ポイント

  • 窒化アルミニウムにマグネシウムとニオブを添加して世界最高水準の性能を持つ圧電材料を開発
  • レアアースのスカンジウムを使わずに安価なマグネシウムとニオブで圧電性能を向上
  • 次世代通信機器用の高周波フィルターやセンサーネットワークへの利用に期待

概要

-スカンジウム添加窒化アルミニウムと同等レベルの性能の圧電材料-

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)製造技術研究部門【研究部門長 市川 直樹】センシング材料研究グループ 上原 雅人 主任研究員と秋山 守人 副研究部門長らは、株式会社 村田製作所【代表取締役社長 村田 恒夫】(以下「村田製作所」という)と共同で、高価な元素を使わずに、窒化物として世界最高水準の性能をもつ圧電材料を開発した。

圧電材料である窒化アルミニウム(AlN)は高いQ値を持つため、モバイル通信用のFBAR高周波フィルターに使用されているが、今後の通信方式の進化に向けて圧電性能の向上が求められている。レアアースの一つであるスカンジウム(Sc)を窒化アルミニウムに添加すると飛躍的に圧電性能が向上するが、スカンジウムは非常に高価であり、代替できる元素の探索が行われてきた。

今回、窒化アルミニウムに安価なマグネシウム(Mg)ニオブ(Nb)を同時に添加することで、スカンジウム添加窒化アルミニウムと同等レベルの圧電性能を実現した。この性能は窒化物の圧電材料としては世界最高水準であり、レアアースを含まずに安価に製造できるため、次世代の高周波フィルターへの応用が期待される。また、膨大なセンサーが必要とされるIoTスマートマニュファクチャリングなどのセンサーネットワークの実現に向けたキーデバイスとしての利用が考えられる。

なお、この技術の詳細は、平成28年3月19日に東京工業大学(東京都目黒区)で開催される第63回応用物理学会春季学術講演会で発表される。

作製した圧電薄膜の断面の電子顕微鏡写真(左図)と結晶構造の模式図(右図)の画像

作製した圧電薄膜の断面の電子顕微鏡写真(左図)と結晶構造の模式図(右図)

開発の社会的背景

さまざまな周波数を選別する高周波フィルターは、スマートフォンなどの通信機器に不可欠な部品の一つである。なかでも、FBAR高周波フィルターは、次世代の通信機器でも利用が期待されている。圧電材料である窒化アルミニウムはQ値が高いため、ほぼ全てのFBAR型フィルターに利用されているが、今後の通信の高周波化や周波数帯の近接化に向けて圧電性能の飛躍的な向上が必要とされている。

一方、IoTやスマートマニュファクチャリングなどのセンサーネットワーク実現のためには、センサー機能と自己発電機能をもつ安価なデバイスが膨大な数で必要である。高温安定性に優れた圧力センサーでもある窒化アルミニウムは、振動などから電気エネルギーを生み出すこともできるので期待されている。しかし、現在の圧電性能は低く、センサーネットワークへの利用には十分でない。

産総研では、窒化アルミニウムにスカンジウムを添加して、圧電性能を飛躍的に向上させていた。しかし、スカンジウムは高価なため、部品としての製造コストが非常に高くなり高周波フィルターに利用するには難しかった。そのため、スカンジウムに匹敵する圧電性能向上を実現する代替元素の探索が求められていた。

研究の経緯

スカンジウムの安価な代替元素の探索は、海外を含めて、さまざまな機関で進められ、二種類の元素の同時添加の研究も行われている。しかしこれまで、スカンジウム添加の半分程度の性能を持つものしか報告されていない。そこで産総研は、村田製作所との共同研究で、さまざまな二元素の同時添加の効果を調べ、窒化アルミニウムの圧電性能の向上を目指した。

研究の内容

窒化アルミニウムの圧電性能を高めるために、スカンジウム以外の元素の添加効果を調べた。試料は三元同時反応性スパッタリング法を用いて、アルミニウム(Al)と添加元素を同時にスパッタリングし、窒素と反応させて作製した。いくつかの元素の添加効果を調べたところ、マグネシウムとニオブを添加すると飛躍的に圧電性能が向上した。

図1に作製した試料の圧電性能と、マグネシウムとニオブの添加量の関係について、作製条件(圧力、温度、ニオブ/マグネシウム組成比)ごとに示した。マグネシウムとニオブの添加量の合計が約0.65のときに、スカンジウム添加と同等の圧電性能(圧電定数d33:22 pC/N)を示した。これは、レアアースである高価なスカンジウムを含まない窒化物では、現在報告されている中では世界で最も高い値である。他の元素の研究例ではスカンジウム添加窒化アルミニウムの半分程度の性能しかない。スカンジウム添加と同等の圧電性能をもち、しかも安価に製造できるこの材料は、次世代の高周波フィルターへの応用が期待される。さらに、圧電性能が向上したことで、振動などから電気エネルギーをさらに高効率で生み出せるようになり、IoTやスマートマニュファクチャリングなどのセンサーネットワークの実現を支えるデバイスとしての利用が期待できる。

