産総研トップへ
産総研東北センターロゴ画像

最大の壁は「耐水化」

-研究開発の過程で最も困難だった壁は何ですか?

粘土膜自体は1937年にマサチューセッツ工科大学が「AlSiフィルム」という材料を提案していましたが、製品化には至りませんでした。私が開発した粘土膜と大体同じものですが、当時はガスバリアフィルムのニーズがなかったことに加え、耐水化の問題があったと思われます。耐水化問題は、私の研究開発でも最大の壁でした。

水に溶けるから膜になるが、膜が水に溶けては困る

クレーストは、原料となる粘土の粉を水に加えて均一なペーストにし、平らな基板の上に塗って、乾燥させて剥がすという簡単な方法でつくられます。そもそも水に溶ける性質だから粘土が膜になるわけですが、膜になった後はまた水に溶けてもらっては困るわけです。
焼き物の場合、高温で加熱することで無機結晶でも水に溶けない性質に変わりますが、粘土をフィルムとして使う場合、高温で焼くとパリパリになるため、あまり高い温度をかけられないという問題がありました。

あちらを立てればこちらが立たず

それまで粘土の耐水化は「有機化」という前処理が一般的でした。本来親水性である粘土の表面に界面活性剤という有機物をくっつけて疎水性に変えることで、有機溶剤に混ざるようになり、水には溶けなくなります。
ところが粘土を有機化すると、別の重大な問題が発生しました。もともと粘土の特長は、プラスチックが使えない高温で使える点だったにも関わらず、界面活性剤が入ると、高温では使えなくなってしまうのです。さらに、粘土膜の驚異的なガスバリア性は粘土結晶が一方向に隙間なく積層することで発現するわけですが、有機物がくっつくと粘土結晶同士がくっつかずに離れてしまい、ガスバリア性が上がらないことがわかってきました。

耐熱性・ガスバリア性・耐水性を兼ね備えることに成功

苦労の末に開発した成果が、これまでと同様に水系で粘土を膜にした後、ある一定の熱(約100~200℃)を加えることで耐水化する粘土「加熱耐水化粘土」です。有機化合物を使わないため高温でも使え、ガスバリア性も高く、水にも溶けません。2009年に成功したこの開発が我々のオリジナル技術で、粘土バリアの用途を広げた一因となっています。

「死の谷」を乗り越える原動力

-技術シーズの事業化には「死の谷」があります。

新しく開発した技術を製品化する過程でも、さまざまな新規の問題が必ず発生します。例えば、「こんな形状に成型する必要がある」「つくった後に掃除をしても剥がれない膜にしたい」といった問題や、製品化で必ず問題になるのはコストですね。それでまた原料に戻ったり行ったり来たりが多くありますので、自然と時間もかかります。製品化研究をやるからには論文を書いて終わりでなく、売れるまで面倒を見たいので、企業との連携段階もしっかり時間をかけて取り組ませていただきました。その結果が6年、7年という歳月なのです。

-「死の谷」を乗り越えてきた蛯名さんの原動力は?

最初にクレーストの製品化に取り組んだ、ジャパンマテックスの塚本勝朗社長(当時)の「今すぐやる、できるまでやる、必ずやる」という行動指針に影響を受けました。塚本社長の曲がらない信念にひっぱられて、私たちも全くくじけることなく進めさせていただきました。今でもそうです。熱意を持って自社製品の開発に取り組む方々とお話したりご期待いただいたりすると、我々の仕事は「技術の橋渡し」ですから、しっかりそのバトンを渡さなければいけないと感じます。一緒に走っている意識が心の支えとなって続けることができると思います。

めげない理由は、粘土そのものにもある

もうひとつ、私だけのめげない理由は粘土そのものにあります。ベントナイトは「千の用途を持つ材料」と言われています。地球上にたくさん存在し、一つひとつ合成する必要もありません。食べることもでき、人間に対して安全です。コストも、掘って採れるという意味では、目が飛び出るほどの高値ではありません。ほかにも先述の特性などいろいろな可能性があります。そんな機能性材料って考えつかないでしょう?ベントナイトだから「本気で開発すれば、必ず何種類か用途が出てくるぞ」と諦めずに開発ができるのです。研究のための研究ではなく、産業界で製品化に結びつく材料の研究開発を、私はやりたいのです。

蛯名武雄インタビューの写真

▲ ページトップへ