当研究グループの研究開発の過程で得られた技術のポイントを紹介します。
沈降法によるナノセルロースの形状・形態評価
- 内容
- TEMPO触媒酸化法で製造したナノセルロース(セルロースナノファイバー/CNF)は、比較的軽微な機械処理で幅3nm程度まで微細化しますが、ディスクミル等機械的処理のみでナノ解繊した場合、最終的には幅15nm程度まで微細化するものの、製造途中では、様々な形状・形態が存在します。当研究グループでは、一部がナノ化したセルロース繊維(部分ナノ化セルロース)が、ゴムの特にい低伸張領域の物性を効果的に向上できることを明らかにしています。
参考:
「研究紹介」−「完全にナノ化しないナノセルロースの効果(ゴム補強)」
このような部分ナノ化セルロースを活用するためには、その特性を把握することが重要となります。顕微鏡的手法による形状把握、比表面積測定による解繊度合い評価は、特性把握方法として有効ですが、それだけでは十分ではありません。これらの評価方法では、必ず乾燥サンプルが必要なため、乾燥過程で特性が変化していることも無いとは言えません。湿式での評価方法としては、光散乱・回折法(粒度分布測定)、粘度・粘弾性測定などがありますが、測定は簡単ではありません。
ナノセルロースは微細かつ様々な形状を持つため、その特性は複数の測定方法で総合的に評価する必要があります。
水中に分散した物質の湿式でのサイズ評価方法として、レーザー回折式粒度分布測定はよく知られています。この方法は、粒子のサイズに依存して光が回折・散乱する現象を利用して評価しています。mm単位から数十nmまで、連続して一括で測定できる特徴があります。動的光散乱法は、粒子のサイズに依存したブラウン運動の違いをレーザーで計測してサイズを算出します。主にナノ領域の粒子(ブラウン運動する粒子)の計測で用いられています。どちらも、ナノセルロースを乾燥させることなく、濃度の調整のみで測定可能なことから、利用されている例も多いです。しかし、ファイバー状物資は、原理的な問題(測定対象は球形粒子)で、幅や長さを正確に計測することは困難ですが、特にレーザー回折式粒度分布測定は簡便かつ短時間で実施可能なため、機械的解繊過程において太い繊維が次第に微細な繊維に変化していく状況のモニタリングや品質管理として利用される事例もあります。ただし、多くの場合、得られた数値は、ナノセルロースの幅も長さも示していませんが、生成したナノセルロースが均質化すると粒度分布の幅は狭まり、数値(粒度)は一定になる傾向を示します。
ナノセルロース分散液は、放置していても分離せずにクリーム状の状態が保たれる場合がほとんどです。TEMPO触媒酸化法で製造した超微細なナノセルロースは、低濃度でも分散が維持されますが、機械処理のみで製造した幅15nm程度のナノセルロースは、セルロースそのものの比重が1.5程度であるため、希釈すると沈降します。
- 測定原理
- 媒体中において球形粒子は、ストークスの式(Stokes' law)に従って沈降します。つまり、沈降速度から粒子サイズを求めることができます。この方法も、サンプルを乾燥させることなく、濃度調整のみで測定できる特徴があります。前述のように、ナノセルロース(セルロース)は比重が1.5であり、媒体である水より重たいため、沈降するはずです。しかし、多くの場合、高濃度(1wt % 程度以上)では、ナノセルロース間の相互作用などで沈降しません。また、TEMPO触媒酸化処理等による超微細なナノセルロースは、水との相互作用が強いため低濃度化しても沈降しません。そのため、沈降速度が測定可能なナノセルロースは限定されることになります。さらに、この方法も、対象は球形粒子であり、レーザー回折式粒度分布測定と同様に、ナノセルロースの幅や長さを直接的に求めることはできません。
これまでに、ナノセルロースの形状特性と沈降挙動の解析から、繊維幅との相関が高いことを明らかにしています(参考文献1)。さらに、比表面積測定結果と沈降特性が相関しないCNF系(比表面積が同程度でも沈降速度が異なる)も存在していることも明らかにしています(参考文献2,
3)。これらのことから、沈降特性評価により、電子顕微鏡観察による形状・形態観察や比表面積測定による解繊度合い評価と総合して、ナノセルロースの特性をより把握できることが分かりました。
沈降特性評価は、工業的には、製品の粒度評価の他、保存時の分散安定性や乳化物やエマルジョンの安定(分離や凝集)度合いの評価でも用いられています。
参考文献1:Akio Kumagai, Naoko Tajima, Shinichiro Iwamoto, Takahiro Morimoto,Asahiro Nagatani,Toshiya Okazaki, Takashi Endo, International Journal of Biological Macromolecules, 121, 989-995 (2019), “Properties of natural rubber reinforced with cellulose nanofibers based on fiber diameter distribution as estimated by differential centrifugal sedimentation”.
