千島海溝南部を波源とする連動型超巨大地震と津波
繰り返すM8クラスの巨大地震
北海道東部に面した千島海溝南部では、太平洋プレートが年間約 8 cm の速さで北西方向に(西北西方向に)沈み込んでおり、この沈み込みに伴ってM8 クラスのプレート間地震とそれらに伴う津波がおよそ50年~100 年間隔で発生しています。
1952 年十勝沖地震(M 8.2)、2003年十勝沖地震(M 8.0)、1969 年北海道東方沖地震(M 7.8)、1973 年根室半島沖地震(M 7.4)は典型的なプレート間地震として知られています。
また、1993 年釧路沖地震(M 7.5)、1994年北海道東方沖地震(M 8.2)はスラブ内で発生した巨大地震(沈み込んだ海洋プレートの内部の地震)とされ、1994年の地震では津波も発生しています。
地層の記録は巨大地震・津波の履歴を解明する鍵
地震の繰り返しや過去の地震の詳細を知るためには、歴史書や絵図が役に立つとされています。しかしながら、北海道東部の太平洋沿岸ではそうした記録が短く、1804年に建立された国泰寺(厚岸郡厚岸町)の歴代住職が記した「日鑑記」という日誌が最も古いものになります。つまり、この日誌に書かれていることよりも前については、いつ、どのような地震が起きたのかは分からないのです。そこで注目されたのは、200年前よりはるか昔からの環境変化を記録し続けてきた地層の中に残る津波の痕跡です。
北海道東部では、海岸の湿地が手つかずのまま残されており、過去から現在までの連続的な環境変化が泥炭(枯れた植物が層状に積もったもの)と呼ばれる地層に残されています。仮に、大きな津波がこの泥炭層のたまる場所(泥炭地)を襲った場合、津波によって海岸の土砂が大量に運ばれ泥炭地に堆積します。この津波が運んだ土砂を「津波堆積物」と呼びます。津波が引いた後、その場所では植生が回復して再び泥炭層が堆積し始めるため、津波堆積物が泥炭に挟まれて保護されるように地下に残されていきます。この泥炭層の中に残された津波堆積物については、1990年代後半から盛んに研究されるようになりました。
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「津波堆積物」により明らかになった超巨大津波の存在
産業技術総合研究所では、北海道東部に分布する海岸の泥炭地で数多くの掘削調査を行ってきました。この結果、日鑑記の記録より前に、私達が経験したことがないような巨大な津波が繰り返し発生していたことが明らかになりました。
例えば、厚岸郡浜中町の霧多布湿原は1952年十勝沖地震による巨大津波で大きな被害を受け、海岸線から最大で1 km以上内陸にまで浸水がおよんだと記録されています。しかし、地層中から発見された過去の津波堆積物は、それよりもはるか内陸にまで、何層にも積み重なっていることが明らかになったのです。これは、19~20 世紀にプレート間やスラブ内で発生したM8クラスの地震とは全く異なるタイプの地震・津波が繰り返し発生していたことを示していました。
津波堆積物と同様に、泥炭層中には火山灰層も多く残されており、この火山灰の降下年代から判断して、最も新しい津波堆積物は17世紀頃に堆積したことが推定されました。これより下の(古い)地層には、10世紀頃の火山灰層との間にもう1層の津波堆積物が見つかり、さらに10世紀頃と約2500年前の火山灰層との間に4層の津波堆積物が見つかりました。
つまり、過去2500年間に6層の津波堆積物層が発見されたことから、これらの津波の発生間隔はおよそ500年と考えられました。
それでは、この500年間隔の超巨大津波を発生させる地震はどのようなものだったのでしょうか。
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津波浸水シミュレーションによる地震の規模の推定
最も新しい大規模な津波浸水である「17世紀の巨大津波」の波源を推定するため、津波の浸水シミュレーションが行われました。地震・津波を発生させるような断層をコンピューター上で再現し、発生する津波がどこまで浸水するかを見積もる方法です。
この巨大地震・津波の存在が公表された2003年前後に検討された断層モデルは22 ケースでした。このうち 8 ケースは、遠地津波3ケースを含む既往の津波、残りの14 ケースは千島海溝における 17 世紀の津波を想定したモデルでした。
検討された既往津波は以下の地震によるものです;1973 年根室半島沖地震、1952 年十勝沖地震(1枚断層モデル、不均質モデルの2つ)、1896 年三陸沖津波地震、1611 年三陸沖地震、1700 年カスケード地震、1960 年チリ地震(異なる2つのモデル)。17 世紀の地震を想定したモデルでは、(1)大規模断層地震タイプ(海溝軸付近からプレート境界に沿って深さ85 kmまで延びる幅250 kmの断層)(2)海溝軸付近の比較的狭い断層面(深さ0から17 km程度)がすべる津波地震タイプ、(3)十勝沖・根室沖のプレート間地震が連動する連動型地震タイプが考えられました。また、後年には(4)プレート間地震と津波地震の同時発生タイプも提案されました(2016年に学術誌に公表)。
これらのうち、津波堆積物の平面的な分布を再現できるのは、(3)十勝沖・根室沖が連動する連動型地震と(4)プレート間地震と津波地震の同時発生モデルだけです。さらに、十勝地域の比較的高い場所(海岸段丘の上)で見つかった津波堆積物まで説明できるのは、(4)のモデルのみであるため、地震調査研究推進本部が2017年12月に公表した「千島海溝沿いの地震活動の長期評価(第三版)」では17世紀型超巨大地震として(4)のモデル(Mw 8.8以上)が採用されています。
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「500年間隔地震」は500年間隔か?
17世紀に発生した未知の超巨大津波と過去における繰り返しについて、その研究成果が2003年に学術誌に公表されました。この成果を受け、内閣府が主催する中央防災会議の「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会」(平成15~18年)は、17世紀に発生したような超巨大地震・津波を「500年間隔地震」として取り上げました。また、「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法」(「日本海溝特措法」平成16年法律第27号)では、この「500年間隔地震」を想定して防災対策推進地域が決定されました。
「500年間隔地震」の発生間隔は、過去2500年間に残された津波堆積物の数と火山灰層序の関係から見積もられました。しかし、その後に放射性炭素年代測定を多数行って、一つ一つの津波堆積物の年代を検討した結果、その発生間隔は100~800年程度と大きくばらつき、平均して約400年であることが分かりました。
また、年縞(ねんこう)と呼ばれる特殊な環境にたまる堆積物の解析結果から、17世紀の超巨大津波の発生年代も絞り込まれ、西暦1626年~1637年くらいに発生したものと報告されています。
平成29年(2017年)に公表された「千島海溝沿いの地震活動の長期評価(第三版)」では、千島海溝沿いで発生する超巨大なプレート間地震を「500年間隔地震」ではなく「超巨大地震(17世紀型)」とし、発生間隔のばらつきも考慮されました。この結果、今後30年間に発生する確率について、最頻値は10%程度であるものの、17世紀型超巨大地震が今後30年間に発生する確率は7~40%とされました。
今後に向けて
地質の調査とそれに基づいた浸水シミュレーションにより、未知の超巨大地震・津波が発見され、それが中央防災会議などに取り上げられてきました。しかしながら、この超巨大地震には未解明な部分も多く、議論の余地が残されています。
私たちは、経済産業省の第3期知的基盤整備計画の一環として、この超巨大地震の地震像の見直しを行っています。今後、得られた成果は、津波浸水履歴図のウェブサイト上に掲載する予定です。
本研究についてはこちらの記事・論⽂もご参照ください。
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