物に秘められた未開拓能力の調査や、遺伝子情報に基づいた未知微生物の培養化でも成果をあげています。

4.全ゲノム操作技術の開発と利用

 近年、細菌のゲノムを丸ごと操作できる手法が開発されつつあります。本グループでは、この最先端技術を活用し、未培養微生物のゲノムを丸ごとクローニングする技術の開発と、そのゲノムを培養可能な微生物に丸ごと導入して未知生物機能を解明する研究に着手しています。これにより、従来では困難であった未培養微生物の遺伝子改変などへの展開も期待されます。

5.細胞集団の挙動および生物間相互作用の包括的解明とその応用研究

 「同一の環境で増殖したクローン細胞集団は、均一な表現型を持った細胞の集団である」これが従来の微生物学の考え方でした。現在でも一般的な分子生物学実験ではこの理論に基づいて微生物を培養し、表現型を調べたり、核酸、酵素、タンパク質などの細胞成分を抽出して測定したりしています。しかし、この「クローン細胞集団は均一」という概念は、細胞という"生き物"を簡略的に捉え過ぎた非現実的な考え方であることが最近わかってきました。つまり、フラスコで培養した大腸菌も寒天培地上のコロニーも無数のクローン細胞集団からできていますが、そこから得られた実験åデータはあくまで集団の平均値を見ているにすぎず、詳細に観察すると個々の細胞レベルではその表現型に"ばらつき"が存在し、周りの細胞とはちょっと違った個性的な表現型を持った細胞が必ず存在しています。

 本グループでは、様々な細菌の表現型におけるこういった一細胞レベルの"個性"に着目し、"ばらつき"が生まれる分子メカニズムや、"ばらつき"がもたらす生理的・進化的意義を研究しています。また、産業微生物や病原菌を材料とし、表現型の"ばらつき"を利用・操作した新しい微生物育種法や創薬の開発に資する応用研究にも着手しています。

6.環境制御・次世代エネルギー生産・植物の高効率栽培や高付加価値化に資する微生物群集の機能解明と利用

 本グループが有する未知・未培養微生物の高度な培養技術、環境ゲノム情報解析技術等を相互補完的に駆使しながら、環境中(廃水処理プロセス、深部地下圏環境、植物-微生物共生系等)に棲息する未知微生物群の生理生態学的な解析と利用技術の開発を進めています。

 具体的には、未だ広く知られていない植物—微生物間の共生系を新たに開拓するとともに、その共生的相互作用を活用して様々な植物の機能を強化・増強し、農作物など有用植物の付加価値向上図る技術開発や、バイオマスプラットフォームとなりうる水生植物の増産や新たな環境浄化技術(次世代植生浄化技術)、有用物質を蓄積する植物の物質生産技術等のバイオプロセス開発を、所内外の研究機関と共同で進めています。また、大気成分の消費プロセスを担う植物共生微生物の新しい生態学的役割に着目した研究にも取り組んでいます。特に、水素社会の到来に伴って大気中に大量に放出される間接的温室効果ガスの水素を、森林や農地にて消費する植物共生微生物群の特定と生理生態機能の解明を進めています。将来の大気成分変動に対応する新しい環境工学技術の開発に資する科学的知見の提供を目指しています。

 さらに、陸域地下圏における重要な物質循環プロセスに寄与する未知微生物群の開拓とその新生物機能の解明に関する研究も進めています。特に、産総研 地圏資源環境研究部門(地圏微生物研究グループ等)ならびに民間企業と有機的に連携しながら、深部油ガス田環境において原油や石炭などの地下の根源有機物を分解してメタンを生成するプロセスを担う未知微生物群の特定とその新しい生理生態機能の解明を精力的に進めており、地下微生物機能を活用した新エネルギー創成技術の開発につながる基盤的知見の提供を目指しています。

7.動物―微生物間相互作用の生理学的重要性・進化生態ダイナミクスの解明とその利用

 動物と微生物の相互作用は、健康や疾病など宿主の生理機能に大きな影響を与え、社会的にも産業的にも注目されています。また、共生関係にある動物と微生物は、お互いの適応度を高めるよう相互作用しながら共進化することが知られており、学術的なテーマとしても重要です。

 本グループでは、哺乳類や昆虫をモデルとし、宿主の表現系に大きく影響する未知微生物の特定と機能解明を進めるとともに、宿主と微生物の相互作用や共生関係によって生じる様々な生理現象やシグナル伝達、代謝ネットワークを明らかにし、宿主の健康維持や体内環境の改善に資する研究を進めています。また、社会性昆虫を用いて宿主と腸内細菌の共進化や進化生態ダイナミクスの理解を深めることで、微生物が宿主社会全体に及ぼす影響や、様々な宿主背景における微生物叢の構成原理の解明を目指しています。


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