研究テーマ紹介

研究課題:アモルファス材料

機能性アモルファス材料の先端計測・計算科学・数理解析による構造秩序抽出

原子配列に秩序を持たないアモルファス物質は次世代の機能性材料として注目を集めており、例えば、自動車用2次電池の電極材料や固体電解質としての応用が期待されています。材料の機能を理解するためには構造解析・抽出が不可欠ですが、一見秩序のない構造を持つアモルファス材料の場合は周期性を有する結晶材料とは異なり大変困難です。本研究では、電子線イメージング等の先端ナノ計測、分子動力学法・逆モンテカルロ法等の計算機シミュレーション、および計算ホモロジー解析・ボロノイ多面体解析等の数理解析を組み合わせることにより、アモルファス構造に潜む秩序を明かにします。さらに、得られた情報をもとに機能性発現メカニズムの解明を目指します。これまでに行った具体的な事例として、アモルファス金属における幾何学フラストレーションの解析や不均一アモルファス酸化物の複雑に入り組んだナノ構造のモデリングなどが挙げられます。

アモルファス材料の構造抽出法

研究課題:アモルファス材料

多胞体コードを用いたアモルファス材料の不規則な原子配置の解明

原子の並び方によって材料の性質が変わるため、材料の性質を調べるためには原子配列を理解する必要があります。原子が周期的に並んだ結晶の原子配列を理解することは簡単ですが、原子が不規則に並んだアモルファス材料の原子配列を理解することは挑戦的な課題です。そもそも、不規則に並んだ原子の配列パターンを解析するための手法が確立されているとは言えない状況です。そこで、不規則な原子配列を解析するための基礎理論として多胞体コードを創出しました。この新しい数理的手法を、シミュレーションを用いて作成したアモルファス構造モデルのボロノイ多面体解析に適用し、人間が理解可能な形でアモルファス材料の原子配列の特徴を抽出します。

ボロノイ多面体解析では、原子をボロノイ多面体に置き換え、ボロノイ多面体が空間を埋め尽くすモデル(これは「ボロノイ多面体によるタイリング」と呼ばれている)として原子配列を表現します。 多胞体コードをボロノイ多面体解析に適用すると原子の配列パターンを簡単な数列で表現することができます。

研究課題:ソフトマテリアル

非平衡ソフトマテリアルの構造形成

高分子、液晶、コロイドなどの複合材料であるソフトマテリアルが示す動的な構造形成の数理について研究を行っています。完全に周期的な構造だけでなく、転位や回位などの欠陥を含む不均一性の運動性や機能との関係、制御を可能にしたいと考えています。内部自由度を持った分子が自己組織化することによって複雑なパターンを生み出すことを、非線形偏微分方程式を用いて記述します。一例として、ヤヌス粒子などの方向性を持つ粒子の動的な凝集構造や機能についての数理モデルを構築しました。生体分子や生体模倣材料のような、動的に環境へ応答、適応するスマートなシステムへの応用を考えています。

欠陥が織りなす空間構造 --- 非線形偏微分方程式によって得られる層状構造内および三角格子内の転位のダイナミックス(上)。不純物と粒界に生成する欠陥(上右、青赤丸)と三次元のらせん転位(上左)。ヤヌス粒子が示す自己凝集構造と配列構造(下)。

研究課題:ソフトマテリアル

ソフトマテリアル材料のモデリング技術と非平衡ダイナミクスの研究

高分子のようなソフトマテリアル材料の開発は常に様々な問題に直面しています。例えば、これらの材料の機能が発現するスケールがメソスケールという原子・分子以上のスケールとなっており、どうしても分子集合体以上のサイズの構造制御が必要となります。またソフトマテリアルは、電子系に比べて相関が弱いために、非平衡状態となることも多く、その非平衡状態をうまく制御して製品とされている場合も少なくありません。これらの材料の制御にはメソスケールにおいて、機能・構造に直接関与するエッセンスのみを抽出したモデリング技術が必須となることから、我々はそのモデリング技術、及びそのダイナミクスについて、研究を行っています。右図には、非平衡ダイナミクスが関わる例として、ナノ粒子充填高分子ブレンド系の相分離構造と、ブロックポリマーリソグラフィーの結果を示しています。

