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研究者紹介
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 本連載では、研究者の方との対談形式を取り、研究内容をわかりやすく解説することをコンセプトとし、研究者個人にもフォーカスをあてた内容を目指しています。連載第7回は、ナノポーラス設計チーム 池田卓史さんです。池田さんは平成15年より産総研東北センターで研究を始め、現在はゼオライトの構造解析に取り組んでいます。なお、本文中の研究キーワードアイコンは、3ページの研究キーワードに掲載された専門用語を示していますので、そちらもあわせて御参照ください。

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X線というと、レントゲンに使うイメージがあります。池田さんは物質の構造解析にX線を利用しているそうですが、そのメリットはなんですか?

 X線研究キーワードは電磁波の一種で、私たちの目に見える光(可視光)より波長が短いものです。可視光や紫外線などを物質にあてると、あてた光の一部が物質に吸収されることがあります。赤く見える物質は、赤以外の可視光を吸収しているから赤く見えますし、中には、紫外線を吸収して発光する物質もあります。物質を分析する場合、対象にあてた光が吸収されると、正確なデータをとることが難しくなります。一方、X線は、一般的には物質に吸収されず通り抜ける特長があるので、分析用途に向いているのです。X線にはもう1つ特徴があります。X線を物質にあてると、回折といって、透過する際にX線の進む角度が変化します。X線の進む角度の変化は、物質を構成している原子の種類や並び方によって変わります。
この回折という性質を物質の構造を調べるために利用するのです。X線の進む角度がどの位変わったかを測定することで、原子の種類や並び方という、物質の構造を把握することができます。私は、このようなX線の性質を利用して、物質、主に新しく合成されたゼオライト研究キーワードの結晶構造を解析(X線解析)する研究をしています。
  X線による構造解析は、産業分野でも利用されています。たとえば、セメント生産現場です。セメントは石灰石や粘土など、複数の原料を混ぜて生産していますが、これらの物質が一定の割合で混ざっている必要があります。そのため、生産したセメント製品を粉末X線回折法により測定して、規格どおりの製品に仕上がっているかを確認するのです。
 そのほか、近年では医薬品の製造分野でも応用されています。例えば、鎮痛作用があるインドメタシンには、結晶構造のバリエーション(多形)が3種類(α,β,γ型)あります。このうちγ型だけが結晶として安定な構造です。製造過程で多形は極めて重要な問題となっていて,それを確認するために粉末X線回折が用いられています。このように、X線解析は、物質生産における工程管理や品質管理の場面で利用されています。

ゼオライトの構造解析をしようとしたきっかけは?

 研究者はみんなそうだと思いますが、新しい未知なものを知りたいという気持ちがあったのです。学生時代に興味を持って入った研究室が、X線の研究室だったので、そこで学んだセオリーを使って物質の構造解析をしたいと思ったのがきっかけでした。ゼオライトを研究対象のメインにしたのは、ゼオライトの持つ構造の美しさに魅せられたからです。また、何も情報の無い物質の構造を一から探るという研究、特にゼオライトのような粉状の物質に対しての構造解析に関する研究は、草創期を含めても20年くらいしか歴史が無い新しい分野だったことも興味を惹かれた理由です。

池田さんはその分野に国内で最初に挑んだ一人ですね。

 はじめは、論文を読んで見よう見まねで実験をしました。 恩師に相談しに行くこともよくありました。我流で解決した部分もかなりあります。当時、ゼオライトの構造解析をする研究者は他にいなかったので、ものめずらしい存在でしたね。だからこそ、装置の開発から実際の構造解析まで、幅広く研究できたと思います。

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<図1>粉末X線解析装置
  対象にX線をあてて、結晶構造を分析する粉末X 線回折装置。1mg 程度の試料で精密測定が出来るのが特長です。


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Q今メインで使っている装置も、池田さんが開発に携わったもの。

