産総研 東北 Newsletter No.27
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研究者紹介 伊藤徹二さん インタビュー
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 本連載では、研究者の方との対談形式を取り、研究内容をわかりやすく解説することをコンセプトとし、研究者個人にもフォーカスをあてた内容を目指しています。
 連載3回目は、ナノ空間設計チームに所属する伊藤徹二さんにインタビューを行いました。伊藤さんは、平成16年より産総研東北センターにて研究活動を始め、現在、酵素を用いた化学プロセスの開発に取り組んでいます。
 なお、本文中のアイコンは、3ページの‘研究キーワード’に掲載された専門用語を示していますので、そちらも合わせて御参照ください。

酵素を使うと化学反応を省エネル
伊藤さんは長寿命・高感度な酵素センサーの開発に成功されましたが、このセンサーを開発しようとしたきっかけは何ですか?

 私が行っていた酵素キーワードの安定化研究に船井電機新応用技術研究所の方が興味をしめしまして研究相談に来たことがきっかけです。私が産総研で酵素を安定化する研究を始めたのは、環境への負担が少ない酵素を使った化学プロセスを構築しようとしたからです。ここで酵素反応の効率のよさを人間で例えましょう。お昼に200gのステーキを食べたとします。そうすると、大体4時間ぐらいするとお腹が空いてきますよね。これは、人間の体内では様々な酵素を使ってタンパク質を分解し、消化しているからです。一方、同じことを従来の化学反応で行おうとすると、濃塩酸で24時間ぐらい煮込んでやっと分解できる程度です。この例のように、分解という化学反応を常温で行うことができる酵素は、省エネルギーで環境への負担が少ない、化学反応の効率が非常に良く、さらに特定の物質のみに反応する選択性を持っているものなのです。しかしながら、酵素は熱などの外的環境を受けると型崩れを起こして酵素としての機能を失ってしまいます。私たちは、メソポーラスシリカキーワードを用い様々な酵素の安定化に成功しました。このような経緯の中で、注目したのが酵素を用いて物質の濃度を測定するセンサー(酵素センサー)の開発でした。今回はホルムアルデヒドを対象にした酵素センサーとして開発しましたが、ホルムアルデヒドは、毒性、発がん性、シックハウス症候群の原因となる揮発性の有機化合物で、世界的にも社会問題になっている物質です。国内の法定ガイドラインでは、室内・水道水中どちらでも80ppb以下の濃度となるよう規定されています。しかし、80ppbという濃度を検出することは、1億人の中から8人を探し出すに匹敵するような大変なことなのです。実際、従来の半導体センサーキーワードでは80ppbという濃度を検出することは困難でした。また、半導体センサーは、いろんな物質が混ざっている状態から、ホルムアルデヒドの濃度だけを測定することができませんでした。一方、酵素センサーは、ホルムアルデヒドだけを選択して測定できます。反面、センサーとしての寿命、コスト、サイズなどについて超えなければならないハードルがありました。

伊藤徹二

  今回、私たちは、酵素安定化技術を一歩進め、酵素のサイズにあった細孔を持つメソポーラスシリカ膜を合成し、その細孔に酵素を格納することで、酵素の安定性や寿命を向上させることを目指して新しいセンサーを開発しました。加えて、蜂の巣状に規則的に並んだ細孔内に効率よく多くの酵素を格納することで、活性を落とさずに酵素の量を増やし、コンパクトで高感度なセンサーを開発することも狙いました。というのも、酵素というのは、溶液中で数を増やしていくと酵素同士が凝集し、その機能が低下してしまうからです。今回開発した酵素センサーでは、材料としてメソポーラスシリカ膜を利用しましたが、このようなメソポーラスシリカ膜の細孔内に酵素を格納した研究開発は過去にないものです。


従来の酵素センサーは、寒天状の土台に酵素を乗せるような固定方法でしたね。

 その方法だと、立体的に酵素を並べられないので、狭い容積の中に酵素を多く固定することができません。また、センサーを洗浄している間に酵素が流れ落ちてしまって、センサーとしての機能が低下してしまったりするため、実用化が困難でした。今回開発した酵素センサーは、20回繰り返し使ってもセンサーの感度が低下しません。この結果は、酵素が細孔内にちゃんと格納・固定されているためだと考えています。


酵素とメソポーラスシリカとの組み合わせというシンプルな方法で、実用性の高いセンサーが開発できました。
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  企業化することを考えれば、シンプルな構造であることが重要です。コストパフォーマンスに影響しますから。もっとも、この結果は様々な検討をやった結果、シンプルな構造になったというのが真相です。構造がシンプルであれば、コンパクト化する際にも有利です。いま開発中の酵素センサーも携帯型タイプのものです。消費電力も低いので、ボタン電池でも動作するようになると考えています。

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開発した酵素センサーのイメージ。酵素が目的物質と反応すると、電極に電流が流れます。この電流の大きさで、物質の濃度を測定します。酵素をメソポーラスシリカの細孔内に格納したことで、長寿命・高感度を実現しました。

多くの物質が混在している中で、特定の物質を検出できる酵素センサーは、応用範囲が非常に広い
酵素というと、pHの変動で活性が上下したり、熱に弱いイメージがありますが?

