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研究紹介

研究員

温・高圧や微小空間などの特異的な環境では、従来では予測しえないユニークな現象がしばしば観察され、それらを利用した高効率な化学プロセスの開発が進められています。筆者の所属する研究チームでは、そのような特異場を直接観察する“その場”測定技術の開発に積極的に取り組みイン。フラ整備を図るとともに、化学プロセスの低環境負荷化、高効率化を目指しています。これまで、高温・高圧条件下で利用可能な核磁気共鳴法やX線回折法など各種分光装置の開発ほか、微小空間での特異現象の取り扱い方など方法論を提案し、現在も水晶振動子を用いたその場測定法の開発に広く取り組んでいます1-4)。本稿では紙面の都合上それらの詳しい説明は割愛しますが、ご興味を持たれた方はお問合せいただければと思います。以下、それら測定ツールを用いることで明らかとなったイオン液体の特徴的なガス吸収特性と、それを用いた新しいガス分離・精製技術の概要について記述します。


オン液体は、一般に陽イオンと陰イオンのみから構成される溶融塩で室温近辺以下に融点を持つ溶媒です。そのため、蒸気圧が非常に低く大気中への放出がほとんど無い、リサイクルが容易である、広い温度で液体溶媒として使用できる、難燃性で火事などのリスクが低い、イオン伝導性がある、などの特徴があります。あまり馴染みは無いかもしれませんが、無機塩(例えば代表的なものとして食塩NaClなど)に有機構造を持たせることで融点の低下を図り、溶媒として利用できるようにしたことが特徴です。ですから、溶媒の性質としては、極性が高いイオン的な雰囲気を想像しますが、驚くほど顕著に非極性の二酸化炭素ガスなどを物理吸収することが明らかとなってきました。典型的なイミダゾール系のイオン液体の例を示しますと、二酸化炭素を接触させながら加圧すると、ガスはイオン液体1分子に対して4〜5倍もイオン液体に溶解します。


図1高圧X線回折セルとイオン液体の溶液構造


多くの分子性液体では、さらに二酸化炭素を圧縮して超臨界状態とすると液体相から超臨界相への溶出が観察されますが、イオン液体は蒸気圧が非常に低いため溶出しないことが確認されています。どうしてこのようなことが起こるのか、高圧X線回折法を用いて二酸化炭素を吸収したイオン液体の溶液構造を調べたところ、二酸化炭素は陰イオンのフッ素原子に溶媒和されていることが明らかとなりました(図1)5)。これは、正電荷を帯びた二酸化炭素の炭素と負電荷を帯びたフッ素原子とのルイス酸−塩基的な相互作用を示したものです。一方、このような相互作用が無い窒素や水素などのガスはほとんどイオン液体へは溶解しません

在、イオン液体が二酸化炭素などの酸性ガスを選択的に物理吸収する性質を利用して、様々なガス分離・精製プロセスでの応用を検討しています。地球温暖化ガスである二酸化炭素を分離・回収して貯留しようというプロセス(図2)では、従来のアミン法で必要とされていた吸収液の再生工程が簡略化できるため低エネルギー化が図れるものと期待されています。さらに、脱硝、脱硫や水素精製などのガス分離・精製プロセスでの利用について検討しています。今後も、特異場測定法を上手に駆使してガス分離・精製をはじめとした化学プロセスの開発や最適化を進めて行きたいと考えています。


図2イオン液体を用いた二酸化炭素物理吸収法の概略


参考文献:

1)“分光測定による超臨界流体中のミクロ構造”,生島豊.金久保光央.実験化学講座5,224 (2005).

2)“ナノ空間内における超臨界流体の特性”.金久保光央.比江嶋祐介.機能材料.27.8 (2007).

3)“ナノ細孔中の高圧流体の核磁気共鳴分光”,比江嶋祐介,金久保光央ほか,分析化学,54,565 (2005).

4)“Melting Point Depression of Ionic Liquids Confined in Nanospaces”M.Kanakubo et al.Chemical Communications.1828 (2006).

5)“Solution Structures of 1-Butyl-3-methyl-imidazolium HexafuluorophosphateIonic Liquid Saturated with CO2: Experimental Evidence of Specific Anion-CO2Interaction”.M.Kanakubo et al.Journal of Physical Chemistry B.109,13847(2005).



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