独立行政法人産業技術総合研究所
事業目的と研究開発のアプローチ 飲食・小売サービス 医療・介護サービス 観光・集客サービス サービス工学技術の導入戦略 成果のまとめと今後の展望

飲食・小売サービス
2.1. 研究の構成と開発目標

レストランや小売店には、不特定多数の顧客が様々な動機をもって来店する。顧客接点における顧客ニーズの把握と多様な顧客に合わせた適切なアクションを支援することが、生産性向上に向けて非常に重要である。そこで、飲食・小売サービス業を対象とした研究では、がんこフードサービス株式会社(飲食)、トリンプ・インターナショナル・ジャパン株式会社(小売)と連携し、要素技術、それらを統合した技術パッケージの開発を行った。このサービスフィールドは、本研究の旗艦フィールドであり、本研究の中核をなす3つの技術パッケージを主としてこのフィールドの事例に基づいて開発した。第一は「顧客接点支援技術パッケージ」である。これは、顧客接点端末を用いて従業員と顧客の間のコミュニケーションを補助し、デジタルサイネージ的機能、店舗紹介、店舗従業員による商品推奨機能を実現するとともに、来店動機,満足度などの顧客接点データを取得するための統合システムである。当該技術パッケージを用いた商品推薦による商品選択確率向上およびオペレーション変更による顧客満足向上を通じて、5名以上の担当者の60%以上から、実務上、有効であると評価されることを目標設定とした。第二は「従業員支援技術パッケージ」である。従業員の業務における行動を観測し、オペレーション種類に自動的に切り分けて蓄積し、それらのデータを巨視的なレベルから微視的なレベルまでスケーラブルに可視化することで、従業員のサービス品質管理活動を支援する。サービス品質管理活動(QCサークル活動)を支援して、10%以上の業務改善効果(サービス品質管理活動準備時間、接客時間、待機時間、顧客満足度など)を実現することを目標設定とした。第三は「経営者支援技術パッケージ」である。顧客接点や従業員支援などで得られるデータを統合し、需要予測、シフト設計などを通じて経営者のサービスプロセス改変を支援する技術である。結果を可視化提示する統合サービスマネジメント環境を試用してもらった上で、担当者の60%以上が有効であると評価されることを目標とした。

2.2. 研究成果
(1)顧客接点支援技術パッケージ

顧客接点支援技術パッケージは、先行するプロジェクトで開発してきた顧客接点支援技術、ライフスタイルアンケート技術を組込み、現場利用可能なITシステムとして実装した。システムはPOSEIDON(Point Of SErvice Interaction Organizer)と呼ぶ。(A) サービス現場での対話的なアンケート収集、(B) 店舗における顧客への商品提案、接客支援、(C) 動画メッセージを用いた商品価値提供の3つの機能を有する。(A)のアンケートで収集したデータはWeb-APIを用いて容易に出力、閲覧できる。(B)では従業員がPCや携帯端末から容易に推薦のコンテンツを切り替えたり編集することができる。また、システム全体は、店舗側に容易に設置できるマイクロサーバと本社のサーバを連携させて運用する構成となっており、店舗側の導入コスト低減を実現している。

図2-1:アンケート画面の例
図2-1:アンケート画面の例(※図2.2.1-1)
がんこフードサービスの都内1店舗に試験導入し、従業員、店長、経営層計15名へのインタビューによって導入効果を検証した。店員による商品推奨による商品選択確率の向上や、オペレーション変更による顧客満足度の向上が認められたとの意見が多く寄せられ、結果的に、60%以上に相当する15名から有効であるという評価を得た。
図2-2:店員による商品推奨
図2-2:店員による商品推奨(※図2.2.2-9)
(2)従業員支援技術パッケージ

従業員支援技術パッケージは、PDRplus(Pedestrian Dead Reckoning plus)と呼ぶシステムを中核にした技術パッケージである。サービス現場(空間)を撮影した多数のデジタル写真から3次元空間マップを対話的に作成(所用時間:約2分/平米)し、行動観測用センサモジュール(重量80g)を装着した従業員の位置、方位、行動種別等を屋内外に関わらず計測できる。センサとマップデータ統合によって、より高精度な行動計測を実現でき、従業員の行動を再現、可視化できる点が特徴である。
得られた位置データを、作業中に骨伝導マイクロフォンで記録した発話データ(時間、単語)、業務データ(POS:Point Of Sales データや手入力データを含む)と統合して、サービスオペレーションの名称(意味)を自動的に付与する技術を開発してきた。本研究では、時系列データをサービスオペレーションごとに自動的に切り分けたうえで、名称(意味)を自動付与する技術を新たに開発した【要素技術@:サービスオペレーション推定技術】。この技術をがんこフードサービスの従業員行動観測、ならびに、3.で述べる医療・介護サービスにおけるスーパーコートでの従業員(介護士)行動観測に適用した結果、介護士の5時間分の行動時系列データを5秒の分解能で14種類のサービスオペレーションに切り分け、名称(意味)を付与できた。手作業で与えた真値データとの比較検証の結果、91.1%の精度で推定できることが確認できた。
また、導入と活用の障壁を低減するために、本研究では、運用支援システムを新たに開発した。従来、計測準備等に必要であった148の工程すべてを自動化することができ、大幅な計測準備オペレーションの省力化を実現した。行動観測用センサモジュールを装着する従業員に対するインストラクションも低減でき、従来比で67%の改善を実現した。このような計測オペレーション省力化により、計測のすべての作業を現場の従業員のみで実施できることを確認した(がんこ銀座四丁目店で合計16 日間、スーパーコート平野で合計9日間)。
さらに、本研究では、計測終了後のサービスオペレーション推定などにかかる処理速度を向上させた。これにより、8時間の計測データ(78人の従業員行動データ)を1時間以内にデータ処理して可視化することが可能となった。これは、がんこ銀座四丁目店における1日あたりの全従業員を計測対象としたとしても、1時間以内に処理結果を提示できるパフォーマンスを達成したことを意味する。