 メインで使っている装置は3台あり、私が開発に携わったものです。これらの装置では、0.1mg程度の微少量サンプルの分析や、-266〜1,100℃の温度範囲で測定できる点が特徴です。物質の中には、温度の違いによって、結晶構造が変化するものがあります。対象となる物質の温度変化による結晶構造の変化をリアルタイムで計測したり、化学反応に利用したい材料が反応温度でどのような構造をしているのかを計測したりできます。これまでの研究で得たノウハウを元にしながら装置開発に取り組んでいます。これに学生時代で学んできたセオリーを活かして構造解析に取り組んでいます。

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Q構造解析と言うとどのような流れで実施するのですか?

 私が取り組んでいる分野、原子レベルの結晶構造を解析する場合ですが、まず、粉末X線回折装置で対象物質のデータを取ります。必要に応じて、電子顕微鏡や固体核磁気共鳴装置など他の装置でもデータを集めます。こうして手に入れたデータを総動員して、コンピューターで解析します。解析プログラムには大体数百の数式が組み込んであり、これを動かして解析します。解析する物質の構造が複雑な場合、かかる時間は長くなると1,2年にもなります。このようにして解析した結果と、既存のゼオライトの構造に関する知見や他のデータから得た情報を照らし合わせて、矛盾のない結晶構造を導き出します。幾つもの測定データを解釈して妥当な構造を導く―――これが解析の仕事ですね。

Q解析の仕事では企業とも共同研究されることがあるようですが、いくつか例をあげてください。

 例えば、高シリカMFI型ゼオライトについて構造解析をしました。このゼオライトは、6-ナイロンの原料であるε-カプロラクタムを合成する触媒研究キーワードとして実用化されたものです。
このゼオライトには、骨格構造の一部に壊れている場所(格子欠陥)があります。この場所が触媒反応の活性点であるということは分かっていたのですが、それが、骨格構造のどの場所に分布しているのかが分かっていなかったのです。そこで、対象のゼオライトを様々な装置を駆使して調べたところ、骨格構造の特定の部分に非常に僅かな量の欠陥が生じていることが明らかになりました。
  その他、A型ゼオライト膜の構造解析を行いました。このゼオライトは、バイオエタノールの脱水プロセスで実用化されたものです。プラント使用前後のゼオライトの結晶構造を比較することで、脱水操作によりゼオライトの結晶構造が受ける劣化の程度を把握できました。

Q研究結果を応用すると、実用化したプラントの高性能化も期待できそうですね。ところで、池田さんは新しい骨格構造を持ったゼオライト、CDS-1を発見されましたね。日本では2例目の新型ゼオライトだったようですが。

 PLS-1という層状ケイ酸塩研究キーワードは、ゼオライトのように規則的な孔の空いた構造を持った物質です。この物質の構造を解析したとき、PLS-1を積み木細工のように積み上げるとゼオライトが合成できないかと考えました。このような合成法は過去に例のない新しいものでしたので、その点でも興味深い成果だったと思います。

Q様々な研究をしてきたようですが、中でも思い出になっている研究成果がありますか?

 最初に構造が未知の物質、HLS(Helix Layered Silicate)の結晶構造を解析できたときですね。解析を始めて半年くらい経ったときですが、パソコンとにらめっこをしていて、やっと構造のアウトラインが出てきたときは嬉しかったです。やっぱり構造解析屋なので、新しい構造が見つけられると嬉しいです。だから生涯ずっとこの研究をやっていきたいですね。今まで以上にポーラス物質の構造研究を進めていきたいと思っています。また、日本発の新規ゼオライトの合成例がまだまだ少ないので、新しいコンセプトでゼオライトを合成する研究にも関わっていきたいですね。

Q今日はどうもありがとうございました。

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池田さんお気に入りの写真
 メインで使っている粉末X線回折装置と共に。この装置は東北センターだけのスペシャルモデルだそうです。

http://unit.aist.go.jp/tohoku/ UP