 種々の条件で作製した試料のマグネシウムとニオブの合計添加量と圧電性能の図  

図1 種々の条件で作製した試料のマグネシウムとニオブの合計添加量と圧電性能

 

今回開発したマグネシウム/ニオブ添加窒化アルミニウムの結晶構造を図2に示す。スカンジウム添加窒化アルミニウムや他の報告例では、結晶格子のa軸(横)が長くなってc軸(縦)/a軸(横)の比率が小さくなり、イオンが上下方向に動きやすくなる構造に変化すると圧電性能が高くなる。今回の材料も同様に、マグネシウムとニオブの合計添加量が多くなるとともに結晶格子のa軸(横)は長くなり、c軸(縦)/a軸(横)の比率が小さくなっていることがわかった。圧電性能が向上した詳細な要因については研究を継続している。

   作製した試料の格子定数のマグネシウムとニオブの合計添加量依存性の図  

図2 作製した試料の格子定数のマグネシウムとニオブの合計添加量依存性

今後の予定

今回開発したマグネシウム/ニオブ添加窒化アルミニウムの内部構造解析を行い、高い圧電性能を示すメカニズムの解明を行う。また、他の元素の添加効果を調べ、圧電性能の高い窒化物圧電材料の探索を進める予定である。

用語の説明

圧電材料
圧電とは、物質に圧力を加えると圧力に比例した分極(表面電荷)が現れる性質。物体の運動や位置変化による機械的エネルギーを電気エネルギーに変換でき、その逆も可能。この性質をもつ材料が圧電材料である。[参照元へ戻る]
窒化アルミニウム(AlN)
金属元素であるアルミニウムと窒素の化合物。[参照元へ戻る]
Q値
音波などの弾性波の伝播で、物質の吸収によるエネルギーの減少に関係する値。Q値が高いと波は減衰しにくく、高周波フィルターとして適している。[参照元へ戻る]
高周波フィルター、FBAR高周波フィルター
必要な周波数を通し、不必要な周波数を遮断するもので、スマートフォンなどの通信機器では不可欠な部品である。
FBAR(Film Bulk Acoustic Resonator)高周波フィルターは、高周波フィルターのBAW(Bulk Acoustic Wave)フィルターの一種で圧電材料の共振振動を利用する。高周波に対応でき、今後の通信方式の進化に対応できると期待されている。[参照元へ戻る]
レアアース
流通量が少ないレアメタル(希少金属)の中で、スカンジウムやイットリウムの2つの元素と、ランタノイド族の15個の元素の総称。採掘や精錬のコストが高い。[参照元へ戻る]
スカンジウム(Sc)
金属元素であり、高価なレアアースの一つ。スカンジウムは埋蔵量としては少ないわけではないが、濃縮した鉱石があるわけでなく、ほとんど他の鉱物の副産物としてしか回収されていない。また、回収されるのはスカンジウム酸化物であり、スカンジウムだけを取り出すのは容易ではなく、高価になってしまう。このため、スカンジウムはほとんど産業利用されていない。[参照元へ戻る]
マグネシウム(Mg)、ニオブ(Nb)
どちらも金属元素。スカンジウムに比べて入手が容易でコストも低い。[参照元へ戻る]
IoT、スマートマニュファクチャリング、センサーネットワーク
人だけでなく、機械やインフラに通信機能を持たせて、インターネットでつないで情報を相互共有し、これらをリアルタイムで解析・管理することで、製造業の生産性向上や新たなサービスの創出、安心・安全を高めるようとする取り組み。IoTとは Internet of Thingsの略称。スマートマニュファクチャリングは製造業などに特化したものである。センサーネットワークとは、これらを支えるインフラであり、複数のセンサー付無線端末を散在させ、環境や物理的状況の変化を採取するネットワークのこと。[参照元へ戻る]
三元同時反応性スパッタリング法
スパッタリング法とはチャンバー中に設置した基板とターゲット(成膜したい物質)との間に高い電圧をかけ、チャンバー中のガスをイオン化し、ターゲットに衝突させてはじき飛ばされた物質を基板に成膜させる方法である。このスパッタリング法によって、三つの物質を同時にはじき飛ばし、雰囲気中のガスと反応させて目的の物質を作製する方法が、三元同時反応性スパッタリング法である。[参照元へ戻る]
圧電定数
圧電性能の大きさを表す定数であり、d定数やg定数などがある。単位はpC/N。 d定数は圧電歪定数と呼ばれて、加えた力に対する電荷密度の変化を表す。[参照元へ戻る]