産総研 東北 Newsletter
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研究者紹介
川波さん 本連載では、研究者の方との対談形式を取り、研究内容をわかりやすく解説することをコンセプトとし、研究者個人にもフォーカスをあてた内容を目指しています。
  連載第5回は、コンパクトシステムエンジニアリングチーム川波肇さんです。川波さんは平成12年より産総研東北センターで研究を始め、現在は超臨界水・亜臨界水を用いた物質合成についての研究に取り組んでいます。
  なお、本文中の研究キーワードアイコンは、3ページの‘研究キーワード’に掲載された専門用語を示していますので、そちらも合わせて御参照ください。

有機溶媒の代わりに水を使う化学反応の実用化を目指している
 私たちのチームでは、超臨界流体など、高温・高圧状態の水や二酸化炭素を使った物質の合成法を実用化するための研究を行っています。その中で、現在の私は超臨界水研究キーワードや亜臨界水研究キーワードを使った有機化合物の合成をメインに研究をしています。
  超臨界水は、私たちの日常生活では余り馴染みがありません。しかし、深海には熱水噴出孔という高温の水を噴出している場所があり、中には、超臨界水を噴出している熱水噴出孔もあります。この様な熱水噴出孔の周辺では、アミノ酸などの生命に重要な有機化合物が作られていると考えられています。そのため、地球上に生命が誕生する過程でも、この超臨界水を含む高温・高圧状態の水が重要な役目を果たしてきたのではないかと想像されています。このように、超臨界水を含む高温・高圧状態の水は有機反応を行う上で、実は大変興味深い背景があるのです。

超臨界水は化学反応の場として自然界に存在しているのですね。

 そうです。ここで超臨界水の性質を簡単に説明しましょう。
例えば、水は超臨界流体になると、塩化ナトリウムなどの塩は溶けにくくなる代わりに、有機化合物を溶かしやすくなります。

また、亜臨界水は、酸化や加水分解、脱水反応などの化学反応を促す性質が出てきますし、超臨界水になると水分子同士の結合が失われることで、酸としての性質も表れてきます。この性質を利用して、トルエンなどの有機溶媒の代わりに超臨界水・亜臨界水を使う有機反応・有機合成法の研究をしています。なお、亜臨界水は、超臨界水に比べてより低温・低圧であるため、安全性の面からも取り扱いやすいメリットがあります。近年は、高温高圧な条件で利用できるマイクロリアクター研究キーワードを用いることにより、亜臨界水を用いても各種有機物の合成・反応・分解等を効率よくできるようになりました。

マイクロリアクターを使うと、余分な反応を防いで必要な反応のみを行える
マイクロリアクターを利用して化学反応を行うメリットは何ですか?

 従来、超臨界水・亜臨界水を用いた化学反応では、目的の反応温度に昇温したり、反応後に冷却したりするのに時間がかかるため、その間に原料や合成した化合物が分解されてしまって、高い収率が得られない問題がありました。マイクロリアクターを使うと反応条件までの急速昇温・急速冷却が出来るため、余分な化学反応を防いで高い収率を得ることが出来ます。例えば、o-アリルフェノールをクライゼン転位で合成する反応ですが、従来は合成に6時間くらいかかるうえ、収率は約85%でした。しかし、亜臨界水とマイクロリアクターを組み合わせた反応では、触媒を使わずに2分程度で反応が終わり、98%という高い収率が得られます。この反応は、ビタミンD3の合成にも応用できるものです。

高い収率と反応時間の短縮が実現するのですね。

会議

HMF
 また、この方法で合成した生成物が疎水性の場合、常温・常圧に戻すと、生成物と水は自然に分離され、2層になります。今までの有機溶媒を用いた方法では、反応後に生成物の回収のために分離プロセスが必要ですが、この方法なら大規模な分離プロセスは必要ありません。もちろん、反応に使用した水は、リサイクルして再度使う事が出来ます。他にも、エステル化、ニトロ化など、有機化合物の合成に重要な反応の多くが超臨界水、亜臨界水を使った反応で実現できます。しかも、化合物の特定部位をエステル化することも可能ですので、望んだ化合物を効率的に合成することが出来ることが大きな特徴です。
Q狙った部分をピンポイントで反応させることが出来るので不純物が生じにくいわけですね。他にも利点はありますか?
 もちろん、有機溶媒を使わずに、水を用いるので、環境への負担が少ないという点があります。また、超臨界水・亜臨界水にマイクロリアクターを組み合わせた化学反応を考えると、薬品など、高付加価値の物質を少量で多種類作れるという利点があります。例えば、ある物質を100g 合成しようとしたときに、従来の方法ですと、容量が数リットルの反応器を使って長い時間をかけて作る必要がありますが、マイクロリアクターなら、容量の小さい装置で短時間に合成できますので、省エネルギーにもなります。また、装置自体もコンパクトに作れますので、必要なものを必要なときにその場で合成するという方法も夢ではないと思います。
Q必要なものを必要な量だけ合成することで、無駄の少ないプロセスが実現できますね。
 とはいえ、多種多様な化学反応の条件を実験によって確認することは、時間的な制約などから限界があります。そこで、実験結果をデータベース化して、このデータを元に適した実験条件を予測する、シミュレーションの活用による研究の効率化についてもアプローチしています。マイクロリアクターの設計に関しては、シミュレーション結果の活用が進んでいますので、目的の物質を最適なマイクロリアクターを使って効率よく合成する事が可能となってきています。今後、温度や反応時間など化学反応に関する様々な条件についてもシミュレーション技術を向上させていきたいと考えています。シミュレーション技術の向上は、プラント設計など産業化を目指す場合にも大いに役立つと思っています。
水とマイクロリアクターの組み合わせで、多くの化学反応に対応できると感じている
Q実際に研究している内容をいくつか教えてください。
 たとえば、糖を原料にしてHMF(5−ヒドロキシメチルフルフラール)を合成する方法があります。HMFは、鎌状赤血球症の特効薬として、またメタボリック症候群、高血圧、糖尿病の予防になる物質として期待されている物質です。従来の方法では効率的にHMFを合成することが難しかったのですが、亜臨界水とマイクロリアクターを組み合わせることで、環境への負担を抑えながら、短時間に高収率でHMFを合成することができました。
  そのほか、マイクロリアクターの改良についても検討しています。従来の方法では、原料に加えて触媒を水の中に混ぜた状態で化学反応を行っていましたが、触媒が化学反応中に機能を失ったり、マイクロリアクターに触媒が詰まってしまったり、化学反応後に生成物と触媒を分離する必要があったりしました。そこで、触媒をマイクロリアクターに固定する方法を新たに開発して、これらの問題を解決し、効率的な化学反応を実現しました。
Qなるほど。物質合成から装置の改良まで幅広く検討しているのですね。ところで、超臨界水・亜臨界水を使った化学反応は、どのくらいのポテンシャルを持っているんでしょうか?
 生産量が少ないという問題は、これからクリアーする必要がありますが、超臨界水や亜臨界水とマイクロリアクターを組み合わせることで、多くの有機反応が有機溶媒を使わずに、短時間で、効率的に行う事ができるようになると考えています。そのためには、触媒の選択やマイクロリアクターの改良、実験結果のデータベース化など研究・開発する部分は多いのですが、様々な化学反応に幅広く適応できる可能性が見えてきたなと考えています。
Qまだまだ多くの可能性を秘めた化学反応場なのですね。今日はどうもありがとうございました。
チームお気に入りの写真
川波さんお気に入りの写真
水泳や野球など、スポーツが好きな川波さん。週末は、子供とサッカーなどに興じています。

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