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所長エッセイ
苦竹と銀杏
  みなさんご存じのように東北センターの最寄り駅はJR仙石線「苦竹駅」です。もともとは、昭和3年(1928) 5月15日 に「新田駅」として開業しましたが、昭和19年(1944)
5月1日に「苦竹駅」に改称されたのです。これは、苦竹地区に軍需工場が造られたことに伴い工員輸送のため新田地区南 端にあった「新田駅」を移転したためです。当地における「苦竹」の直接の由来はわかりませんが、一般にイネ科マダケ (真竹)のタケノコがえぐ味があるので「ニガタケ」と呼ばれています。この竹は、もともと中国の湖南省や江西省に分 布し、日本では北海道以外で各地に栽培されているので、昔当地にもあったためでしょうか。

 さて、「苦竹のイチョウ」は、全国的に有名です。大正15年(1926)10月20日に国指定天然記念物となりました。仙石線 「宮城野原」駅東方徒歩10分の宮城野八幡神社の裏手の私有地内にあります。雌樹で、樹高27〜32m、幹周囲約8mあり ます。気根(後述)が乳房状を呈するので「乳イチョウ」とか「姥イチョウ」と呼ばれ母乳不足に悩む女性たちの信仰を 集めたといいます。気根の大きなものは長さ約3m、周囲1.7mで、支柱根となっているものもあります(写真1)。樹齢 1,200年と推定されています。奈良時代の聖武天皇の姥、紅白尼の遺言でその塚の上に植えられたとの言い伝えです。こ の場所はもともと「苦竹」という地名でしたが、この樹にちなんで「銀杏町」となりました。
苦竹のイチョウ
写真1 「苦竹のイチョウ」の気根(宮城県)
  さて、ここからが「気根」についての脱線蘊蓄の始まりです。「気根」というのは、ある種の植物の幹から空気中に出 る根のことです。いくつかの機能があります。タコノキ・ヒルギ類・トウモロコシなどの幹から出て地上に達し本体を支 える役目の「支柱根」や、キヅタ・ノウゼンカツラなどのつる植物などに見られる「付着根」、このほか吸水や保水の機 能を持つものなどがあります。マングローブなどのヒルギ類では呼吸に役立つので特に「呼吸根」ともいいます。環境変 化には敏感で、タイのバンコク郊外の沿岸部では環境破壊のため大量に枯死しているさまに筆者は小さな胸を痛めました。

 実は、「苦竹のイチョウ」に劣らない気根を持つイチョウも各地にあります。例えば、神奈川県平塚市慈眼寺のイチョ ウは幹周5.8m、樹高17mの雌樹で気根が発達してい ます。推定樹齢400年で、「平塚市保全樹」に指定されています。岡山県北部の奈義町の菩提寺のイチョウは、気根の数も 多く一番下の大枝にまであるほどです。樹高42m、幹周囲13.5mで、樹齢850年といわれます。この寺は、浄土宗の開祖で ある法然が若い頃修行したことで有名です。機会があれば訪れたいものです。

 このほか、気根を持つタコノキ科タコノキ属 (パンダヌス属)は、世界の熱帯地域に約650種類あるといわれますが、そ の中のタコノキは小笠原諸島原産です。樹高10m以下程度の常緑低〜高木で、葉は頂生で群がって生えます。筆者の髪の 毛も頂生ですが、群がっていたのは遙か昔のことです。閑話休題。イチョウと同様に雌雄異株で、特に雄株は幹下部から 下向き放射状に多数の気根をだし、タコの足状となることに名前が由来しています(写真2)。 
タコノキの気根
写真2 タコノキの気根(沖縄県)
  さて、世界最大の気根はどこにあるのでしょうか。インド北西部に位置するカルカッタのフーグリー川西岸の植物園は、 イギリスによるインド統治時代に東インド会社が東南アジアの有用な樹木を収集栽培したのが始まりです。約12,000種以 上もあるという中に、バニヤン樹(ガジュマル)という熱帯アジアに分布する桑科の常緑高木があります。特に、Great Banyan Treeと称される樹は、樹高25m、樹齢240年ですが、なんといっても広がりの周囲が 420mもあります。感動もの です。どうしてこんなに張り出せるかというと、次々と気根が生成成長して支柱とな
って本体を支えて広がっていくためで、気根の総数は 2,800本といわれます。写真3で多数の幹のように見えるのはすべ て気根なのです。まさに世界最大級です。カルカッタに行く機会があったら是非見てきてください。
バニヤン樹
  写真3 バニヤン樹(ガジュマル)の気根(インド)
(東北センター所長 加藤 碵一 記)