ポイント

  • 金属配向層上に成長させることで、良質な窒化ガリウム配向薄膜をRFスパッタ法で作製
  • スカンジウムの添加により圧電性能が飛躍的に向上
  • センサーやエナジーハーベスターとしての応用の他、製造技術への波及効果にも期待
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「研究者が語る! 1分解説」動画(1分59秒)

概要

-金属配向層の利用で窒化ガリウム薄膜の配向性が向上-

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)製造技術研究部門【研究部門長 市川 直樹】センシング材料研究グループ 上原 雅人 主任研究員らは、株式会社 村田製作所【代表取締役 村田 恒夫】(以下「村田製作所」という)と共同で、低コストで成膜温度の低いRFスパッタ法を用いた、単結晶と同等の圧電性能を示す窒化ガリウム(GaN)薄膜を作製できる方法を見いだした。さらに、スカンジウム(Sc)添加で圧電性能が飛躍的に向上することを実証し、GaNとしては現在、世界最高性能の圧電薄膜を開発した。

GaNはLEDやパワーエレクトロニクスへの利用で知られているが、窒化アルミニウム(AlN)と同様に機械的特性に優れた圧電体でもあり、通信用高周波フィルターや、センサー、エナジーハーベスターなどへの利用も期待されている。さまざまな応用が期待される一方で、GaNはAlNに比べて圧電薄膜の作製が難しく、RFスパッタ法では圧電体として利用できる十分に良質な配向薄膜を作製できなかった。今回、ハフニウム(Hf)またはモリブデン(Mo)の金属配向層の上にGaNの結晶を成長させることで、良質なGaN配向薄膜を作製できた。この薄膜は単結晶並みの圧電定数d33(約3.5 pC/N)を示した。さらに、Scを添加するとd33が約4倍の14.5 pC/Nまで増加した。今回の成果により、GaNの圧電体としての応用が広がるだけではなく、GaN薄膜の製造技術への波及効果も期待できる。

なお、この成果の詳細は、平成29年9月5~8日に福岡国際会議場で開催される第78回応用物理学会秋季学術講演会で発表される。

今回作製したGaN圧電薄膜の電子顕微鏡写真(左)と構造の模式図(右)の画像

今回作製したGaN圧電薄膜の電子顕微鏡写真(左)と構造の模式図(右)

開発の社会的背景

圧電体は振動などの機械的エネルギーを電気エネルギーに変換する材料である。特に、AlNやGaNなどの窒化物の圧電体は、酸化物に比べて機械的性質に優れ、センサー感度やエネルギー変換効率が高いため、通信用高周波フィルターや、センサー、エナジーハーベスターとして期待されている。AlNは、すでにスマートフォン用のBAW型高周波フィルターとして利用されており、次世代機器での利用(市場規模約800億円以上)も期待されている。一方で、GaN圧電デバイスの作製はAlNに比べて難しいため、圧電体としてのGaNの研究開発はほとんど進んでいない。

GaNは、電波の送受信・信号処理を担う電子機器である高周波デバイスとしての利用も期待されている。スマートフォンだけでなく、自動車間通信や車載レーダーの信号処理による自動運転システムなど、今後の通信社会の拡大には不可欠であり、高出力、低損失で作動するGaN系の高電子移動度トランジスタへの期待は大きい。その電子密度は圧電性により制御されているので、GaNの圧電性に関する研究開発は重要である。さらに、GaNで高性能な圧電素子やトランジスタが開発されれば、高周波フィルターや増幅器などを一体化させた次世代の高周波集積回路の開発にもつながる。

研究の経緯

産総研は、次世代通信用高周波フィルターや過酷環境下でも利用できるセンサーへの利用を目指して、高い圧電性を示すAlN圧電薄膜の開発に取り組んできた。企業との共同研究で開発したSc添加(2008年11月21日 産総研プレス発表)やMgとNbを同時添加した(2016年3月18日 産総研プレス発表)AlNは、世界で最も高い圧電性を示す窒化物薄膜である。今回、この世界最先端の技術を背景に、村田製作所と共同で、これまでほとんど進んでいないGaN圧電体の開発研究に取り組んだ。

圧電体としてのGaN研究開発の問題点は作製方法にある。GaN圧電デバイスは、MOCVD法で作製されている。この方法は良質なGaN単結晶を作製できるが、製造コストがかかる。また、一般的に700 ℃以上の高い加熱が必要であり、高温加熱によって圧電デバイスに不可欠な電極に用いる金属は、不純物としてGaNを汚染してしまう。そのため、金属電極はGaN成膜後に複雑な工程で作製しなければならない。 GaN圧電デバイスの低温かつ低コストな作製技術が開発できれば、圧電体としてのGaNの研究開発が加速され、AlNと同じような圧電体としての応用が可能となる。

研究の内容

今回開発した技術では、GaNと結晶学的に相性のよいハフニウム(Hf)やモリブデン(Mo)の配向層を、あらかじめシリコン基板上に成長させて、その上に、比較的低温で成膜できるRFスパッタ法でGaNの配向薄膜を成長させる。X線ロッキングカーブ法で配向薄膜の結晶学的な品質を評価した結果を図1に示す。ロッキングカーブの半値幅(赤い矢印)が小さい方が配向薄膜の品質が良いことを示すが、シリコン基板上に直接成長させた薄膜より、HfやMoの配向層上に成長させた薄膜の方が配向性が良いことが分かった。このGaN配向薄膜の圧電定数d33は、MOCVD法などで作製された単結晶GaNの発表されている値と同等であり(図2、約3.5 pC/N)、良質な薄膜を作製できたことがわかる。今回開発した技術では、MOCVD法に比べて低い温度でGaN薄膜を作製できるため、コスト削減のほか、これまでGaN成膜後の複雑な工程が必要だった金属電極の作製も容易になる。また、比較的低温で作製できるので、他のデバイスや製品へGaN圧電体を付与できると考えられる。

