ポイント

  • テラヘルツ波を熱に変換して高速に検出するための吸収構造を考案
  • 3Dプリンターと成膜技術で製造した3次元熱伝導経路を持つ中空構造で高いテラヘルツ波吸収率と高速熱応答性を両立
  • 次世代通信基盤の構築に用いる高性能なテラヘルツ波パワーセンサーの要素技術

概要図

開発品の写真(左)、開発品と従来品の性能比較(右)。

概要

国立研究開発人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)製造技術研究部門 桑野 玄気 研究員、穂苅 遼平 主任研究員、栗原 一真 研究主幹、物理計測標準研究部門 東島 侑矢 研究員、木下 基 研究グループ長は、高いテラヘルツ波吸収率と高速熱応答性の両立に加え、製造性に優れたテラヘルツ波吸収体を開発しました。

テラヘルツ波パワーセンサーは、吸収体がテラヘルツ波を熱に変換し、その際の温度上昇を検出することを通してテラヘルツ波の絶対強度を求めます。そのため、高い測定精度と高速応答性をもつテラヘルツ波パワーセンサーの実現には、吸収率と温度上昇速度に優れた吸収体が必要です。しかし、次世代通信技術の基盤として注目されている6G帯のテラヘルツ波に対して、従来の吸収体では高い吸収率と高速な温度上昇速度を両立できないことが課題となっていました。本研究では高い吸収率でありながら高速温度上昇を実現する3次元中空構造を考案し、3Dプリンターと無電解めっき技術でその構造体を作製しました。評価の結果、6G帯で99%以上の吸収率を達成し、かつ従来品の2倍以上の温度上昇速度を実現しました。本技術は6G用パワーセンサーの高精度化・高速応答化へつながり、テラヘルツ波を用いた次世代通信技術の普及に貢献します。

なお、この開発品は2023年10月4日から開催される高機能素材Weekのブース(27-15)にて展示されます。

開発の社会的背景

すべての人とモノがつながり、今までにない新たな価値を生み出すSociety 5.0を実現するために必須の次世代通信基盤として、第6世代移動通信システム(6G)の技術開発が進められています(国立研究開発法人情報通信研究機構Beyond 5G/6G White Paper参照)。6Gでは超高速・大容量の無線通信を実現するために、0.1 THzから0.3 THzのテラヘルツ波の利用が想定されています。6G実現のためには、半導体送受信機器に加えて、高性能なテラヘルツ波パワーセンサーの実現も欠かせない開発要素です。パワーセンサーによる光源の評価や検出器の校正は、光源や検出器の普及や基地局整備に必要な技術となります。

特にテラヘルツ領域の小型光源は高強度化が容易ではなく、要求されるパワーを満たすかどうか正確な検査を実施するために高精度なパワーセンサーが必要です。一方、6Gに向けて大量に生産予定の半導体光源を評価することに加え、光源の電流・電圧特性や周波数を変化させながら測定を行う必要があることから、パワーセンサーの応答速度を向上させることも大切になります。

しかしながら、6G帯において、可視・赤外・6G帯以外のテラヘルツ域で市販されているパワーセンサーと同程度かそれ以上の精度と応答速度を有するパワーセンサーは開発されていません。これは、パワーセンサーの精度を特徴付けるテラヘルツ波吸収体の吸収率が6G帯で急激に低下することに起因します。精度を向上させるべく、例えばピラミッド構造のような3次元構造により吸収率を改善させたとしても、体積の増加により吸収体の温度上昇速度が損なわれ、パワーセンサーの応答速度が低下してしまいます。テラヘルツ波吸収率と温度上昇速度に優れ、なおかつ製造性に優れた吸収体を開発することができれば、計測器メーカー等で用いられる管理用テラヘルツ波パワーセンサー、そして産業界や一般ユーザーに普及される市販用パワーセンサーへの展開が可能となり、テラヘルツ波を用いた次世代通信技術の社会実装に必要な製品開発へとつながります。