 開発した酵素センサーは、溶液にセンサー部を浸して測定する方式なので、pHの影響がないとはいえませんが、現在まで検討した結果では、pHの影響は出ていません。実は、メソポーラスシリカは通常の環境では、細孔内に水を多く吸着しているものなのです。そこで、将来的には、メソポーラスシリカ内の吸着水を有効に使うことで、センサー部を直接溶液に浸さなくても測定できるようにしたいと考えています。いずれにしても、極端な酸性・アルカリ性の条件でなければ、それほどpHの影響は受けないのではと考えています。<br>
  また、開発した酵素センサーは、熱に対しても比較的強いものです。この酵素センサーでは、メソポーラスシリカの細孔内に酵素が入っている。その孔の中には吸着した水があって、この水に囲まれた形で酵素が格納されている。ダンボールの中に梱包材が入っていて、その中に荷物が包まれているといったイメージでしょうか。この状態のおかげで、酵素が熱を受けても型崩れしないのだと考えています。


なるほど。このセンサーは今後どのような用途に応用できるのですか?

 たとえば残留農薬の検出です。酵素センサーを使えば、今問題になっている微量な農薬を短時間で検出できると思います。酵素をカートリッジのように交換式にすることで、様々な物質に対応できるセンサーが実現できると考えています。
ほかにも、環境中に排出されてしまった有害物質を検出する用途などにも応用できると思います。多くの物質が混在している中で、特定の物質をピンポイントで検出できる酵素センサーの特徴は、応用範囲が非常に広いと考えています。





 ただ、われわれコンパクト化学プロセス研究センターでは、ゼオライトという鉱物を使って、機能を失ったタンパク質の機能性を復活させる技術を開発しています。この方法が実用化されれば、酵素を含む様々なタンパク質をある程度の量として生産できるようになると期待しています。
 一方、メソポーラスシリカの量産についてですが、実を言うと、すでにNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)のプロジェクトとして実際に取り組んでいます。現在、試験用の小型プラントを使って、年間約30トンのペースでメソポーラスシリカの生産が可能です。
 また、タンパク質、メソポーラスシリカの生産の両方とも、省エネルギーでの生産ができる点も特徴です。


省エネルギー・リサイクル製品などを生産する場合、その生産の過程でどれだけのエネルギーを消費するのかも重要な問題点ですが、その点からも伊藤さんの試みは環境への負担が少ないものですね。

 今後は、環境に負担をかけない方法を開発してほしいというニーズがより強く出てきます。その時にニーズに合った技術を出せるようにしていかなければならない。こういった技術を検討することも産総研の仕事だと思います。
 これからの時代は、酵素などの生体に由来する物質を積極的に使っていく時代になると思います。特に、日本は酵素・発酵技術に関しては世界トップです。そこで、産総研も酵素を使った化学プロセス分野を伸ばしていけたらなと思っています。


今日はどうもありがとうございました。
環境に負担をかけない技術を検討することも産総研の仕事
最初の話にありましたが、酵素を使った化学プロセスを実現したいという目標ですが、どのような技術的課題がありますか?

 酵素センサーのレベルであれば、それほど大量に酵素を使うことは無いので問題は大きくないのですが、われわれの目標である酵素を利用した化学プロセスの実現となると、大量の酵素が必要になります。

それだけの量の酵素を作ることは、現在の技術では大変だと思います。大腸菌などでタンパク質を生産する系を例にすると、機能を失ったタンパク質がかなりの割合でできてしまうのです。
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伊藤さんお気に入りの写真:沖縄、砂浜ポイントにて
週末は必ずといっていいほどサーフィンを楽しむ伊藤さん。とはいえ、研究がうまく進んでいないときはサーフィンも楽しめないという研究者気質の側面も。“ 家族の支えがあればこそ趣味のサーフィンや研究に打ち込るのです。”とのことでした。




http://unit.aist.go.jp/tohoku/ UP