独立行政法人産業技術総合研究所
事業目的 サービス産業の抱える課題 課題解決のためのアプローチ 顧客モデル化技術 日本語行動観測技術 サービスプロセスの可視化 成果物としての技術パッケージ 今後の課題

顧客モデル化技術
研究の構成と開発目標
顧客モデル化技術の中心となるのは大規模小売サービスで取得した顧客ID付きのPOSデータをベースとする技術である。「ある状況下において個々の顧客が特定の商品を購買する確率」を与える顧客モデルの構築技術を開発する。数億トランザクションという大規模なID-POSデータと季節、天候、時間帯や、顧客アンケートデータを統合したデータ群から、顧客カテゴリを自動的に分類し(カテゴリマイニング技術)、さらにそのカテゴリに応じてより精度の高い需要予測を行う(需要予測技術)。これらを経営者向けに可視化する支援システム開発を目指す。平成22年度では、これらの技術を連携する事業者から提供される実データに適用して予測精度を検証し、その予測外れによる損失が現状よりも25%以上減少することを目標に設定した。 一方で、飲食店のように顧客のリピート率が低く、POSデータに顧客IDがない場合では、ID-POSデータのカテゴリマイニング技術が活用できない。そこで、顧客接点に電子端末を導入することで追加的な顧客情報を取得して顧客カテゴリを自動分類し、需要予測に活用する。このために、少なくとも500件以上のアンケートデータを収集、蓄積できる顧客接点の電子端末を開発することを目標に設定した。 さらに、大規模集客(野球観戦、地域観光)では、POSデータそのものがないという場合が多い。これらのサービス業態では、大規模POSデータに基づく顧客のモデル化が難しいため、独自開発の回顧型デプスインタビュー技術(CCE:Cognitive Chrono-Ethnography)を適用して顧客モデルの初期仮説を策定した。先行する研究において、野球観戦の連携先にCCEを適用した結果、顧客には野球、選手に関する興味が動因となって来場するもの以外に、一緒に応援したい共有因子や郷土を支えたい郷土因子をもつ4つの動因があるという初期仮説が得られている。平成22年度は、このうち共有因子をもつ顧客に強い効果があると想定されるサービスを3種類以上試行的に展開し、CCEで策定した仮説の検証を行うことを目標に設定した。また、地域観光については顧客の地域観光行動ログを収集するシステムを導入し、顧客モデル仮説の検証を行う。90%以上の旅館の利用客のべ10,000人規模の行動データを収集し、CCEで得られた顧客モデルを検証することを目標に設定した。
研究成果
(1)カテゴリマイニング技術(2.1節)
顧客IDごとに商品購入履歴の商品IDデータが大量に記録されているID-POSデータから、顧客と商品のカテゴリを自動生成するために多層潜在クラスモデルを開発した。これは、複数の潜在顧客カテゴリから潜在商品カテゴリへの確率で記述するモデルで、この尤度を最大化するように条件付き確率を推定する。潜在カテゴリの数は赤池情報量規準(AIC)などを用いてデータから決定した。この技術を連携先のコープこうべのID-POSデータ(2008年9月から2009年10月までの13ヶ月分、数億トランザクション)に適用した結果、12の商品カテゴリと、6の顧客カテゴリが抽出された。顧客カテゴリ毎に購入する商品価格帯に相違があり(図3)、また、店舗毎にも顧客カテゴリの構成比率が異なることが分かった(図4)。これらの分析結果は店舗毎の商品計画に活用できる。