研究の経緯

このような背景のもと、本研究では高いテラヘルツ波吸収率と高速な温度上昇速度を両立するテラヘルツ波吸収体の開発に着手しました。本技術の課題解決にはテラヘルツ光学特性を自在に制御することに加え、温度上昇速度を加味した吸収構造を提案し、それを作製する手法が必要となります。産総研の製造技術研究部門では、近赤外・可視光領域において、従来よりも広い入射角範囲における低反射特性の実現や、低反射率で耐久性の高い偏光シートを実現するなど、世界最高の性能を有する光学素子を開発してきました(2020年11月24日 産総研プレス発表2019年7月1日 産総研プレス発表)。産総研の物理計測標準研究部門では世界最高の絶対強度測定感度を持つ室温テラヘルツ波パワーセンサーの開発を行ってきました(2016年1月18日 産総研プレス発表)。そこで本研究では製造技術研究部門と物理計測標準研究部門が保有する技術を融合し、高いテラヘルツ波吸収率と高速な温度上昇速度を両立し、なおかつ製造性に優れたテラヘルツ波吸収体を開発しました。

研究の内容

図1に高いテラヘルツ波吸収率と高速な温度上昇速度を両立するために考案した吸収構造の概念図を示します。本研究ではスリットや空孔が設けられた樹脂の中空ピラミッド構造を用います。ピラミッド構造のように3次元構造を形成することでテラヘルツ波の反射率を小さくすることができます。また、図1のような体積の小さな中空構造にすることで、温度上昇速度に影響する熱容量を小さくすることできます。しかしながら、6G帯における樹脂のテラヘルツ波吸収率は10%以下と極めて低いため、反射率を小さくしても吸収率を高めることはできず、ほとんどのテラヘルツ波が樹脂を透過してしまいます。また、樹脂の熱伝導率は低いため、熱容量を小さくしても高速な温度上昇速度を実現することはできません。

そこで我々は金属の表皮深さより薄い1 nmから100 nmの金属薄膜を構造体表面に形成することを考えました。表皮深さより薄い金属薄膜は吸収層として利用できるため、樹脂の非常に小さな吸収率を補うことができます。また、金属薄膜の熱容量は小さく、金属薄膜がテラヘルツ波を吸収することにより発生した熱エネルギーで、金属薄膜に大きな温度上昇が生じます。さらに、熱エネルギーは温度勾配と熱伝導率が大きな場所へと流れ込みます。金属薄膜の熱伝導率は樹脂よりも1桁以上大きいため、図1に示すように、金属薄膜で発生した熱エネルギーは樹脂ではなく金属薄膜の方向に伝わります。この効果により、金属薄膜層全体が樹脂よりも高速に温度上昇し、単なる樹脂中空構造体よりも温度上昇速度を向上させることができます。

さらに我々は、考案した吸収体を実際に作製するため3Dプリンターに着目しました。近年、3Dプリンターの製造技術の発展は目覚ましく、複雑な形状を高精度に造形できることに加えて、製造速度も飛躍的に向上していることから、オンデマンドな製造法として事業化が可能な情勢になっています。我々は3Dプリンターの特徴と電磁波熱設計を組み合わせる事で、最適な構造体の検討を行いました。

また、コンセプト実現のためには中空構造体の表面に吸収層かつ熱伝導層となる金属薄膜を形成する必要があります。そこで本研究では、樹脂で出来た3次元中空構造の表面に均一な厚みの金属薄膜層を形成できる無電解めっきプロセスを開発しました。本研究では、従来テラヘルツ吸収膜に使われてきたニクロム等の金属よりも導電率が小さなニッケルリン無電解めっき膜を選択することで、表皮深さを厚くし、数nmの膜厚変化に対して光学特性がほぼ変動しない吸収膜を実現しています。これにより、透過率・反射率・吸収率が最適となる膜厚に調整しやすい金属薄膜を実現しました。以上の作製プロセスにより、図1に示すコンセプトの吸収体を実現させました。これまでもピラミッド構造のような3次元構造にすることで吸収率を高めた技術はありましたが、本研究では中空ピラミッド構造と薄い金属膜を組み合わせた吸収構造にすることで、高い吸収率だけでなく高速な温度上昇速度を実現することができました。

図1

図1 高い吸収率と高速な温度上昇速度を両立するテラヘルツ波吸収体の概念図

表1は開発した吸収体と従来の吸収体の性能を示します。また、これらの吸収体の詳細な特性を図2(a),(b)にそれぞれ示します。図2(a)は周波数に対する吸収率を示し、図2(b)は温度上昇特性を示します。図2(a)で示すように市販テラヘルツ波パワーセンサーに実装されているガラスを母材とする吸収体(市販品 平面型)や、樹脂を母材とする吸収体(従来品 平面型)は6G帯域での吸収率の変動が大きいことに加え、平均吸収率が50%程度になるため、パワーセンサーの精度が低下します。一方、3次元構造付きの従来品は99%以上の非常に大きな吸収率を達成することができ、パワーセンサーの精度を向上させることができます。しかし、数mmの高さの構造体が必要なため、温度上昇時間が長くなるという性質があります(図2(b)青線)。本研究開発品の3次元中空構造吸収体も数mmの高さがありますが、金属薄膜付きの樹脂中空構造により、高い吸収率と高速な温度上昇速度を両立させているため、6G帯の吸収率が99%以上でありながら、3次元構造付きの従来品と比べて8倍以上、平面型の市販品・従来品に比べて2倍以上の温度上昇速度を実現しています。

