日本国キログラム原器

2019年5月20日、キログラムの定義の基準は国際キログラム原器の質量から、原子一個の質量に関連する物理定数「プランク定数」へと変わりました。

これに連動して、約130年間、質量の基準として日本の産業および科学技術の発展を支えてきた 日本国キログラム原器および関連原器類が、2022年3月22日に国の重要文化財「メートル条約並度量衡法関係原器」に追加指定されました。

1889年(明治22年)、世界に一つしかない分銅「国際キログラム原器」の質量としてキログラムが定義されました。つまり、国際キログラム原器の質量がちょうど1 kgと定められたのです。

国際キログラム原器は、白金90 %とイリジウム10 %の合金で作られた直径および高さが約39 mmの円柱形の分銅であり、フランスの国際度量衡局(BIPM)で保管されています。

メートル条約加盟国に頒布すべく、この国際キログラム原器と同じ材料、同じ形状の複製が、各国のキログラム原器として製作されました。 1889年の第1回国際度量衡総会(CGPM)にて抽選が行われ、日本にはNo. 6と番号付けされた複製が配布され、日本国キログラム原器となりました。

1890年(明治23年)に日本に到着した日本国キログラム原器は、近代国家への道を歩み始めた日本が、欧米の学問や技術を導入していくための知的基盤として重要な役割を果たしました。 その後も、日本国キログラム原器は2019年(令和元年)までの、明治、大正、昭和、平成、令和の五つの時代にわたる約130年間、質量の基準としての役割を担い、日本の近代化および産業発展に大きく貢献しました。

なお、日本国キログラム原器は重要文化財に指定されましたが、完全に引退したわけではありません。現在でも、非常に優秀な分銅として、日本の質量標準ひいては私たちの社会生活を支え続けてくれます。

キログラムの歴史、キログラムの新しい定義、今後の日本国キログラム原器の役割については、下記の解説動画などをご覧ください。
新しい1キログラムの測り方-さらばキログラム原器-【産総研公式】(YouTube 20分35秒)
質量標準研究グループ webページ

注意深く管理され続けてきた日本国キログラム原器

1910年、1950年、1991年の三度、日本国キログラム原器はフランスの国際度量衡局に輸送され、その質量が国際キログラム原器を基準にして測定されました。 図1に示すグラフは、日本を含む各国のキログラム原器の質量が1889年から約100年の間にどのように変動したかを示しています。

日本国キログラム原器の質量の変動量は、他国のキログラム原器と比べて非常に小さく、日本の質量の基準が極めて安定な状態に保たれつづけてきたことを示しています。

当初、日本国キログラム原器は、東京都銀座の中央度量衡器検定所で管理されていました。 中央度量衡器検定所は、その後、中央度量衡検定所、中央計量検定所、計量研究所、産業技術総合研究所と名前を変え、所在地も、東京都板橋、茨城県つくば市と変遷しました。

図1. 100年間にわたる各国キログラム原器の質量変動 図1. 100年間にわたる各国キログラム原器の質量変動

1944年(昭和19年)には、太平洋戦争における空襲から逃れるため、キログラム原器を、東京都銀座の中央度量衡検定所から茨城県の中央気象台柿岡地磁気観測所(現在の気象庁地磁気観測所) に疎開させなければなりませんでした。

このように、日本国キログラム原器を取り巻く環境は一定ではありませんでしたが、先人たちの英知とたゆまぬ努力によって、日本の質量の基準は極めて安定な状態に保たれつづけてきました。

図2の写真は、日本国キログラム原器が保管されてきた金庫です。
金庫は、産業技術総合研究所の地下金庫室に設置されています。金庫室の内壁はステンレスで覆われ、その内部は常に温度20 ℃に制御されています。

さらに、金庫室内部には常に、乾燥した空気が流されています。湿度をできるだけ低く保ち、カビの発生によって日本国キログラム原器の質量が変動することを防ぐためです。

図2. 日本国キログラム原器 保管用金庫室 図2. 日本国キログラム原器 保管用金庫室

図3は金庫内部の写真です。
日本国キログラム原器は、二重のガラス容器に収められ、上段中央に設置されています。

その左側に設置されているのがキログラム副原器です。キログラム副原器も国際キログラム原器の複製であり、日本国キログラム原器の質量の変動をチェックするために、国際度量衡局から受領しました。

また、下段の二つの分銅が貫原器です。以前使用されていた質量の単位「貫」(3.75 kg)の基準として、国際度量衡局から受領したものであり、日本国キログラム原器、キログラム副原器と同様に、白金とイリジウムの合金で製作されています。

なお、保管用金庫の内面は桐で覆われています。桐の特性によって金庫内の湿度が調整され、日本国キログラム原器などの質量を安定に保つことができると考えられたためです。

図3. 日本国キログラム原器 保管用金庫内部 図3. 日本国キログラム原器 保管用金庫内部

2019年、キログラムの定義は普遍的な物理定数「プランク定数」にもとづく定義に改定され、国際キログラム原器は原器としての役割を終えました。 これに伴い日本国キログラム原器の役割も変わりましたが、従来同様、厳重に管理されています。

以下の動画では、現在どのように日本国キログラム原器が管理されているのかを紹介しています。
日本国キログラム原器の紹介【産総研公式】(YouTube 6分54秒)

2022年3月22日に、日本国キログラム原器(No. 6)、キログラム副原器(No. 30)、貫原器(No. 1、2)および1889年に発行された日本国キログラム原器の校正証明書が、国の重要文化財「メートル条約並度量衡法関係原器」に追加指定されました。

日本が入手したキログラム原器類

複数のキログラム原器を保持することにより、各分銅の質量が変動したかどうか監視しやすくなります。二つの分銅の質量を比較するだけでは、どちらの分銅の質量が変動したかを特定するのは困難です。三つ以上分銅があれば、それらの質量の相互比較によってどの分銅の質量がどれくらい変動したかを推測することが可能となります。

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名称 個数 識別番号 入手年 地金
日本国キログラム原器 1 No. 6 1889 1884年 英ジョンソン・マッセイ社製
キログラム副原器 2 No. 30
No. 39
1894 1884年 英ジョンソン・マッセイ社製
貫原器 2 No. 1
No. 2
1898 英ジョンソン・マッセイ社製
実験用原器 1 E59 1963 英ジョンソン・マッセイ社製
実験用原器 1 No. 94 2009 英ジョンソン・マッセイ社製
  • No. 39は後に韓国へ移譲されました。

図4. NMIJのキログラム原器 図4. NMIJのキログラム原器


関連文書および参考文献:
  • 産総研プレスリリース、“キログラム原器が重要文化財に”、2021年(令和3年)10月
  • 倉本 直樹、“キログラム原器の重要文化財指定と新しいキログラムの定義”、計量のひろば、No. 65、2022年(令和4年)
  • 倉本 直樹、“日本国キログラム原器について”、pptスライド、2020年(令和2年)