研究トピックス
有機物を電極材料に用いる軽量二次電池の開発
リチウム二次電池の高性能化に向け,産総研の電池技術研究部門では,様々な方面から研究を進めています。その一例が有機物を電極材料に用いた軽量電池の開発です。現行のリチウム二次電池にはレアメタル(希少金属)が正極に多く使用されており,資源問題の観点から,レアメタルを用いる材料の使用量の低減や材料の代替が求められています。代替材料の候補として,当部門の新エネルギー媒体研究グループ(グループ長:竹市信彦)に所属する八尾勝主任研究員らは有機材料を提案してきました(図1)。有機材料は炭素や水素,窒素等の元素で構成されており,資源的制約からの解放が可能になる上に,有機材料特有の多電子移動型の酸化還元反応を電池として利用できれば,現行の無機系材料を超える質量エネルギー密度を持つ材料になり,軽量で長時間の駆動が可能な電池の開発に繋がります。これまで産総研では,高容量な有機電極材料(活物質)を種々合成し報告してきました。基礎物性を正確に求めるためには,導電助剤を多量に含んだ電極の作製が重要で,これまで主に数ミリグラムの活物質を含む低容量のコイン型小型電池を用いて電気化学特性を評価してきました。特にナフトキノン構造を有するナフタザリン誘導体は現行の無機正極材料であるコバルト酸リチウム(LiCoO2)の2.5倍の容量を持ち,高いエネルギー密度になることを明らかにしています。
今回,ソフトバンク株式会社と共同で,IoTデバイスや基地局などを用途とした軽量高容量二次電池の開発に取り組みを開始し,実用電池に近い形で有機電極材料を評価する検討を行いました。また,ソフトバンク株式会社は,上空から通信ネットワークを提供するシステム「HAPS」(High Altitude Platform Station)の構築と事業展開を子会社のHAPSモバイル株式会社を通して進め、その上で,通信用無人航空機に搭載する軽量な二次電池を探索してきました。その一候補として,上述の産総研の開発してきた有機二次電池が注目を受けました。
図1 レアメタル酸化物正極を有機材料で代替するコンセプト
本取り組みでは,実用に近い電池として,電極内の導電助剤を実用レベルにまで低減した条件で,これまで評価に用いていたコイン電池のおおよそ1000倍の容量を有する1000mAh級中容量ラミネート電池(図2)を試作し,数値シミュレーションに加え,電極作製条件や電解液組成の最適化を行いました。その結果,図3に示すように有機活物質を用いた中容量ラミネート電池においても小型電池と同等の活物質あたり400mAh/g(理論容量の90%)を超える容量が実証できました。部材の更なる最適化により,数百Wh/kgに達する軽量かつエネルギー密度の高い電池が実現できる見通しを得ました。
現在,電池構造を工夫することで更なる電池特性の改善を進めるとともに,電池の安全性-安定性の向上に向け,固体電解質の使用も検討しています。加えて,エネルギー密度のより向上を図るため,800 mAh/g級の容量となる有機分子の設計-合成に取り組んでいます。
図2 作製した中容量ラミネート有機二次電池の外観
図3 作製した電池の放電時の電圧挙動
【関連論文】- M. Yao, H. Senoh, S. Yamazaki, Z. Siroma, T. Sakai, K. Yasuda, J. Power Sources, 195 (2010) 8336-8340.
- M. Yao, S. Umetani, H. Ando, T. Kiyobayashi, N. Takeichi, R. Kondo, H. T. Takeshita, J. Mat. Sci., 52 (2017) 12401-12408.
- 特開2018-085243 「非水二次電池用電極活物質及びそれを用いた非水二次電池」
- 八尾勝,「有機分子の酸化還元反応を利用した蓄電」,化学と工業,vol.71-6 June (2018) 468-470.
- 八尾勝,安藤尚功,清林哲,竹市信彦,第57回電池討論会,講演要旨集,2016,3A09.
2022年11月追記:
本記事は、2020年3月作成のもので、記載の研究者の所属や役職は当時のものを反映しております。関連する研究は、2022年4月より、分子応用エネルギーデバイス研究グループ(グループ長:八尾勝)で行っております。