表1 開発品と従来吸収体の性能比較

表1
 

図2

図2:(a)吸収率の周波数依存性。挿入図は拡大図。(b)吸収体の温度上昇特性。

また、本研究の3Dプリンターを使った作製方法は、吸収体の大面積化が容易であることに加え、湾曲・円筒・球面などのさまざまな形状を作製できるという特徴を持ちます(図3)。このような吸収体を作製することで、特定の方位から伝搬するテラヘルツ波を高効率に検出できるようになります。この特徴を利用すると、テラヘルツ波の絶対強度だけでなく、離れた位置のアンテナから放射されるテラヘルツ波の分布や広がり幅の測定などが可能になると期待され、テラヘルツ波検出技術のさらなる高度化につながります。

図3

図3:3Dプリンターで製造した自由曲面型吸収体。(a)湾曲型。(b)円筒型。(c)中空球面型

今後の予定

引き続き6G向けパワーセンサーに関する研究開発を進め、社会実装を目指します。また、近年では3Dプリンターの造形精度・造形サイズ・造形速度が急速に発展しており、事業化が可能な体制となっています。3Dプリンターの形状自由度と本研究の金属薄膜形成プロセスおよび電磁設計技術を応用することで、吸収特性だけでなく反射特性・透過特性・偏光特性を自在に制御することを目指し、その技術を基本として6G向け高機能部材の研究開発を推進します。今後も産業界のニーズや市場などを勘案して、産学連携によって研究開発を積極的に推し進め、社会課題の解決につながるような光学部材を簡便に作製する技術やコンセプトの創出を行っていきます。

用語の説明

テラヘルツ波
0.1 THzから10 THzの周波数の電磁波の総称。[参照元へ戻る]
テラヘルツ波パワーセンサー
テラヘルツ波の絶対強度を測定するセンサー。テラヘルツ波を吸収して熱に変換する吸収体と熱検出部から構成される。以下に示す図は等温制御型パワーセンサーの基本構成例で、吸収体、熱電変換部、クーラーからなる。テラヘルツ波が吸収体に照射されると、吸収体で変換された熱により吸収体の温度が上昇する。この温度上昇を熱電変換部で電気信号に変換し、それをもとに上昇した温度分の電力をクーラーに与え、吸収体の温度を等温に保つ。クーラーに与えた直流電力からテラヘルツ波の強度の絶対値を求める。[参照元へ戻る]
テラヘルツ波パワーセンサー説明図
6G帯
6G (6th Generation Mobile Communication System)で利用される周波数帯。現在、0.1 THzから0.3 THzが検討されている。この周波数帯のテラヘルツ波を使うことで、5Gと比べて10倍以上の高速大容量の無線通信が可能となる。[参照元へ戻る]
Society 5.0
内閣府が提唱する、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会。少子高齢化、地方の過疎化、貧富の格差などの課題の克服や、希望の持てる社会、世代を超えて互いに尊重し合あえる社会、一人一人が快適で活躍できる社会の実現を目指している。[参照元へ戻る]
熱容量
物体の温度を1 ℃高めるために必要な熱量。熱容量は物質の体積に比例するため、同じ物質なら体積が小さい方が熱容量が小さくなり、同じ熱量でも大きな温度上昇が生じる。 [参照元へ戻る]
金属の表皮深さ
金属に入射した電磁波のエネルギーがおよそ37%に減衰する距離。金属の導電率をσ、透磁率をμ、電磁波の周波数をfとしたとき、表皮深さδ式で表される。金属の表皮深さより厚い金属はテラヘルツ波の反射板として機能する。表皮深さより薄い金属はテラヘルツ波吸収層として利用できる。また、本研究のように導電率の小さな材料を用いることで、表皮深さを厚くし、膜厚変化に対する光学特性変化を低減できる。[参照元へ戻る]

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