産総研 東北 Newsletter No.26
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研究者紹介 鈴木 明  チーム長 インタビュー

 本連載では、研究者の方との対談形式を取り、研究内容をわかりやすく解説することをコンセプトとし、研究者個人にもフォーカスをあてた内容を目指しています。
連載2回目は、膜反応プロセスチームに所属する西岡将輝さんにインタビューを行いました。西岡さんは、平成15年より産総研東北センターにて研究活動を始め、現在、マイクロ波加熱技術を利用した化学反応システムの開発を行っています。
 なお、本文中のアイコンは、4ページの‘研究キーワード’に掲載された専門用語を示していますので、そちらも合わせて御参照ください。

マイクロ波と膜技術を組み合わせると、それぞれの弱点を克服できる
西岡さんの研究内容は、マイクロ波加熱と触媒反応等に用いる膜技術を融合したシステムを作るという、とてもユニークなものだと感じていますが。

 私は、反応器そのものを工夫する事、今までの化学プロセスに新しいコンセプトを加えた反応器を作る事で、環境負荷の小さな化学プロセスを提案できれば、という目的で研究しています。マイクロ波を使って化学反応を行うと、今まで1日とか何十時間とか消費していた化学プロセスが、1/100とか1/1000くらいの時間でできる、といった例が紹介されています。


化学プロセスの時間が大幅に短縮できれば、その分、低コスト、省エネルギーで目的とする化合物を生産できる可能性もありますね。

 他にも、収率が向上した例もあります。また、物質を合成する過程で、目的の化合物を作る際に不要な副産物が少なくなり、必要な化合物だけができる化学プロセスが実現した、という例もあります。また、マイクロ波を利用すると、有害な有機溶媒を使わずに化合物を合成できる、という報告もあります。副産物が多くできる化学プロセスでは、その分余分な原料を消費してしまいますし、有害物質を使う場合は、安全面や、無害化処理にコストがかかります。マイクロ波加熱を利用すれば、これらのコストを抑えられる可能性もあります。

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 一方、膜反応プロセスは、目的の化合物を生成する反応場と、生成物を分離する場所を一緒にしようというコンセプトです。一般的に、化学反応のプロセスは、原料を混ぜて反応させ、できた化合物を必要なものと、不要なものとに分離します。それぞれのプロセスに反応器や分離装置を作るとなるとプロセスが複雑になります。反応と分離を同時に行ってしまえば、工程がシンプルになりますし、規模も小さくできるのです。また、合成と分離を同じ場で行うと、合成した化合物をその場から素早く回収することができるので、せっかく合成した化合物が、分解してしまったり、収率が落ちるといった問題を防ぐメリットがあります。
 もちろん、これらの技術にも欠点があります。マイクロ波加熱の場合は均一加熱が難しいのです。電子レンジではターンテーブルを回す事で対象を均質に加熱しようとしています。逆に言うと、マイクロ波の照射ムラが生じやすいのです。
 膜反応にも問題点があって、反応と分離を一緒に行ってしまうと、反応が最適にできる温度と分離ができる温度が一致しない場合、反応と分離のどちらかの条件しか満たせません。反応と分離の独立制御ができないからです。


西岡さんが開発された装置は、これらの欠点を乗り越えるものですね。

 マイクロ波と膜技術を組み合わせると、それぞれの弱点を克服できると考えたのです。直径の大きな反応器では、奥までマイクロ波が通りにくいという特性があります。それなら、マイクロ波の透過できるサイズの膜反応器を複数並べて対応すればいいのです。
また、反応・分離における温度制御の問題ですが、マイクロ波の吸収のしやすさによって照射する対象の温度条件を変える事ができます。高温が必要な部分はマイクロ波をよく吸収する素材を、低温がいい部分は余り吸収しない素材を使って一つのシステムを作る。一つのシステムで、異なる温度場が実現できます。その方がマイクロ波の発信装置を2つ作るよりもコンパクトに作れます。とはいえ、マイクロ波の均一加熱の実現は難しかったのです。液体を加熱する場合はかく拌ができますが、私が想定している固体触媒ではかく拌が困難です。


