ポイント

  • エックス線還元と化学反応の同時利用による従来よりも小さなナノ粒子の合成方法
  • 原子13個からなるナノ粒子を得ることに成功
  • 後期遷移金属のナノ粒子を一層小さくしてナノ触媒、ナノインク、ナノ配線への応用に期待

概要

-ナノ粒子の合成に放射光を用いることで原子13個を安定化-

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)製造技術研究部門【研究部門長 市川 直樹】大柳 宏之 元客員研究員と山下 健一 主任研究員は、大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器科学研究機構【機構長 山内 正則】(以下「KEK」という)と、放射光と化学反応の同時利用により、従来よりもさらに小さなナノ粒子を合成する技術を開発した。

放射光で原子を選択して局所的に還元し、化学反応条件を調整することによって、これまでよりも小さな、十数個の原子から成る後期遷移金属ナノ粒子を成長させる技術を開発した。今回成長させた銅(Cu)など後期遷移金属ナノ粒子は、ナノ触媒、ナノインク、ナノ配線への応用が期待される。

なお、この技術の詳細は、2014年11月26日にScientific Report誌(電子版、オープンアクセス)で発表された。

化学的条件(価数平衡)と放射線還元で成長する原子十数個の小さなナノ粒子(模式図)の図

化学的条件(価数平衡)と放射線還元で成長する原子十数個の小さなナノ粒子(模式図)

開発の社会的背景

ナノメートル程度の小さな空間に電子が閉じ込められることにより発現する「量子サイズ効果」による新しい機能をもつ新材料として、ナノ粒子やナノ材料が盛んに研究されている。従来よりも小さなナノ粒子を目指して、さまざまな合成法も研究対象となっている。触媒作用の観点から反応性の高い遷移元素のナノ粒子は有望とされているが、そのなかでも、極限的な超微粒子である10個から20個程度の原子で構成されるナノ粒子が注目を集めている。このような、非常に小さなナノ粒子を特に「ナノクラスター」と呼ぶことがある。しかし、これまで、化学反応で鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)などの後期遷移金属ナノクラスターを作成する技術では、溶液中でイオンが安定なために、化学反応による制御でクラスターを得ることは困難であった。

研究の経緯

産総研は、ナノ粒子・ナノクラスターなど先進的な材料製造技術の開発や課題解決に取り組んできた。今回、従来よりも小さなナノクラスターの製造、特に、このような小さなナノクラスターを安定的に取り出すことを目指した研究を行った。KEKと協力して、放射光による局所的還元と化学反応の組み合わせにより、後期遷移金属ナノクラスターの作成を試みた。

なお、本研究開発は、国立研究開発法人(当時独立行政法人) 科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業CREST「マイクロ空間場によるナノ粒子の超精密合成(平成18~23年度)」および独立行政法人 日本学術振興会科学研究費助成事業挑戦的萌芽研究「放射光によるマイクロ空間反応場のその場解析(平成26~27年度)」による支援を受けて行ったものである。

研究の内容

今回の技術は、エネルギー選択性がよく細く絞れる放射光エックス線ビームを照射し、特定の金属の周辺に光電子、2次電子を供給して、金属の還元後に配位子で安定化する技術である。代表的な後期遷移元素である銅(Cu)原子13個からなるナノクラスターを基板上に安定に得ることができた。エックス線には、大きな原子番号の原子に対して選択性高く、その軌道電子をはじき飛ばして還元する作用がある。この作用を利用して、金属錯体の中心原子を選択的に、強さが調節された還元を施すことという方法により、ナノクラスターを安定に得た。真空グローブボックス中で調整した溶液を、カプトン基板をエックス線を通す窓としたテフロンセルに封入し、エックス線ビームを照射すると、カプトン基板上にナノクラスターが生成した。得られたナノクラスターをセル中で洗浄し、「その場」XAFS測定を行った。特定の平衡条件を実現するのには、適切な化学反応の還元条件と配位子の選択が鍵となる。還元後に得られるナノクラスターの成長は、出発物質の平衡条件で制御される。ナノクラスターの構造は、分子軌道法(DFT)によりリガンド分子と金属コア全ての原子位置を最適化し、それに対応したエックス線吸収スペクトル微細構造(XANES)を、精度の高い計算手法(FPMS)で計算し比較してコア原子の対称性を決定した。さらにリガンド配位子を含めたクラスター構造をスペクトルの高エネルギー部分(EXAFS)で解析した。(図1)

FPMS計算のXANESスペクトル(a),(b)と配位子を含めたDFT構造モデル(c),(d)の図

図1 FPMS計算のXANESスペクトル(a),(b)と配位子を含めたDFT構造モデル(c),(d)

