多くの専門的なサービス提供者が関わってサービスを構成していく場合、提供者間でサービスの提供の仕方や利用者のニーズについての情報を的確に共有し、サービス品質を向上させ、その上で、サービスプロセス全体を効率化していく必要がある。この具体的フィールドとしてヘルスケアサービスを取り上げた。石川県の恵寿総合病院、およびその関連施設である介護施設の和光苑、大阪の介護施設であるスーパーコートで、実際の医療プロセス、介護プロセスに従事するサービス提供者に対してインタビューを行い、プロセスの流れと提供者の関わりを明らかにするとともに、その中で、提供者間でどのような種類の情報をどのような媒体でやりとりしているかを明らかにした。この結果であるサービスのプロセスと情報の共有を、図1-8のように記述、可視化した。このようなサービスプロセスの記述と可視化は、いままでのサービス工学でも進められてきたことであるが、これらの取り組みは利用者が受け取るサービス機能の流れを中心に記述されているか、もしくは、決済システムとしてカネの流れを重心に記述されているものが多い。本研究で開発した技術は、利用者と提供者、そして情報の流れのすべてを記述、可視化した点で新規性・有用性が高く、関係者からの期待も大きいものであった。一方で、サービス産業特有のイベント駆動によるプロセス変更(利用者が途中でサービスへの要求を変えてしまう場合)の記述ができていない点、プロセスを可視化するステップがデジタル化・システム化されていない点、プロセスを観測し記述するステップがインタビューに基づくため工数がかかりすぎる点が課題として明確になった。また、将来的には、提供者行動のセンシング技術と連携したリアルタイムのプロセス可視化、最適化が必要になるという意見も出された。
なお、提供者間でやりとりされている情報のデジタル化や、蓄積された情報からプロセスを構成する技術についても、並行で開発を進めた。前者については、現場でやりとりされている紙媒体の帳票を光学的文字認識(OCR: Optical Character Recognition)するための帳票作成ガイドラインを整備した。後者については、電子カルテ内の看護診療記録が整備されている日本医科大学北総病院および佐賀大学病院のデータを取得し、テキストマイニングによって看護プロセスを記述するための技術を開発した。平成21年度では、テキストマイニングを前提とした取得データの整備と用語、辞書の整備を進めた。
ヘルスケアサービスでは、利用者や提供者の行動を観測する際に、実際の現場(病院など)にセンサを配置して観測することに制約がある場合が多い。そこで、仮想現実感技術(VR: Virtual Reality)を適用して、実際の現場環境を仮想化して、その仮想環境下での行動を観測するための技術開発を行った。仮想環境下での行動観測には、臨場感と誘発される行動がどれだけ現時に近いか、また、現場環境を仮想化する作業をどれ掛け効率的に構築できるかなど技術課題が多い。しかしながら、これらが解決できれば、実際の現場環境にセンサを敷設しなくとも観測ができたり、さらには、現場環境の変更による効果検証を仮想環境下で実験できたりするなど、その効能はきわめて大きい。そう言う意味で、挑戦的な研究課題と位置付けている。平成21年度では、産総研内部に低廉なVRシステムを構築し、具体的な連携先である日本赤十字社医療センターの建設中の新病棟を仮想提示して行動観測を実現した(図1-9)。また、空間認識や臨場感の心理評価も行い、総じて良好な結果であった。しかしながら、作業負荷については現実の空間よりも仮想空間での行動観測の方が被験者の負担感が大きいという結果であり、今後の改善点が明確になった。
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