X線ロッキングカーブの模式図(左)とシリコンや金属配向層上に作製したGaN圧電薄膜のX線回折ロッキングカーブの半値幅(右)の図

図1 X線ロッキングカーブの模式図(左)とシリコンや金属配向層上に作製したGaN圧電薄膜のX線回折ロッキングカーブの半値幅(右)

 さらに、AlNの圧電性能を飛躍的に高めることで知られているScの添加をGaNでも試みた。AlNは結晶のある一方向に圧電性を示すが、Scを添加すると結晶構造が少し変化して、その方向にイオンが動きやすくなり、圧電性が向上すると考えられている。今回開発した金属配向層を利用する作製方法により、同じ結晶構造をもつGaNにScを添加した圧電薄膜を作製した。その結果、圧電定数d33は著しく向上し、Sc無添加のGaNの4倍である約14 pC/Nを示した。これまでの作製技術では、Scのような異種元素を添加すると良質な配向薄膜を作製できなかったが、今回開発した方法により、Scを添加しても良質な配向薄膜を作製することができた。今後、この作製方法を利用することで、圧電体としてのGaNの研究開発が促進されると考えられる。

 さらに、今回開発した方法により作製したGaN圧電薄膜を用いてBAW型高周波フィルターを試作し、共振特性を調べところ、Sc無添加の薄膜もScを添加した薄膜も良好な共振特性を示した。特にScを添加した薄膜の電気機械結合係数k2は約6 %と、無添加単結晶の3倍の高い値を示した。なお、今回作製したSc添加GaNの圧電定数d33や電気機械結合係数k2は、現在のところGaN系としては世界最高値である。

  単結晶GaN 今回作製した
GaN
今回作製した
Sc添加GaN
先行研究の
Sc添加GaN
圧電定数
d33 (pC/N)
2.9~3.7 3.5 14.5
電気機械結合係数
k2 (%)
2 1 6 0.3
図2 今回作製したGaN圧電薄膜と他のGaN薄膜の圧電性能の比較

今後の予定

今回開発した方法により、GaN圧電薄膜へ異種元素を添加できるようになったので、高価なレアアースであるScに替わる安価な元素の探索と、さらに圧電性能を向上させるための構造制御技術の開発を行う。

用語の説明

RFスパッタ法
薄膜の作製方法の一つで、真空中で薄膜を作製する。比較的低温で成膜できる方法。高周波(RF)電源を使って物体に高速で粒子をぶつけると、原子が飛び出す(スパッタ)。それをシリコンなどの基板の上に堆積させて、目的の結晶を成長さて薄膜を形成する。[参照元へ戻る]
圧電(体)
圧電とは、物質に圧力を加えると圧力に比例した分極(表面電荷)が現れる性質。物体の運動や位置変化による機械的エネルギーを電気エネルギーに変換でき、その逆も可能。この性質をもつ物体が圧電体である。[参照元へ戻る]
スカンジウム(Sc)
金属元素であり、高価なレアアースの一つ。[参照元へ戻る]
高周波フィルター、BAW型高周波フィルター
必要な周波数を通し、不必要な周波数を遮断するもので、スマートフォンなど通信機器では不可欠な部品である。BAW(Bulk Acoustic Wave)フィルターはその一種で、圧電材料の共振振動を利用する。高周波に対応でき、今後の通信方式の高周波数化に対応できると期待されている。[参照元へ戻る]
エナジーハーベスター
身の回りの、振動や光、風、熱などの微小なエネルギーを収穫して、電力に変換する素子。[参照元へ戻る]
配向
多くの結晶が集まって構成されている物質の組織形態の一つ。構成する多くの結晶の一つの方位がそろっている。[参照元へ戻る]
単結晶
一つの結晶だけで構成される物体。欠陥が極めて少ない。電子材料として用いられるシリコンやGaNは単結晶が一般的。[参照元へ戻る]
圧電定数 d33
圧電性能の大きさを表す定数であり、d定数やg定数などがある。単位はpC/N。 添え字は物体の方向を意味する。d定数は圧電ひずみ定数と呼ばれて、加えた力に対する電荷密度の変化を表す。[参照元へ戻る]
高周波デバイス、高周波集積回路
電波などの高周波の送受信、フィルタリング、増幅などを行うデバイス。高周波集積回路はこれらを一つの素子に集積したもの。[参照元へ戻る]
MOCVD法
有機金属気相成長法。薄膜の作製技術の一つ。主にGaNなどの化合物半導体の作製に用いられる。有機金属とガスを原料とし、一般的に700 ℃以上の高温で作製する。LEDやトランジスタなどに用いられる、欠陥の極めて少ない薄膜を作ることができる。[参照元へ戻る]
X線ロッキングカーブ法
X線回折法の一つで、結晶の質を評価する測定方法。測定で得られたカーブの幅(半値幅)で結晶性や配向性を評価する。幅が小さい方が優れている。[参照元へ戻る]
電気機械結合係数 k2
圧電体において、電気エネルギーと機械的エネルギーの変換効率に関係する係数。高いほど変換効率が高いことを示す。[参照元へ戻る]
レアアース
流通量が少ないレアメタル(希少金属)の中で、スカンジウムやイットリウムの2つの元素と、ランタノイド族15個元素の総称。採掘や精錬のコストが高い。[参照元へ戻る]

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