DFTで最適化した、候補となる複数の「異なる対称性モデル」から計算されたXANESスペクトルを実験結果と比較することにより、13個の原子がIh対称性を持つ構造をとることが示された。(図2)このIh対称性は、13個の原子のうち、12個が表面にある極限的なナノクラスターである。さらに動径分布関数で詳細を調べた結果、この13個の原子が正電荷を持ち、配位子の窒素原子が強いアミド結合を持つことがわかった。正電荷を持つクラスターは、リガンド(アミン)が強い放射線で脱プロトンによりアミド錯体をつくることで安定化される。このように、エックス線による還元では、電子供与の他に、プロトン脱離により電子供与性の高いアミド配位が同時に起こることがポイントで、リガンド分子で保護され安定化される特徴を持つ。DFTにより、このような電荷を持つクラスターでは、電子構造が従来の金属型クラスターと異なり、反応性も異なることが予想されている。

ナノクラスターの特徴的な電子状態の図

図2 ナノクラスターの特徴的な電子状態

今後の予定

今後はエックス線照射による還元反応の微視的機構を検証し、エックス線効果の理解を深めることで、さまざまな元素のナノクラスターの合成を目指すとともに、新しいナノクラスターの触媒特性を調べる予定である。

問い合わせ

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
製造技術研究部門
主任研究員   山下 健一
E-mail:yamashita-kenichi@aist.go.jp

用語の説明

放射光
光速に近い速度で運動する電子や陽電子が磁場の力で曲げられたときに、軌道の接線方向に放出される光である。指向性、波長連続性、偏光性、パルス性などの優れた特徴を持つ。生命科学から物質科学にいたる広範囲で欠かせない微細な構造研究に使われている。今回の研究ではKEK内の6.5 GeV蓄積リングPF-ARの集光ビームラインNW2Aを使用した。[参照元へ戻る]
後期遷移金属
周期表で第3族元素から第11族元素の間に存在する遷移金属の中で、第4周期第8-11族元素のFe、Co、Ni、Cuを指す。これらの元素は価電子数が多いため、他の遷移金属元素よりも反応性が高い。常磁性であったり、複数の酸化数をとることが多い。また、d軌道はさまざまな配位子と結合して、同じ元素でも多様な錯体を形成する。[参照元へ戻る]
放射線還元
放射線と物質の相互作用として、電離作用が最もよく知られている。この他にも電子励起や結合の切断などがあり、さまざまなラジカルや分子イオンをつくりだす。生体ではDNA鎖の切断が放射線効果として代表的である。今回の研究では特定のエネルギーを持つ強力なエックス線により特定原子を選択的に励起した。内殻電子の励起により光電子が放出されると、特定原子の周辺に2次電子を生みだし局所的な還元作用を持つ。[参照元へ戻る]
量子サイズ効果
電子をナノメートル程度の狭い空間に閉じ込めた時、電子の自由度が極端に制限されエネルギー準位が画一的となる。つまり、粒子の大きさによってエネルギーの大きさを調節できるようになる。このような量子サイズ効果により、金属ナノ粒子の新しい反応性が生じ、その微調整が可能になる。 [参照元へ戻る]
ナノクラスター
金属ナノ粒子よりさらに小さい金属ナノクラスターは、数個から数10個の金属原子からなる微粒子である。金属ナノクラスターでは、量子サイズ効果により、金属的性質を示さず光学ギャップを持ち、絶縁体で特有の吸光、発光特性を示す。[参照元へ戻る]
DFT
Density Functional Theoryの略。密度汎関数理論と呼ばれる凝縮系の電子構造を記述する量子力学理論で、一般にはその理論に基づいた電子状態の計算法を指すことが多い。計算機能力の発展や(Gaussianなど)汎用ソフトウエアの普及に伴い、クラスターにおいては必須の電子状態と構造の研究手法となっている。本研究では、構造モデルの絞り込みから最適化による計算構造を実験(XANES、EXAFS)と比較することで、電子状態と構造を同時に解析した。本研究ではコアのみでなくリガンド配位子をモデル化し、可能な限り現実の系に近いモデルを対象として研究を進めた。 [参照元へ戻る]
XANES
X-ray Absorption Near Edge Structureの略。エックス線吸収端の前後 50 eV 程度までの領域に見られる構造。光電子が周囲の原子によって多重散乱を受け放出される電子と干渉するために生じる対称性等3次元構造情報が得られる特徴を持つが、クラスターなど長周期を持たない場合の計算が難しい。[参照元へ戻る]
FPMS
Full Piotential Multiple Scatteringの略。XANES計算には、長周期を持つ系ではマフインテインポテンシャルが散乱ポテンシャルとして使われることが多い。しかし界面の影響やクラスターなど長周期を持たない系では近似の精度が悪い欠点があった。FPMSはその欠点を克服する精度の高い計算法である。本研究では共著者の一人がイタリア フラスカーティ グループと共に開発したXANES構造解析プログラムMXAN(エムクサン)を用いた。FPMSのひとつであるMXANは多重散乱理論を元にXANESを計算し実験スペクトルとの比較により、吸収原子近傍の3次元局所構造を決定することができる。[参照元へ戻る]