参考文献2:熊谷明夫,遠藤貴士,足立真希、紙パ技協誌、73(5),66-73(2019).“沈降法によるセルロースナノファイバーの評価”.
参考文献3:Akio Kumagai, Maki Adachi, Takashi Endo, Japan TAPPI journal,73(5),57-65(2019).
“Evaluation of Cellulose Nanofibers by Using Sedimentation Method”.
- 測定
- ナノセルロース分散液の沈降性の評価について、当研究グループでは、液中分散安定性評価装置(Formulaction社、Turbiscan MA2000
/Turbiscan Tower)を用いて評価しています。本装置は、サンプルを入れたサンプル管の側面を、上下に可動する光源(近赤外光:λ= 850
nm)と検出器を備えたスキャン部分で連続的に解析する装置です。サンプル管の上下方向の各部分での透過光・後方散乱光を連続的に測定することで、分散物の沈降による光透過率の変化情報を得ることができます。測定初期は、均一な分散物(ナノセルロース)により、サンプル管全体の光透過率は低い状態ですが、沈降が起こるとサンプル管上部のナノセルロース濃度は低下し、それに伴い、光透過率は向上します。この変化を経時的に測定することで、ナノセルロースの沈降特性を解析することができます。下記に示した評価結果のグラフは、参考としてパルプを原料としてディスクミルで製造した比較的均一なナノセルロースの沈降挙動です。グラフの横軸はナノセルロース分散液の入ったサンプル管の底面からの距離(高さ)を示し、縦軸は光透過率を示しています(下図のグラフでは、データ処理を容易にするため、縦方向で得られた結果を便宜的に横方向で示しています)。色の異なる複数の波形パターンは、測定開始から一定時間毎のサンプル管全体の光透過率を示しています。下図では、1分間隔で30分間測定した結果で、時間経過とともに液面付近(横軸35
mm付近)の光透過率が増加して、ナノセルロースが徐々に沈降していく過程を表しています。測定した波形パターンはナノセルロースの繊維幅や繊維形状によって変化するため、本装置での測定で得られた、ナノセルロース分散液の沈降特性から、他の方法では困難なナノセルロースの形状に関する情報を得ることができます。
当研究グループでは、0.1 wt%濃度に調製したナノセルロース分散液を、1分間隔で30分間、または30分間隔で20時間測定することで評価しました。解繊初期(ディスクミル処理では、処理回数が少ない1から3回処理)では、解繊物のサイズが大きく、比較的速く沈降するため、1分間隔で30分間測定としました。解繊度合いが高い(ディスクミル処理10回等/十分に微細化して全体が幅15nm程度になったサンプル)場合は、30分間ではほとんど沈降せず、沈降挙動の追跡が不十分なため、30分間隔で20時間の条件で測定を行いました。
- プロセスの概要
- 下図は、製造方法が異なるナノセルロースの沈降特性を評価した結果です。両者で比表面積は、ほぼ類似ですが、沈降パターンは異なっています。この違いは、枝分かれ構造や繊維表面の毛羽立ちなどに由来していると考えられます。このような両者の違いを沈降法以外では、明らかににすることは困難と考えられます。
また、下記の結果は、上記のパルプ由来ナノセルロースの沈降パターンとも,異なっています。沈降法や比表面積測定、電子顕微鏡等による形状評価など複数の評価方法の結果と総合し、ナノセルロースの本質の特性との相関関係を明確にできれば、沈降特性測定そのものは、濃度を調整した後、装置にセットして放置するのみの簡単な測定であり、品質管理技術としても有用と考えられます。
- 参考資料
- NEDO「セルロースナノファイバー利用促進のための原料評価書」2020年3月公開
- 装置・設備へのリンク
- 「粒度分布評価」
・分散安定性評価装置 (1サンプル)/ 英弘精機(株) タービスキャン・MA2000
・分散安定性評価装置 (6サンプル同時)/ 三洋貿易(株) タービスキャン・タワー
追記事項
セルロース材料グループ