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津波堆積物を用いた過去の巨大津波の研究

1.はじめに

産業技術総合研究所では,過去の巨大津波を解明するために,津波堆積物の調査・研究を過去10年以上にわたって続けてきました.津波堆積物とは沿岸低地の地層に残されている砂層で,自然が残した過去の巨大津波を記録です.それによって北海道東部の太平洋沿岸域で,今までに知られていない巨大津波が17世紀に沿岸域を襲ったことを明らかにしました.さらに,北海道での研究を発展させる形で,東北地方や西南日本の太平洋側の沿岸域などの津波堆積物の調査を実施してきました.そして,東北地方の仙台平野や石巻平野,そして福島県沿岸域の平野では,約500年間隔で巨大津波が発生していたことを明らかにし,公表してきました.

 

2.過去の巨大津波の記録

今回のような巨大津波は全国の太平洋側で発生する可能性がありますが,過去の津波の規模や発生時期は歴史記録や地層の記録によって調べられています.西南日本の太平洋側では,過去の南海地震や東海地震の発生年代やそれによって生じる津波の規模がよくわかっています.これは,西南日本では巨大地震の発生間隔が比較的短く,また歴史記録が豊富に残されているためです.それらの記録で最も規模の大きい地震は,西暦1707年に発生した宝永地震で,駿河湾から四国沖まで一度に破壊したと考えられています.

 一方,東北地方や北海道では巨大地震の発生間隔が長く,歴史記録が少ないため,歴史記録だけでは過去の巨大津波の発生間隔や規模を推定することが出来ません.そのような場所では,自然が残した巨大津波の記録である津波堆積物が,過去の津波の発生間隔と規模を推定する唯一の手がかりになります.

また,西南日本の太平洋側でも歴史記録が残されているのは西暦648年の白鳳地震までで,それ以前の記録は存在しません.さらに,江戸時代より前の地震についての歴史記録は完全ではありません.従って西南日本でも,歴史上知られていないような巨大津波が発生する可能性があるのかどうかを,津波堆積物の調査研究によって検証する必要があります.

 

3.津波堆積物

 津波堆積物は海岸に沿って発達する平野の地層に含まれます.海岸平野では海岸に沿って地形的にやや高い砂丘が発達し,その陸側は平坦な低地になっていて,自然のままの状態であれば湿原や干潟になっています.北海道東部の太平洋側ではそのような環境が残されていて,有名な霧多布湿原はその一つです.一方,本州の太平洋側では,かつての湿原はほとんどが開発され,水田になっています.

 湿原では水の流れが穏やかなため,砂がほとんど堆積せず,植物遺骸(泥炭)や泥がゆっくり堆積します.ところが,巨大津波は海岸から砂丘を乗り越えて流れ込んでくるため,そこに砂浜と砂丘の砂を浸食して湿原まで運搬し,広く砂の層を形成します.津波が去った後,湿原は再び元の姿に戻って,泥炭や泥が堆積することになりますが,結果として砂の層が泥炭や泥層中に挟まった形で残されるのが津波堆積物です.湿原では,津波以外にも,大規模な洪水によって砂が運ばれる可能性がありますが,砂に含まれる珪藻化石などを分析することによって,海から運ばれたか陸から運ばれたかを判別することが出来ます.このような砂層を丹念に追跡して,その広がりや年代を明らかにすることによって,過去の津波の浸水範囲を再現することが出来ます.

 

浜堤の模式図
浜堤の模式図.浜堤の前進課程(a→b)とその際の津波堆積および火山灰の堆積,保存の過程.
宍倉ほか, 2010, AFERC NEWS No.16)


掘削したピットに観察される津波堆積物の例.
掘削したピットに観察される津波堆積物の例.
巨大津波が残した津波堆積物(明るい灰色の部分)と泥炭層(濃い茶色の部分)を観察することができる.

 

4.今後の課題

しかしながら,宮城県及び福島県の津波堆積物の調査に基づいて推定した過去の巨大津波を起こした地震(西暦869年貞観地震)の規模はマグニチュード8.4で,今回の地震よりはかなり規模が小さいものでした.これは,三陸海岸や茨城県沿岸で津波堆積物の調査が進んでいなかったことと,津波堆積物の分布域よりも津波浸水域が広いことを十分に考慮していないことも原因であると考えられます.実際の津波規模は,津波堆積物から再現できる津波規模より大きいと考える必要があります.今回の地震によって,本当の津波規模を精度良く推定するための手法を改善する必要があることが明らかになりました.

このように,津波堆積物の調査・研究から津波の規模を正確に推定するためには,まだ課題がありますが,津波堆積物の存在そのものが自然からの重大な警告であることを認識する必要があります.今までに産総研の調査によって,津波堆積物の分布が確認できた地点は以下の通りです.

 

今までの津波堆積物調査地点と文献(編集中)

注:活断層・古地震研究報告およびAFERCニュースはホームページから,PDFファイルをダウンロードできます.

 

津波堆積物調査地点1. 北海道東部沿岸

佐竹健治・七山 太(2004)北海道太平洋岸の津波浸水履歴図,数値地質図 EQ-1,産業技術総合研究所.

