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大字誌「下羽鳥の記憶」の発刊にあたって

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 産業技術総合研究所 地質調査総合センター 地圏資源環境研究部門 地圏環境評価研究グループの保高徹生、金井裕美子、高田モモ、五十嵐順子、佐々木大記、藤井新子は、福島県双葉郡双葉町下羽鳥地区の木幡敏郎氏を委員長とする下羽鳥大字誌編集委員会と連携して、2025年3月に大字誌 下羽鳥の記憶を発刊しました。 2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故に伴い、双葉町は全域が帰還困難区域に設定され、下羽鳥でも事故の翌日3月12日から11年間、避難指示が継続しました。2022年8月30日に特定復興再生拠点区域の避難指示が解除され、下羽鳥地区も部分的に解除の対象となりましたが、長い避難期間を経て、家屋が獣に荒らされた家屋や、利水を失ったほ場、整備途上のインフラといった条件下で地域に戻る人は未だ少なく、多くの家屋が解体され、景観は以前と大きく異なります。
 下羽鳥の地域誌を編纂したいというご相談を木幡さんから頂いたのは、2023年11月のことでした。その後、2024年の2月に打合せをしてからわずか1年余りで編集を完了することが出来たのは、故郷の震災前の姿を文字として残したいという強い思いにけん引されたからです。対面と電話で、多くの打ち合わせを重ねて、2025年2月26日に「大字誌 下羽鳥の記憶」を発行、同3月15日に下羽鳥大字会総会で、編集の経緯や方針等を説明し大字各戸に配布することが出来ました。
 一方で、双葉町の記憶を広い範囲で共有することで、将来像の検討等に資することができると考え、ご希望に応じて配布していますが、数に限りがあるため、WEBサイトにも公開させて頂く運びとなりました。多くの皆様にお読み頂ければ幸いです。
表紙イメージ

大字誌 下羽鳥の記憶
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細谷地区位置

位置および過去と現在の航空写真
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細谷地区位置

編集委員の皆さんと打ち合わせの様子



故郷への希望を託して

双葉町羽鳥行政区 前区長  木幡 敏郎

木幡様画像 震災後、故郷へと帰る度に変わっていく様子を目の当たりにしてきました。2011年3月11日発生の東日本大震災と原発事故により避難指示が発令され、一時は人の姿も消え雑草が生い茂り荒れ果てた故郷となりました。遠くに阿武隈の山々を望み、四季折々に変化する田園風景、盆踊りや祭に人々が集う広場や神社、穏やかな空気が漂い、住み良かった私どもの故郷、下羽鳥。
 2022年頃からだんだんに除染や家の解体などが進み、有志による農地の保全管理作業もされて地域の再生が図られていることは何よりも嬉しいことです。しかし反面、姿を変えていく故郷に戸惑いや淋しさも感じます。今まで当たり前のように思っていた故郷の姿、地域住民の家々、子供のころから遊んだ思い出の場所なども分からなくなってきました。これまで、ここに人が住んでいたことの証、先祖代々から、そして先輩方が今日までつないでくれた伝統や文化といったものを、何事もなければ子や孫に伝えていけたものも伝えることが難しい状況に直面して、何とかならないものか、後世に伝えることが必要なのではないか等と考えていました。
 そのような中で、故郷の姿を文字化して残す大字誌の取り組みを知りました。地域のこれまでを知っている今生きている人たちが協力できる間に、何とかして故郷の姿を残すことが出来れば等と模索しながら、解体が進み持ち出しが出来なかったことや年月を経て廃屋となった中での散逸した貴重な資料を探すことは困難の連続でしたが、限られた時間と機会の中でそれぞれの記憶を語り合い、ご協力いただいて、不十分ではありますがここに一つの冊子にまとめることが出来ました。
 避難生活で多くのものを失い、互いに会うのも困難な中で写真やお話を提供してくださった皆様方に感謝申し上げます。何ぶんにも時間や離れ離れになっている関係もありお話はほんの一部の方にしか伺えませんでしたが、ここに書かれてある故郷の様子を時に懐かしみ、そして話題にして頂き、下羽鳥の過去と未来をつなぎ今後の発展に少しでも役立てば何よりの幸せです。
 現在多くの住民の方々がやむを得ず故郷を離れ、新天地において前を向いて頑張っておられますが、いつの日にかこの下羽鳥の地に多くの人や子孫たちが相集い、楽しく暮らせるような、キラリと輝くような故郷双葉町下羽鳥となってくれることを、只々、心から願う所です。
 最後になりましたが、本誌作成に当たり、資料を探して頂いた町役場、住民の皆様、ご助言頂いた専門家の皆様、編集委員の皆様、そして多大なるご協力を頂いた産業技術総合研究所の皆様に感謝申し上げます。