顧客カテゴリ毎の商品価格帯の相違

店舗毎の顧客カテゴリ構成比率

需要予測技術(2.3節)
ここでは、シフト管理や商品仕入れの基本となる来店者数や売上げを予測する技術を対象として需要予測技術の開発を進めた。需要予測技術は線形モデルによるベースモデルと、顧客カテゴリを考慮したカテゴリ毎予測、さらに、その残差をベイジアンネットワークの確率モデルで補正したBN残差モデル補正の3段階で構成される。コープこうべのデータに適用した結果、第二段階のカテゴリ毎予測で、現状技術である前年同月曜日調整法の予測残差に対して53%以上の改善が確認できた(図5)。さらに、その第二段階での推定残差の要因を倍事案ネットワークでモデル化し補正した場合には、54%を越える改善となった。

カテゴリ毎予測による予測結果の改善

デジタルメニュー・アンケートシステム(2.4節)

顧客接点に電子端末(アップル社製iPadを利用)を導入し、商材の推奨提示と商材に対する顧客の満足度アンケート収集を同時に実現するシステムを開発した。連携先のがんこフードサービス株式会社の和食店店舗に導入し、顧客への情報提示とメニュー提示(図6)とともに配膳されるまでの待ち時間を使ったアンケート(図7)を実現した。都内4店舗での実証で1店舗あたり1日10件程度のデータ収集が可能であることが確認できた。4店舗で1ヶ月に839件のアンケート収集を実現した。

デジタルメニュー:顧客への商品情報提示アンケート

CCEによる顧客モデル仮説の検証(2.6節)

大規模集客サービスである野球観戦と温泉地域観光について、先行する研究において回顧型デプスインタビュー技術CCEを適用し、顧客モデルの初期仮説を策定してきた。野球観戦においては連携先の北海道日本ハムファイターズの顧客分析から、野球、選手、共有、郷土の4つの動因モデルをもつ顧客カテゴリがあるという仮説が得られている。また、城崎温泉での地域観光における顧客分析から、外湯巡り偏重型、宿食事偏重型、観光・街散策偏重型、温泉街満喫型、ショッピング偏重型、マイペースくつろぎ型の5つの顧客カテゴリがあるという仮説が得られている。これらの仮説を検証するために、北海道日本ハムファイターズでは共有因子(家族や仲間と一緒の空間を共有したいと思う因子)に効果があると予想されるサービスとして、夏休みシリーズ、モザイクフォトイベント、音響効果の3つを試行的に展開し、アンケート調査ならびに生理計測によって検証した。アンケートは19試合で実施し、各試合400サンプル程度の有効回答を得た。夏休みシリーズでは、自らが帰属するコミュニティ(家族や仲間など)と時間を共有したいという気持ちの強い顧客層の来場割合が有意に増加した(カイ2乗検定でp<0.001)。ドーム観戦に興味を持った理由でも共有因子を持つ顧客群に有意な来場効果が見られた(カイ2乗検定でp<0.01)。モザイクフォトイベントでは有意な結果が得られなかった。これはシリーズ終盤戦であったことなど別の因子の効果が大きかったためと考えられる。一方、生理計測では応援時の音響に着目して調査した。20試合で23名の被験者について試合中の心拍変化、環境音変化の計測とアンケートを実施した。アンケートから得られた顧客の共有因子の強度、音響変化、心拍と満足度を従属変数とする多変量分散分析を行った結果、共有因子の強度にのみ有意な効果が検出された(p<0.05)。ただし、共有因子が高い顧客群の方が音響の大きさに対して心拍数が小さく、興奮度が小さいという予想とは異なる結果であった。 城崎温泉ではFelica-IDカードを利用した外湯、土産物屋で利用可能なデポジットシステムを導入した(旅館カバー率100%)。これにより、顧客の地域観光行動をトラッキングできる。2010年10月から12月までの期間での利用件数は28000件を超えた。行動ログデータとアンケートデータから顧客モデルを推定した結果、宿・食事偏重型が72%、温泉街満喫型が19%でこの2カテゴリで顧客層の大半を占めることが分かった。また、この行動ログデータをベースに、観光拠点の滞在時間の推定と提示、閑散時間帯の分析と提示を実現した。

行動ログから得られた顧客カテゴリ構成比率

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