・澤井祐紀ほか(2004)北海道東部厚岸町国泰寺跡において検出された津波堆積物の年代,活断層・古地震研究報告 第4号.

七山 太ほか(2004)北海道東部,根室市別当賀低地において記載された4層の津波砂層と広域イベント対比,活断層・古地震研究報告 第4号.

佐竹健治ほか(2004)17世紀に北海道東部で発生した異常な津波の波源モデル(その2),活断層・古地震研究報告 第4号.

鎌滝孝信ほか(2004)潮間帯における津波堆積物の分布様式:北海道東部,藻散布沼の例,活断層・古地震研究報告 第4号.

添田雄二ほか(2003)北海道東部,厚岸町史跡国泰寺跡の泥炭層中において発見された9層の津波砂層とその広域イベント対比,活断層・古地震研究報告 第3号.

七山 太ほか(2003)北海道東部,十勝海岸南部地域における17世紀の津波痕跡とその遡上規模の評価,活断層・古地震研究報告 第3号.

佐竹健治ほか(2003)17世紀に北海道東部で発生した異常な津波の波源モデル,活断層・古地震研究報告 第3号.

七山 太ほか(2002)イベント堆積物を用いた千島海溝沿岸域における先史-歴史津波の遡上規模の評価 -十勝海岸地域の調査結果と根釧海岸地域との広域比較-,活断層・古地震研究報告 第2号.

七山 太ほか(2001)釧路市春採湖コア中に認められる,千島海溝沿岸域における過去9000年間に生じた20層の津波イベント堆積物,活断層・古地震研究報告 第1号.

七山 太ほか(2001)イベント堆積物を用いた千島海溝沿岸域における津波の遡上規模の評価-根室長節湖,床潭沼,馬主来沼,キナシベツ湿原および湧洞沼における研究例-,)活断層・古地震研究報告 第1号.

 

2.下北半島

予察調査のみ

 

3.仙台・石巻平野,福島県沿岸

宍倉正展ほか(2010)平安の人々が見た巨大津波を再現する-西暦869年貞観津波-,AFERSニュース,No.16/2010年8月号.

行谷佑一ほか(2010)宮城県石巻・仙台平野および福島県請戸川河口低地における869年貞観津波の数値シミュレーション,活断層・古地震研究報告 第10号.

澤井祐紀(2010)福島県富岡町仏浜周辺の海岸低地における掘削調査,活断層・古地震研究報告 第10号.

澤井祐紀ほか(2008)ハンドコアラーを用いた宮城県仙台平野(仙台市・名取市・岩沼市・亘理町・山元町)における古津波痕跡調査,活断層・古地震研究報告 第8号.

佐竹健治ほか(2008)石巻・仙台平野における869年貞観津波の数値シミュレーション,活断層・古地震研究報告 第8号.

宍倉正展ほか(2007)石巻平野における津波堆積物の分布と年代,活断層・古地震研究報告 第7号.

澤井祐紀(2007)ハンディジオスライサーを用いた宮城県仙台平野(仙台市・名取市・岩沼市・亘理町・山元町)における古津波痕跡調,活断層・古地震研究報告 第7号.

 

4.茨城県日立市

調査中

 

5.房総半島

藤原 治ほか(1997)房総半島南部の完新世津波堆積物と南関東の地震隆起との関係,第四紀研究,36巻.

 

6.静岡県

藤原 治ほか(2008)完新世後半における太田川低地南西部の環境変化と津波堆積物.活断層・古地震研究,第8号.

藤原 治ほか(2007)静岡県掛川市南部の横須賀湊跡に見られる1707年宝永地震の痕跡.活断層・古地震研究,第7号.

小松原純子ほか(2006)沿岸低地堆積物に記録された歴史時代の津波と高潮:南海トラフ沿岸の例,活断層・古地震研究報告 第6号.

高田圭太ほか(2002)静岡県西部湖西市における遠州灘沿岸低地の津波堆積物調査(速報),活断層・古地震研究報告 第2号.

 

7.志摩半島,紀伊半島

藤野滋弘・小松原純子・宍倉正展・木村治夫・行谷佑一(2008)志摩半島におけるハンドコアラーを用いた古津波堆積物調査報告,活断層・古地震研究報告 第8号.

小松原純子・岡村行信(2007)三重県志島低地における津波堆積物調査(予察),活断層・古地震研究報告 第7号.

小松原純子ほか(2007)紀伊半島沿岸の津波堆積物調査,活断層・古地震研究報告 第7号.

潮岬にて調査中.

 

8.紀伊水道周辺

七山 太ほか(2002)紀淡海峡,友ヶ島において発見された南海地震津波の痕跡.月刊海洋号外,28.

徳島県伊島にて調査中

 

9.四国

佃 栄吉ほか(1999) 過去二千年の地層に刻まれた地震.月刊地球号外第24号.

 

その他.西南日本から関東地方南岸

小松原純子ほか(2006)南海・駿河及び相模トラフ沿岸域における津波堆積物.歴史地震,21.