下羽鳥誌発刊に寄せて

双葉町下羽鳥地区 地区長  堀川 光男

堀川様画像 2011年の地震・原発事故による避難生活が始まってから14年目に入ろうとしています。一時帰宅で何度か自宅に帰ると、徐々に家の中や外観が朽ちていくことに、何とも言えない気持ちに駆られました。周りの田畑が、柳が育ち、草で覆われ荒れていく様に、悲しくもあり悔しくもあり、複雑な思いを抱いたものです。
 そんな中、下羽鳥地区の避難指示が解除されることになり、農地の保全活動が始まりました。保全活動に当初は埼玉から参加していましたが、南相馬市に引っ越してきました。今地区では、営農も再開していますが、未だ自分の所から西側は帰還困難区域のままで、許可を取って自宅に入るという状況です。
 この度は、木幡敏郎さんを発起人として大字誌を作ることが2024年3月の大字会で承認されました。木幡さんの強い思いがなかったら出来上がらなかっただろうと感謝しています。
 この冊子を作ることで、記憶を大切にしてもらったという思いがあります。長い年月の間に、だんだんに形が変わり、住居がなくなり、手つかずの土地が荒れていくと、次の世代、更に下の世代がこの下羽鳥という地域を見た時、本当に人が住んでいたのかと思ってしまうのではないでしょうか。今回、下羽鳥誌で記録に残せることは大変うれしく思います。
 実際、私も記録を集めるために下羽鳥を歩きましたが、あそこに愛宕神社があったとか、お地蔵さんがあったとか、住んでいるときには気づかないでいた自分の再発見がありました。この冊子を手に取ってくださる方にも、下羽鳥の案内役になることを念じています。また、いつか子どもや孫、次の世代が、おじいちゃんおばあちゃんが住んでいたところに興味を持ったときに、地域を訪れるきっかけになるかもしれないと期待しています。

編集にあたって

編集代表:産総研  保高 徹生

 産業技術総合研究所地圏資源環境研究部門では、東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴い、帰還困難区域が存在する双葉町における震災前の営みを文字と地理的な位置の情報として記録しています。その一環として、本誌の作成に関わらせて頂きました。
 本誌は「第一部基本情報」と「第二部下羽鳥の記憶」で構成されています。第一部は、下羽鳥に関して町史や町役場が保有されていた資料に掲載されていた情報を収集し整理しました。第二部では、限られた範囲ではありますが、住民の皆様から伺ったお話を整理しました。記憶は主観的なものですが、客観的な事実よりも、実感のこもったお話に登場する下羽鳥の営みを伝えることを主眼としたものです。第二部の最後に設けた「東日本大震災の影響」については、これまで様々な思いが交錯してきた中で、伺える範囲のお話を整理していいものか、編集委員の皆様と迷ったところです。可能な限り広い視野で言葉をつぎ足しながら掲載することになりましたが、十分でないかもしれません。一方で、この章は、今このときに完結するものではなくて、よりよい下羽鳥の物語を共に模索することへの序章ではないかと考えました。
 取材のために下羽鳥を訪問した日、お天気にも恵まれて、地域で大切に守られてきた神社やお堂、ため池、農地に青々と育つ野菜など美しい風景に出会いました。また、木幡さんをはじめ皆様から、資料や写真をお預かりし、お話を伺う機会を得て、地域の生き生きとした姿を思い浮かべることが出来ました。そのような地域の魅力が、今後の地域再生の基盤となるように、ここから続く未来が、明るく豊かであるように祈念いたします。
 本誌に関連するインタビューの一部は、環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF22S20906)により実施しました。また、資料収集において、双葉町役場にご協力いただきました。ここに記して感謝申し上げます。

 下羽鳥地区大字誌編集委員:
 木幡 敏郎(双葉町下羽鳥行政区)
 榎内 宏(双葉町下羽鳥行政区)
 大西 俊彦(双葉町下羽鳥行政区)
 北崎 勇(双葉町下羽鳥行政区)
 栗田 要(双葉町下羽鳥行政区)
 堀川 光男(双葉町下羽鳥行政区)
 前田 洋海(双葉町下羽鳥行政区)
 本林 秀尚(双葉町下羽鳥行政区)
 横山 実(双葉町下羽鳥行政区)
 監修:
 保高 徹生(産業技術総合研究所)
 編集:
 高田 モモ(産業技術総合研究所)
 金井 裕美子(産業技術総合研究所)
 インタビュー:
 高田 モモ(産業技術総合研究所)
 金井 裕美子(産業技術総合研究所)
 藤井 新子(産業技術総合研究所)
 佐々木 大記(産業技術総合研究所)
 イラスト:
 五十嵐 順子(産業技術総合研究所)


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