ナノ粒子が充填された高分子ブレンド系の相分離構造モデリング ブロックポリマーリソグラフィーの欠陥構造解析

研究課題:ソフトマテリアル

逆問題的手法を用いた実験データ処理法の開発

最適化・ベイズ推定・機械学習などを用いた、画像データなどをはじめとする実験データの処理方法を開発しています。
・ 電子顕微鏡による2次元撮像を組み合わせ、内部を含む3次元構造を再構成する(下図の例)
・ 局所電子線回折像とホログラフィ像など、互いに異なる測定による実験データ同士を統合する
など、実験データから得られる結果の質の向上、新たな使い方の模索などを行います。


研究課題:ソフトマテリアル

マルコフ確率場による統計的機械学習モデリング

マルコフ確率場は状態変数を頂点、状態変数間の相互作用を辺として表現した無向グラフ表現により表される構造を持ち、グラフィカルモデルとも呼ばれています。与えられた教師データのセットからこの無向グラフ表現における各辺に割り当てるべきポテンシャル関数を同定することができます。同定においては確率伝搬法と呼ばれる確率的計算方式と統計学における最尤法が用いられます。下図は30枚の標準画像から画像の事前分布における最近接画素間の階調値の相互作用ポテンシャル関数が同定できることを表しています。このポテンシャル関数はノイズ除去に有効に機能することが知られています。本研究課題では画像に限らず様々のデータから問題設定ごとに基本的役割を担うポテンシャル関数の同定を可能とするユニバーサルな理論体系の構築を目指しています。

マルコフ確率場と確率伝搬法による教師あり学習からのポテンシャル関数の同定

研究課題:ソフトマテリアル

機械学習のニューフロンティアに挑む

「機械学習」という言葉が世の中を席巻して久しいものの、実際に機械学習によるブレークスルーを目の当たりにした人はどれだけいるのでしょうか。良質なデータを利用しなければ、いかに良い方法であっても本当に知りえなかった新しい知見には到達しません。そこで自然科学の研究者、応用を意識した材料科学の研究者が魂のこもったデータ解析を行ったらどうなるでしょうか。自然界にどれだけのデータがありふれているでしょう。そしてその自然界のルールをどれだけ人間が見出してきたでしょう。その営みを絶やすことなく、方法論として「機械学習」を導入することで科学の深化を促進します。

深層学習の性能評価「機械学習に潜む相転移」 少ないデータでも本質を掴む「スパースモデリング」

研究課題:2次元材料

トポロジーと電気伝導特性理論モデル

理論モデル構築により材料物性の理解と電子デバイス機能の予言を目指した研究を行っています。特に、カーボンナノチューブ、グラフェンなど低次元のナノ炭素材料、および新しい原子層物質などを中心に、その特異な電気伝導特性を研究しています。例えば、カーボンナノチューブに不純物が付着しても、電気伝導は全く妨げられず、理想的な電気伝導体になることを理論的に予言しました。これを、ベリーの幾何学的な位相と関係付けて理解しました。この例のように波数空間の幾何学と材料の特性を結びつける研究分野が大きく発展し、トポロジカル絶縁体、ワイル半金属といった特異な表面状態を持つ材料がスピントロニクスへの応用なども含め注目されています。 また、グラフェンの電子状態にはKバレーとK’バレーと呼ばれる2つのバレーからなる構造が知られていますが、このバレーの自由度をスピンの自由度の代わりに使ったバレートロニクスに関する研究を進めています。図1は単層、2層グラフェン境界におけるKバレーの左に偏極した伝導を示します。一方、K‘バレーでは逆に偏極するのでグラフェン層境界はバレーフィルタとなることを、理論的に予言しました。

