物理探査ケーススタディCase studies
物理探査法の紹介 核磁気共鳴装置【中島 善人】
核磁気共鳴(NMR)を用いる非破壊検査法は、MRI として病院で主に使われています。このNMRも最近は石油探査に利用されるようになりました。物理探査研究グループでは、簡単に持ち運びできて外で使えるようなNMRの開発をしています。
核磁気共鳴(nuclear magnetic resonance, NMR)の定義は、「外部磁場におかれた原子核の磁気モーメントのゼーマン準位間の共鳴遷移を、共鳴周波数の電磁波をもちいて計測する分光学」です。簡単に言えば、Fig.1のように磁石と高周波コイルからなるマイクロフォンをもちいて、原子核のささやき(ただし音波ではなく電磁波)を聞く手法です。あらゆる原子核の中で、特にプロトン(1H)は最も核磁気モーメントが強く(したがって計測が容易)、しかも地球上にもっとも多いので、プロトンをターゲットにした核磁気共鳴物理探査は、石油、地下水などの資源探査に使われています。
たとえば、NMR検層ですが、核磁気共鳴センサー(永久磁石とコイル)を内蔵したゾンデを掘削した井戸におろします(Fig.2)。石油など主にプロトンで構成される資源があると、埋蔵量が多いほど、ささやきは大きいのです。したがって、石油を掘削するときの経済性を知るには、大変便利な方法です。
ただし、プロトンというだけでは、それが石油なのか地下水なのかわかりません。 Fig.3(クリックすると大きな画像をご覧いただけます)を見るとわかりますが、緩和時間軸に投影した従来の1次元データでは、緩和時間が似かよっているために石油と水のシグナルの分離は困難です。しかし,拡散係数の軸から見ると自己拡散係数の高い水と低い石油のシグナルを明確に識別することができます。そこで、最近では、核磁気共鳴検層は,均質な多孔質岩石の空隙率、浸透率、間隙流体の自己拡散係数を計測するケースが主流となっています。
ところで、高度成長期時代に作られたコンクリート建造物の老朽化が進み、安全性を問われています。このコンクリートの内部に入った亀裂をNMRで発見することができます。亀裂部分は水を含んでいます。また、地層中の空隙は水みちとなり、たとえば汚染物質の通り道ともなります。したがって、NMRは、コンクリート建造物の安全性チェック、放射性廃棄物の地層処分場候補地の調査、CO2地中貯留分野への応用が可能といえましょう。
また、大変面白い使い方として、地球磁場を使う方法もあります。地表に直径100m前後のコイルを展開し、そのコイルから約2kHzの電磁波を照射して、地下数10mにある帯水層の水分子のプロトンからシグナルを得るシステムです。高価で重たい希土類永久磁石が不要なので、持ち運びが容易かつ安価という特徴があり、砂漠での地下水探査法等として実用化されています。地磁気をもちいた核磁気共鳴物理探査は数100ガウスもの強磁場を使用しているFig2の検層ゾンデの探査深度(コイルから感度領域の中心への距離)が数cm~数10cmしかないのに対して、探査深度が約100mもあります。NMR検層は、弱いシグナルをとらえるため、ノイズは強敵です。この方法は、砂漠など、人工的なノイズがない都会から離れたところが適しています。つくばはだめですが、九十九里海岸や新島ではノイズレベルが低く、十分使用できる環境だということが現地調査でわかりました。
NMRには、限りない可能性がありますが、超伝導磁石のような大型のNMRは持ち運べませんので、現地に赴いての検査はできません。調べたいところを破壊して、実験室に持っていかなければなりません。これでは、例えば、重要文化財などだと壊すなんてとんでもないことですので、NMRは使えません。そこで、私たちは、野外で使える持ち運び可能な核磁気共鳴装置の開発をしています。
Fig.4は、物理探査研究グループで開発中の核磁気共鳴表面スキャナー(プロトタイプ)です。センサー部分(希土類磁石とコイル)と分光器本体を黒いBNCケーブルで接続しています。コイルは、プロトンの共鳴周波数である4.1 MHzにチューニングしてあります。現在は、プロトタイプ開発をほぼ終えて、探査深度1~4cmの条件で亀裂幅の計測確度の確認中です。(中島・宇津澤,2007)いずれは、Fig.5のような装置で探査することを考えています。
プロトン緩和時間は、核磁気共鳴物理探査では、浸透率や空隙率の推定精度を左右する一番重要な量です。多孔質媒体の微小な空隙に閉じ込められた液体分子の熱運動によるランダムウォークが、核スピンの緩和時間の値を支配することがわかっています(Dunn et al., 2002)。そこで、私たちは、高分解能X線CTでFig.6のような多孔質岩石の空隙構造を撮影し、そのデジタル画像上でランダムウォークシミュレーションを行っています(Nakashima and Kamiya,2007)。将来的には、間隙流体分子が造岩鉱物と衝突する際の相互作用を考慮するという形でシミュレーション内容を発展させ、プロトン緩和時間を計算機で再現できるところまで持っていく計画です。また、地磁気という超低磁場でのプロトン緩和時間の鉱物依存性・温度依存性は、その重要性にもかかわらず、計測が技術的に困難なためにデータがほとんど整備されていません。私たちは、粘土や砂などの実際の地質試料を用いて超低磁場での緩和物性を系統的に計測する実験も始めています。
また、核磁気共鳴装置をオンサイト分析(現場で試料の簡易分析を行うこと)に使うことも有意義です。たとえば、揮発性成分をふくんだ軟弱な土壌コアは、組成が変質しやすく空隙構造も変形しやすいので、コア採取直後に現場で迅速に分析することが望ましいのです。ガソリンなどの鉱物油で汚染された土壌のコア試料を、ポータブル核磁気共鳴分光装置を用いて掘削現場付近に駐車した計測車両内で迅速に計測することも考えています。そして、地中レーダー、電気・電磁探査法による土壌のイメージング結果とあわせて、総合的な土壌汚染評価手法の高度化に貢献できると思っています。
詳細は、地質ニュース2008、4月号をご覧ください