当研究グループで得られた知見や開発した技術の例をご紹介します。
セルロースとキナクリドン(赤色顔料)のCH-π(パイ)相互作用
- 内容
- 有機顔料の多くは凝集性が高く,水や有機溶剤に溶けにくい性質を持ち,発色性改善や保存安定化のため,分散剤や凝集抑制剤が添加されています。赤色顔料であるキナクリドン(quinacridone)は,色が鮮やかで耐候性が高いため,様々な塗料原料として工業的にも広く利用されています。顔料の中にはナノセルロース(セルロースナノファイバー/CNF)に選択的に吸着するものがあります。キナクリドンも特異的に吸着する性質を示します。この現象は、山陽色素(株)様との共同研究の中で見出されました。
特異的な吸着が発生するためには,セルロースとキナクリドンの間に特別な分子間相互作用が存在していることが考えられます。これまで,当研究グループでは,分子構造を解析するNMR(核磁気共鳴装置)を活用して,従来,測定が難しかった物質の構造や化学結合の存在を明らかにしてきました(参照:[研究紹介]「溶媒不溶のセルロース系サンプルの高分解能二次元NMR解析(HSQC法)」および「HSQC法による木材プラスチック複合材料における相容化剤の反応解析・エステル結合の実証」)。NMR測定では,被測定サンプルが,測定溶媒中で高度に分散していることが大切です。ナノセルロースは,比重が1.5程度ですが,超微細なため媒体中でも沈降することなく分散性を維持する性質を示します。キナクリドンとナノセルロースの相互作用体(複合体)も,媒体中で高い分散性を示します。この特性を活用して,NMRを用いて相互作用の本質(化学結合の様式等)を調べました。NMRの測定法には,様々な方式がありますが,2つの物質が分子構造のどの部分で相互作用しているかを測定する方法(シーケンス/測定時のパルスの照射条件)としてNOESY(ノイジー)法を用いて解析しました。NOESY法では0.5nm以内で相互作用している部分が検出できます。
キナクリドンとナノセルロースの相互作用体(複合体)をNOESY法で測定した結果,キナクリドンの全水素原子とセルロースおよび水の水素原子が,0.5nm以下で相互作用していることが明らかとなりました。この相互作用は,CH-π(パイ)相互作用と水素結合と考えられます。キナクリドンは,芳香族化合物であり,π(パイ)電子を持っています。芳香族系化合物が,π(パイ)電子を介してセルロース分子と相互作用しているとの考え方は古くからありますが,実測例はありませんでした。今回,キナクリドンとナノセルロースの複合体で,CH-π(パイ)相互作用の可能が示されたことは,セルロースに対するリグニンや酵素(セルラーゼ)の作用を明らかにする上で,重要な知見になると考えています。
以上の成果は、山陽色素(株)様との共同研究の中で見出された現象を、相互に協力しながら深掘りして得られたものです。山陽色素(株)様は、有機顔料の製造と応用に関して高い技術を蓄積されており、それらの知見が本研究成果に繋がっています。
山陽色素(株)様ホームページ(外部リンク) - 参考
- 「研究紹介」ナノセルロースによる高発色性材料
- 参考文献等
- Yasuko Saito, Shinichiro Iwamoto, Naoya Hontama, Yuki Tanaka, Takashi Endo,
Cellulose, 27, 3153–3165(2020), “Dispersion of quinacridone pigments using
cellulose nanofibers promoted by CH–π interactions and hydrogen bonds”.
※山陽色素(株):Naoya Hontama, Yuki Tanaka
- 説明図
追記事項
セルロース材料グループ