物理探査ケーススタディCase studies
物理探査法の紹介 地磁気地電流法(MT法)【内田 利弘】
地磁気を使ったMT法は、これまで主に資源探査、火山・断層構造調査などに用いられてきましたが、人工的な電磁ノイズの多い都市域ではほとんど適用できませんでした。しかし、近年の技術の進歩によって計測精度が向上し、都市近郊などの電磁ノイズが強いところでも利用されるようになりました。ここでは、リモート・リファレンス処理によるノイズ除去について説明します。
MT法は、雷の放電による電磁波や、磁気圏・電離層の電磁気活動など、自然界に存在する電磁場の変動を地表で観測することにより、地下の比抵抗(電気伝導度)の分布を調べる探査法です。(例えば、小川(1990))。MT法の測定では、調査域の人工ノイズが強い場合、リモート・リファレンスという処理によってノイズを除去する方法が使われます。リモート・リファレンス処理では、調査域から十分離れていて、同じノイズ源の影響を受けない静穏な場所で同時に測定を行い、両地点に共通する信号を優先的に利用することによって、調査地に固有のノイズを除去することができます。産総研と韓国地質資源研究院KIGAMでは、韓国の済州島においてMT法による測定を行いました。同時に同じ済州島内と日本の3箇所でも測定を行い、リファレンス処理を行いました。
済州島は朝鮮半島の南に位置する火山島であり、東西約80km、南北約30kmの楕円形状です。島の中央に標高1950mの活火山Halla山がそびえ、島全体で1つの大きな火山体と見ることもできますが、円錐状の小規模な寄生火山が地表で確認できるだけでも360個以上分布しています。MT法調査は火山島の地質構造と地下水・地熱資源の調査を目的として実施されました(Lee et al., 2007b)。ここでは、その調査結果の報告をしながらMT法について説明します。
リモート・リファレンス処理を行うため、九州南部の大霧地区にMT法とAMT法の参照点を設置しました。また、国土地理院が岩手県江刺および宮城県涌谷で実施しているMT法連続観測のデータを利用しました。済州島での調査や国土地理院の連続観測には、カナダPhoenix社製のMT法データ取得装置MTU-5システムが用いられました。各測定点の位置関係を図3に示します。
■ 時系列データ
図4、図5は、済州島でのMT法時系列データです。
第4図:低周波バンド(15Hzサンプリング)
第5図:中周波バンド(150Hzサンプリング)と高周波バンド(2,400Hzサンプリング)
E:電場、H:磁場、x:南北成分、y:東西成分
図4を見ると、前半の約4分間に磁気圏の活動による顕著なパルセーション信号(周期数十秒)を確認できます。また、測点JJS-772では、近くにある電気設備からのパルス状のノイズが見られます。涌谷観測点は直流電車の線路が近いため、そのノイズも見られます。大霧と江刺では、特に際立ったノイズは見られません。1Hz以上の高周波数帯における信号は雷放電によるものが卓越します。第5図には雷放電によるパルス的な信号が数ヶ所に見られます。
図6は、AMT法の高周波バンド(24,000Hzサンプリング)の時系列データです。大霧では300Hzの連続的なノイズが見られます。データ取得では60Hzと180Hzのデジタル・ノッチフィルタを用いていますが、それを通過した商用電源の高調波がノイズとして観測されたものと解釈できます。それに対し、済州島の2測点のデータには、ノッチフィルタを通過した60Hzノイズのほか、複数の周波数の高調波ノイズが含まれているようです。60Hzノイズの位相は測点JJE-415とJJW-380で異なっています。韓国の電力システムが正確な60Hzではなく、周波数あるいは位相に僅かな不安定さを含んでいるものと推測できます。
■ リファレンス処理
測点JJS-772のMTデータについて、測点JJN-611、大霧、江刺、涌谷のデータを参照してリファレンス処理を行いました。図7は、得られた見掛比抵抗と位相曲線です。測点JJS-772単独のデータ処理(シングルサイト処理)では、見掛比抵抗は周波数0.1Hz~1Hzの範囲を中心に非常に乱れた値となっています。この理由として、電場Exの時系列データに連続的なパルス状ノイズが含まれていて、それらを用いて処理を行ったことが大きな原因であると考えられます。(図7をクリックすると拡大図がでます)
4通りの参照点のどれを用いても、周波数0.1Hz~1Hzの範囲の見掛比抵抗はリファレンス処理によって連続した曲線になりました。その中で、大霧を参照した処理が最もスムースで推定誤差の小さい曲線となっています。商用周波数である60Hz近傍では、ノッチフィルタを通過したノイズを除去することができず、見掛比抵抗、位相とも乱れた値となっています。測点JJN-611を用いた処理では、0.1Hz~1Hzの範囲の見掛比抵抗には大きな推定誤差が生じています。これは、電場Exに見られたと同様のパルス状のノイズが両測点の磁場データにも含まれていて、それらを除去することができなかったものと思われます。図8は、測点JJE-415のAMTデータについて、測点JJW-380および大霧のデータを参照してリファレンス処理したものです。AMT法は1Hz以上の高周波数帯を使うので、表皮深度を考慮すると、リファレンスのための参照点はそれほど距離を大きくとらなくてもいいとされます。島内の2測点も10km以上離れており、リファレンスには十分です。測点JJW-380と大霧を用いたリファレンス処理によって、60Hz近傍や数Hz以下の周波数で処理結果は大幅に改善され、見掛比抵抗はスムースな曲線となっています。
■ 2次元解析
図8は、インダクション・ベクトルです。インダクション・ベクトルは、磁場の鉛直成分と水平成分の関係から算出される情報であり、比抵抗構造が水平方向に変化する場所において、低比抵抗の領域がどちらの方向にあるかを示す指標として使われます。ベクトルの大きさは0から1の範囲の値をとり、水平方向の比抵抗変化が急激であるほど大きい値になります。また、高周波数のインダクション・ベクトルはスキンデプスに応じた浅部および測点近傍の比抵抗構造を反映し、低周波数のものは深部および遠方の比抵抗構造も反映します 図9は、測線Line-Wと測線Line-Eの2次元比抵抗モデルです 地表には高比抵抗の層があり、これは若い溶岩層に相当し厚さが数百mあります。その下には、厚さ1km程度の低比抵抗層が測線全体にわたって分布し、これは第三紀の堆積岩層に相当します。測線Line-Eを北に延長した海岸部(Samyang海岸)で掘削された坑井によると、海抜約-90m以深で堆積岩層の存在が確認されており、島を形成する火山活動の前には、海底下の堆積環境にあったことがわかります(KIGAM, 2006)。
以上のことから、MT法については、九州南部(大霧)に設置した参照点におけるデータを用いたリモート・リファレンス処理により、ノイズの大部分を除去し、品質の高い測定結果を得ることができました。また、今回、済州島から1,500km離れた江刺、涌谷の国土地理院MT法連続観測点のデータを用いるリファレンス処理が有効であることを確認しました。ただし、涌谷観測点は直流電車のノイズの影響を受けており、リファレンスの効果は不十分です。AMT法についてもリファレンス処理は不可欠であり、済州島内で10km程度以上離れた測点を用いるリファレンス処理が効果的であることがわかりました。
本研究には、国土地理院の江刺、涌谷両観測所のMT法連続観測データを使用させていただきました。また、大霧における参照点データ取得に際して日鉄鉱コンサルタント(株)の協力を得ました。
共同研究者: Yoonho Song, Tae Jong Lee, Seong Kon Lee, and Seong Keun Lim(KIGAM)
詳細は、地質ニュース2008、4月号をご覧ください。