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研究成果 Research Result

NEDOスマートセル事業(2016-2020年度)における研究開発成果

構造創薬研究グループ 加藤義雄

「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発(通称:スマートセル事業)/植物の生産性制御に係る共通基盤技術開発/ゲノム編集の国産技術基盤プラットフォームの確立」において、産総研バイオメディカル研究部門において実施した研究開発成果を紹介します。

事業およびプロジェクトの概要

2020年ノーベル化学賞を受賞した「CRISPR-Cas9」の登場により、バイオ産業が大きく変わろうとしています。次世代シークエンサーに代表される「バイオ×デジタル」の融合で、様々なゲノム情報へ簡単にアクセスできるようになり、さらに「ゲノム編集技術」によって理論的なDNA配列の編集が可能となりました。従来から、バイオ医薬品やバイオ燃料等において微生物等が利用されてきましたが、さらにデジタル情報を活用することで、より精密な設計に基づく効率的な産業生物「スマートセル」の創製が期待されて、NEDO事業が開始いたしました。
植物の分野でも、化石原料からの脱却を目指し、植物由来の遺伝子資源を利用した産業も期待されているところです。しかし、ZFN、TALE、CRISPRなどの既存のゲノム編集の基本技術はほぼ全て海外で開発、知財化されてしまい、我が国での産業利用においては、その特許権の問題が顕在化しています。そこで、我が国の生物系産業の国際的な競争力を保つためには、我が国独自のゲノム編集の技術体系の確立を戦略的に推し進める必要があり、「ゲノム編集の国産技術基盤プラットフォームの確立」プロジェクトが立ち上がりました。7機関11研究者がグループを形成し、既存のゲノム編集技術では対応できない新規の国産のゲノム編集技術の開発を行ってきました。
植物におけるゲノム編集の実用化には、大きな技術的な課題が3つあります。1つ目は効率化であり、よりたくさんのゲノム編集細胞を取得する技術、2つ目は精密化であり、オフターゲット作用を低減させる技術、3つ目がデリバリー課題であり、細胞壁を乗り越えて物質導入する技術、になります。プロジェクト内では複数の研究機関が連携して社会実装を目指してきましたが、プロジェクト終了から間もないこともあり未発表のデータが多いことから、ここでは産総研バイオメディカル研究部門で開発された技術を中心に紹介いたします。

デリバリーに関する研究開発成果

ゲノム編集技術をバイオ産業へと展開していくためには、ゲノム編集ツールを生体内に送達するデリバリー技術の開発が必須となっています。海外に先行されているゲノム編集ツールの開発とは異なり、デリバリー技術については世界的なスタンダードとなる技術が確定していないため、その開発は競争領域となっています。生物種によってその表層組織や細胞膜等の構造が異なることから、生物種特有の課題をクリアしていく必要があり、新規性が高くスタンダードとなり得るデリバリー技術を確立して知財化できれば、実用化段階において、ゲノム編集ツール開発での遅れを挽回することが可能かもしれません。
特にバイオエコノミーの発展で期待されているゲノム編集技術の植物への利用については、2つの観点からデリバリー技術が注目されています。1つ目の観点は、植物が有している細胞壁をどのようにして突破するのか、という技術的な課題です。動物細胞とは異なり、植物には細胞膜の外側に強固な細胞壁が存在しており、力学的なストレスへの保護だけではなく、外来からの物質侵入の防御としても機能し、文字通り物質導入に対しても障壁となっています。従来から報告されている、土壌細菌であるアグロバクテリウムを利用した遺伝子導入法は、植物種(株)によって感染効率が低いことが知られ、汎用的な手法ではありません。
2つ目の観点は、遺伝子組換え体としての取り扱いに関する規制への対応についての課題です。まだ議論の段階ではありますが、ゲノムDNAへの核酸分子の導入を伴わないゲノム編集生物は、遺伝子組換え体として規制を受けずに解放系で取り扱うことができる可能性があります。従来のアグロバクテリウム法では、植物への感染に際して、T-DNAと呼ばれるベクターの一部の領域が植物ゲノムに組み込まれるため、遺伝子組換え植物として閉鎖系で使用する必要があります。一方で、ゲノム編集ツールをタンパク質分子として植物へ導入した場合に、ゲノム編集された植物体は、遺伝子組換え体の規制に該当しない可能性があります。産業的には、植物工場のような閉鎖系よりも圃場での栽培の方が、栽培コストが低くなることから、このような導入の手法論も注目を集めています。
こうした状況下において本プロジェクトでは、細胞壁を有する植物細胞へ、国産のゲノム編集ツールをタンパク質として導入する、という課題を設定して、多方面からアプローチしています。これまでに、植物での利活用に適しているゲノム編集ツールに関する情報が不足していたことや、細胞壁を有する植物細胞へタンパク質を導入するような報告例が少なかったことから、極めてチャレンジングな課題として新規手法の開発を積極的に試みることになりました。
このような取組みの中で、本プロジェクトではエレクトロポレーション法を用いたタンパク質の導入に成功しています。エレクトロポレーションとは、専用のバッファーに浸漬させた細胞組織に対して電気ショックを与えて瞬間的に細胞膜に穿孔し、バッファー中に溶解させておいたDNA等を細胞内へ取り込ませる手法です。エレクトロポレーション法を用いて、ゲノム改変に用いられるCreリコンビナーゼを導入し、植物ゲノム中の遺伝子を配列特異的に除去することを実証しました。Creタンパク質は、2箇所のloxP配列の間の配列を除去するゲノム改変酵素であり、細胞核内に導入されない限り、ゲノム改変を行いません。あらかじめシロイヌナズナ培養細胞T87株に対して、2つのloxPに挟まれた配列が除去されるとGUS遺伝子が発現するように仕込んでおいたレポーター遺伝子を搭載しておくことにより、Creタンパク質が導入されると、GUS遺伝子が発現する、という実験系で導入の検証を行いました。細胞壁を有する植物細胞に対して、タンパク質を核内に導入してゲノム改変を行った、世界最初の報告となりました。(Furuhata et al., Sci. Rep. 2019)
プロジェクト内では、エレクトロポレーション以外の手法論や、他のゲノム編集ツールを用いた検証も実施しています。どの手法論においても植物へのゲノム編集技術の適用に関する研究事例が多くないため、どの組み合わせが良いのか未知数の部分が多いというのが現状です。ですが、ゲノム編集を目的としたタンパク質の導入は、「導入手法・導入タンパク質・目的植物種・ゲノム編集効率」の組み合わせによって決定するので、現状は選択肢を多く持っておき、それぞれの特徴を把握しておくことで、目的に合わせた手法が採用できるようにすることが望ましいと考えられます。

今後の展開

NEDO事業では、民間企業のみでは取り組むことが困難な、実用化・事業化までに中長期の期間を要し、かつリスクの高い技術開発に対し、国の資金提供と技術開発マネジメントの下に取り組む研究開発事業が中心となっています。その中でも、「ゲノム編集の国産技術基盤プラットフォームの確立」プロジェクトは、特に野心的なプロジェクトとなりました。我々が実施してきたデリバリー技術についても、植物細胞内へのタンパク質の導入については、前例が無い試みでした。プロジェクトを進める上では、数多くの失敗事例もありましたが、これは実用化・事業化を進める上での大きな鍵となると考えています。こうした「目には見えない」研究ノウハウを活用して、引き続き多くの企業様と連携し、社会実装を目指した研究開発を行なっております。