開発した加熱法は、設計に裏づけられた結果が出せる
西岡さんは、装置開発にあたって液体ではなく固体触媒を利用されましたが。

 液体の中に触媒を拡散しておく方法では、溶液中から生成物を分離・回収する操作が必要です。分離プロセスにおける生成物のロスをなくす方法、また、触媒が反応系から出て行かない方法、すなわち触媒を反応系内に固定する方法が望ましいのです。化学プロセスを効率化するためには、固体触媒が適当なのです。ところが、私がこの研究を始めたときには、固体触媒を均一に加熱する方法が無かったのです。
 電子レンジのような装置ですと、装置内のマイクロ波の乱反射や散乱をコントロールすることが難しいのです。マイクロ波が重なり合う部分は加熱エネルギーが強くなりますし、場所によっては全くあたらない部分もできてしまいます。そこで私は、定在波を使って加熱する方法を利用しました。化学反応を行う反応器内に、定在波だけが存在する環境をつくれば、設計した通りの熱エネルギーを反応場に均一に提供できます。マイクロ波加熱に関わる研究分野が、確立された体系になっていない理由のひとつは、実験に再現性がないためなのです。従来のマイクロ波加熱に関する実験では、マイクロ波を照射したとき、試料を均一に加熱することが難しかったのですが、私達が開発した定在波を利用した加熱法は、少なくともその場所にどれだけのエネルギーがかかっているのかに関しては、設計に裏づけされた結果が出てきますので、再現性が高いのです。この結果は、学術的な意味も大きいですし、また産業界に与えるインパクトも大きいと考えています。


確かに、設計通りの結果が出て初めてコスト計算ができます。ところで、今回開発された装置を使ってどのような研究をされていますか?

 例えば、VOC(揮発性有機化合物)の分解などを試みています。マイクロ波加熱を利用する分解法は、他の方法に比べて、対象となる化合物の幅広い濃度に対応できるという長所があります。酸化反応に優れた触媒を利用して有機物を酸化分解する方法により、様々な種類のVOCを分解できると考えています。
 この場合、マイクロ波加熱による殺菌効果も併用できます。他にも、パラジウム薄膜を利用した水素分離装置の開発も行っています。今後は、マイクロ波を利用した有機合成反応にもチャレンジしようと考えています。

今までマイクロ波の利用ができなかった場面にも対応できる装置が開発できた
この装置は、どのような方を対象にしたものですか?

 これは経済産業省の受託費の中小企業支援型という枠組みで研究させていただいているものです。今回の私のプロジェクトの目的は、研究室で使ってもらう実験装置をつくる事なのです。研究者の方がよく行われている実験系で、マイクロ波をかけてみたらどうなるのか、今まで装置の制約からマイクロ波の利用ができなかった場面にも対応できる装置になると期待しています。
 私の装置で特徴的なのは、発振器にマグネトロンではなく固体素子を利用している点です。固体素子は半導体の一種なので、容易に発振する周波数を制御することが出来ます。具体的には、周波数2.3〜2.7GHzの範囲なら、この装置ひとつでデータをとることが出来ます。反応器の中に入れる試料が変更されたときなど、従来なら反応器そのものの寸法を変更しなければならなかった場合でも、発振周波数を変えるだけで対応できるようになります。
 また、マイクロ波を利用する反応系は、従来はバッチ式が主流でしたが、今回開発した装置は、フロー式ですので、産業化などを目指した研究にも応用できると思います。また、フロー式の利点として、装置の末端にガスクロマトグラフィーなどの分析機器を接続すれば、実験結果がリアルタイムで確認できるという面もあります。東北センターの中に、この装置を使える環境があり、効果が出るかどうかをまず試せますので、ご興味のある方は是非、ご連絡ください。


非常に魅力的な装置ですね。本日はどうもありがとうございました。


西岡さんお気に入りの写真:お子さんと一緒にカヌーを漕ぐ西岡さんと、子供達と作ったバードハウス。 毎日、楽しく過ごすことを心がけている西岡さんは、週末はご家族でキャンプをするなど、アウトドアを楽しまれているそうです。




http://unit.aist.go.jp/tohoku/ UP