図2-3:PDRplus の行動観測モジュール
図2-3:PDRplus の行動観測モジュール(※図2.3.1-2)
図2-4:運用支援システム
図2-4:運用支援システム(※図2.3.4-5)
図2-5:従業員行動データの可視化例
図2-5:従業員行動データの可視化例(※図2.3.5-4)
この従業員支援技術パッケージを現場のサービス品質管理活動(QC サークル)に適用した。行動計測データをもとに接客係の行動軌跡を現場担当者が分析し、改善策を発見して対策することで、接客係の接客エリア滞在時間を昼、夜の時間帯ともに約10%改善したことが確認できた。
これは、従業員支援技術パッケージが現場のサービス品質管理活動において有効であり、かつ、経営的にも有効であることを示す結果である。
図2-6 サービス品質管理活動への適用例(軌跡データからの無駄なオペレーションの発見)
図2-6 サービス品質管理活動への適用例(軌跡データからの無駄なオペレーションの発見)(※ 図2.3.5-5)
(3)経営者支援技術パッケージ

顧客接点端末で取得される顧客接点データ、POS から得られる購買履歴データ、勤怠、発注など日々のサービス実施データ、従業員支援技術から得られる従業員行動データ、外部環境データ(例えば近隣でのイベントなどのCausal Data)を統合データベースに集約し、その時・その空間に対する事象に意味ラベル付与して集積する技術を開発した。さらに、この統合データベースに対して、顧客カテゴリ化、需要予測、データ同化型シミュレーションなどのモジュール(APOSTOOL)を用いて分析し、可視化提示する統合サービスマネジメント環境を開発した。
これは、(A) 顧客カテゴリや商品カテゴリ、文脈(コンテクスト)カテゴリを自動分類するカテゴリマイニング機能、(B) 需要予測機能、(C) データの整形機能、(D) 天候情報などCausal dataの収集機能をもち、Webインタフェースでさまざまな指標やデータを可視化できる。

図2-7:統合サービスマネージメント環境
図2-7:統合サービスマネージメント環境(※図2.4.3-1)

経営者支援技術パッケージには、“どのような顧客が”、“どの程度くるか”という従来の需要予測技術に加え、“どのようなときに”、“どのような目的で”くるのかを予測する技術を新たに開発して組み込んだ【要素技術A:カテゴリ&コンテクストマイニング技術】。これは、顧客接点端末で取得される顧客データとPOS から得られる購買履歴データを統合することによって、顧客や商品を状況に応じて複数のカテゴリにモデル化する技術である。先行するプロジェクトで開発してきた技術を高度化し、顧客カテゴリごとの需要予測を実現した。この需要予測からの外れ値について背景にある文脈(コンテクスト)を読み取り、関連づける技術としてコンテクストマイニング技術を開発した。この技術を、がんこフードの関東地区大規模店に適用し、2009年9月から2010年8月までの1年間のデータでモデルを構築して、2010年9月の1ヶ月間の顧客カテゴリ毎の需要予測を行った。この結果、70%以上の精度で来店者数が予測できることが確認できた。
また、精度の高い需要予測からの予測はずれにラベルを付与し、外れ値の要因(意味ラベル)を付与することができた。これは、過去データの需要予測では読み切れない需要動向の「兆し」を検知するのに有効である。

図2-8
図2-8:APOSTOOL の機能画面の例(※図2.4.3-7)
図2-9
図2-9:外れ値要因(意味ラベル)の付与(※図2.4.1-4)

カテゴリ&コンテクストマイニング技術によって、“どのような顧客が”、“どのようなときに”、“どのような目的で”、“どの程度くるか”が予測できた場合、それに応じたサービス提供者側の効率的な体制設計を支援する技術を開発した【要素技術B:データ同化型シミュレーション技術】。
仮に“ある顧客が”、“ある目的で”、“ある人数”来るとしたときに、店舗側の体制(シフト)を変更した場合の状態変化を予測する技術である。ここではがんこフードの都内店舗調査から得られた行動データ、POSデータをもとに接客従業員のシフトを変更した場合のサービス状態変化をシミュレーションするモデルを構築した。70通りのシフトパターン×昼夜のシフト2パターン×155通りの顧客来店パターン=21,700通りのシミュレーションを行った。通常のPCでの計算時間は37分で、半日で10,000通りのシミュレーションを実現するという当初目標を大きく上回るパフォーマンスが得られた。計算結果の一部を図2.2-10に示す。顧客の待ち時間と従業員の待機時間の観点からは、4人程度の労働投入量が効果的であることが分かった。

図2-10:接客従業員の投入量に対する顧客の待ち時間と従業員待機時間
図2-10:接客従業員の投入量に対する顧客の待ち時間と従業員待機時間(※図2.4.2-10〜13)
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