研究トピックス
電池開発に貢献する電子顕微鏡評価技術
二次電池や燃料電池などの電池研究では、透過型電子顕微鏡(TEM)や走査型電子顕微鏡(SEM)など、多様な電子顕微鏡を駆使した解析が不可欠になっており、電池技術研究部門では、電子顕微鏡を用いた先端材料の解析や現象/機構解明、それに基づく開発指針提示、材料解析技術の開発に取り組んでいます。
電子顕微鏡は材料のミクロな形態や組成を知るための有力なツールであり、電池技術研究部門にはフルスペックの収差補正TEMをはじめ、各種の分析電子顕微鏡が配備されています。これらを用いると、材料中の構造、組成、化学状態等をナノメートルオーダーの空間分解能で得ることが可能です。
例えば、TEMにおいては、像の解釈が容易で比較的重元素の観察が得意な環状暗視野走査型透過電子顕微鏡(ADF-STEM)法と、より軽元素を観察するのに有効な環状明視野走査型透過電子顕微鏡(ABF-STEM)法を組み合わせることにより、二次電池正極材料中のNa, Oなど軽元素を含めた結晶の原子列を観察できます(図1: Naイオン電池正極材料)。
分析に電子エネルギー損失分光(EELS)法を用いることで材料中の元素の化学状態の違いを識別することができます(図1: Li K端スペクトル)。さらに、電子ビームを二次元走査しながらEELSスペクトルを得たのちに、対象のピークの強度抽出等の後処理を行う事で元素の分布等を可視化することも可能です(図1: Li map)。
図1 TEMによる電池材料の評価例
SEMはTEMに比べて試料サイズ等の制約が少なく、より簡便な評価技術への展開が期待できます。電池技術研究部門では、SEMによるLi元素の検出を行うための独自の手法開発に取り組んでいます。例えば、主に反射電子のエネルギー領域の電子を分光することで、TEMのEELSと同様のLiスペクトルを得ることができることを見出しており(図2)、電子顕微鏡メーカーと製品開発を目指した研究開発を進めています。
図2 SEMによるLi化合物のスペクトル例
電池技術研究部門では、先端材料やデバイスを開発する研究者と分析・解析研究者が共同で研究開発に取り組んでいます。開発現場に必要な測定課題を見出すとともに、創造的な開発アイデアが生まれる自由な発想の場です。先端装置を駆使した高度材料評価や材料開発支援はもちろん、独自の測定技術の研究開発も行っており、その成果により社会実装に向けた橋渡しに貢献しています。
■オージェ電子分光装置の半パラレル検出によるスペクトラムイメージング測定
Spectrum imaging measurements with semi-parallel detection using an AES apparatus
田口 昇, 内田達也, 伊木田木の実, 田中章泰, 池尾信行, 横内和城, 堤 建一
ULTRAMICROSCOPY, 233巻 113450 (2022)
スペクトルを利用したマッピングにおいては、データ解析時に各測定点のスペクトル形状の確認や、バックグラウンド強度を差し引いてNET強度マッピングを再構築したいといった後処理が要求される場合があります。
しかし、SEM像の各ピクセルで電子スペクトルを取得し、そのデータを保存するような分析形式(スペクトルイメージ法と呼ばれる)は、電子分光器を用いる場合は測定時間が長くかかってしまい、現実的に広く用いられる分析手法ではありませんでした。電池技術研究部門では電子顕微鏡メーカーと共同でこの問題に取り組み、電子分光装置によるスペクトルイメージング分析におけるスループットやデータ処理等の課題を改善・克服する手法を開発いたしました(図3)。
電子顕微鏡メーカーから製品化された本技術において、電池技術研究部門は手法開発や関連ソフトウエア開発双方で大きく貢献を果たしました。
図3 スペクトルイメージング法により得られるデータキューブの例
(参考)
・Spectrum Image (JEOL Ltd.) https://www.jeol.co.jp/download_catalogues.html
・Liイオン電池材料評価を目指した走査型AES装置活用の取り組み
田口 昇, 顕微鏡 58巻 1号 18-22 (2023)
・エネルギー分解能可変バンドパスフィルターを用いた二次電子及び反射電子のスペクトラムイメージング分析
日本電子NEWS, 54, 1, 32–39 (2022)