単層、2層グラフェン境界におけるバレー分極伝導

研究課題:2次元材料

数理・情報による材料開発革新
材料科学と人工知能/ビッグデータ解析とのコラボレーション

最先端幾何学は、複雑構造中の秩序の抽出や材料科学者の直感を数値化・記述することにより、「プロセス・構造・機能」の相関を明らかにします。特に、離散幾何解析学は、「マルチスケール構造」の理解に有効なツールとなります。 例えば、カーボン低次元系での「曲率」、カーボンネットワークでの「安定指標」は、系の輸送現象の解析に有益な数理指標です。電子の「スピン」や「エネルギーバンド構造」のトポロジーに起因する現象(トポロジカル絶縁体など)では非可換幾何学が有効なツールとなります。「マルチスケール構造」に関し、数学はスケール間の橋渡し、特異な物性・機能発現メカニズムを説明する手法を与えてくれます。 このように、数学は、有機分子エレクトロニクス材料、スピントロニクス・デバイス、超高濃度ナノ流体(ソフトセラミクス)など機能性材料の創出や、数学の「概念化・可視化・数値化」を用いたAI・ビッグデータ解析とのコラボにより、マテリアルズインフォマティクスのブレークスルー創出に有用と考えています。

低次元系カーボンの分類 AI・ビッグデータ解析とのコラボ

研究課題:2次元材料

分子シミュレーションの手法開発並びに液体・ガラス・ナノ物質への適用研究

分子シミュレーションにおいてレアイベントを実現できる手法や位相空間のサンプリング効率を向上させる手法の開発を行っています。特に、ポストプロセスが不要な自由エネルギー計算手法であるLogMFD法の開発を中心に据えており、情報統計との融合も視野に入れながら手法開発を推進しています。また第一原理・古典分子動力学(MD)シミュレーションにより、金属や半導体の過冷却液体状態やガラス状態の物性解明を行い、様々な構造形成プロセスや異常緩和現象などを見出しています。更に2次元ナノ物資の研究も推進しており、特にシリセンの新構造の発見や分子修飾シリセンの電子状態の解明を行っています。

LogMFD法による自由エネルギー障壁の効率的な乗り越えによるサンプリング向上(グリシンジペプチドの自由エネルギー面) MD計算で予測された2層シリセン構造

研究課題:2次元材料

高密度水素化物の材料科学 - 次世代電池デバイスへの展開 -

錯体水素化物は、水素が錯イオンを形成してリチウムなどの他の陽イオンと結合した、安定な高密度水素化物の代表例です。
・私たちは、多様なエネルギー関連機能の観点で世界に先駆けて錯体水素化物に注目した研究を実施、成果の一部は平成24年度文部科学大臣表彰 科学技術賞(研究部門)「錯体水素化物の合成とエネルギー関連機能に関する研究」の受賞に至りました。
・特に最近では、錯体水素化物のイオン伝導性にも注目、ホウ素(B)系錯体水素化物がリチウム超イオン伝導性を示すことを発見しました(下左図は超イオン伝導の発現機構モデル)。
・さらに、適切な熱処理での錯イオンのクラスタ-化により、高安定性・高イオン伝導性の理想的な電解質-電極界面相が形成することも報告しました。
・これらの成果を基に産学共同研究を進め、固体電解質として錯体水素化物を実装した全固体リチウムイオン電池(下右写真)やその固体電解質の多量合成技術を開発しました。

http://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2015/11/1112.html


研究課題:2次元材料

高速イオン伝導体の分子動力学

イオンは種々の形態で物質中に見られますが、強いクーロン力のため、外から電場をかけても、固体中では一般的には動きません。しかし材料をうまく設計すると、溶液中のイオン伝導に匹敵する超高速イオン伝導体が得られます。このような固体イオン伝導体は、全固体電池の電解質として、その性能向上に寄与すると期待されています。
酸化物あるいは硫化物の高イオン伝導率の物質が報告されていますが、我々は第3の固体イオン伝導体と位置づけた水素化物に注目しています。特にBH4-やB12H122-のような錯体水素化物の陰イオンを含む系では、その回転同位体が種々可能であり、それにより対イオンであるLi+やNa+などの伝導経路を確保するという新しい高速イオン伝導体と予想されています。我々は、このような伝導経路がどのように確保され、どのようにイオン伝導を促進するかを、種々の場を想定した分子動力学計算を駆使して解析しています。

LiBH4におけるBH4- (黄色と白)回転同位体が作る広がった原子分布。緑がエネルギーEにあるLiの分布(1200原子の第一原理分子動力学計算から)