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サブテラヘルツ波照射によるDNA塩基対形成の促進

 生体分子の機能は、特定の分子間相互作用や化学エネルギーの供給によって分子運動の遷移確率が選択的に変化することで発現します。多くの場合、機能発現は水分子との相互作用のもとで生じるため、水和水の動的特性が重要な役割を担うと考えられていますが、その詳細はまだ十分には明らかになっていません。本研究では、DNA水溶液にサブテラヘルツ帯(sub-THz, 0.1~0.3 THz)の電磁波を照射し、DNA水和水の特定の運動(以下で説明)を強く変調しました。そして、その結果として生じるDNAの構造変化を、紫外吸収分光法および蛍光相関分光法により観測しました。

この周波数帯では、DNAのリン酸基やカウンターイオンの電荷の影響を受けて水素結合拘束が相対的に弱まり、回転運動性が高まった水和水は外場の振動に追従できます。一方で、DNA分子全体の回転運動や、水素結合によって強く結びついたバルク水、ならびにDNAに強く束縛された水和水の運動は、この外場に十分には追従できません。その結果、外場の直接的な影響はDNA表面近傍の特定の水和水に選択的に及ぶと考えられます。

本研究では、多様な構造集団を持つランダム配列オリゴDNAを用いました。このDNAを乾燥させた試料に緩衝液を加え、再水和過程における構造変化を観測しました。再水和初期にはπ–πスタッキングが優勢な無秩序な積層構造をとりますが、平衡に至る過程で相補的塩基対形成を伴う秩序構造へと遷移します。なお、sub-THz波照射はわずかな温度上昇を伴うため、その影響を区別する必要がありますが、この構造遷移は単なる温度上昇、すなわち熱ゆらぎの一様な増大だけでは顕著には進みません。一方、sub-THz波照射により水和水の回転運動を相対的に強く変調すると、この構造遷移が顕著に加速されることを示しました。これらの結果は、水和水本来の熱運動に外場による配向運動を重ね合わせ、熱ゆらぎの統計的性質をわずかに変化させることで、相補的塩基対を含むDNA構造への遷移確率を制御し得る可能性を示唆しています。

現在、sub-THz帯の利用に向けて国際的な調整や国内での技術開発、周波数割り当ての検討が進められていますが、この周波数帯には、まだ具体的な用途が定まっていない領域が多く残されています。本研究は、そうした未開拓なsub-THz帯について、バイオ分野での活用可能性を科学的に検討するための基盤を示す意義があります。

研究グループ

  • 今清水 正彦 上級主任研究員(代表、細胞機能デザイン研究グループ)
  • 山本 条太郎 主任研究員(健康医工学研究部門 バイオイメージング研究グループ)
  • 徳永 裕二 助教と竹内 恒 教授(東京大学大学院 薬学系研究科)

0.1 THz波照射または熱伝導による加熱を5-15分の間(赤い影でラベル)に与えたとき、多様な配列を持つランダムDNA配列プール(多くは一本鎖)の中で塩基対(二本鎖)が増えるか減るかを、蛍光強度の変化として捉えた実験結果の図を示しています。蛍光色素 が 塩基対(二本鎖)に結合すると強く光る性質を利用しているため、 蛍光強度が上がるほど塩基対を含むDNAが増えたことを意味します。逆に、蛍光強度が下がるほど塩基対を含むDNAが減ったことを示します。室温で保持した対照に比べて、 0.1 THz波照射では蛍光強度が上昇し、塩基対形成が促進されました。一方、加熱では蛍光強度が低下し、塩基対がほどける方向に働きました。つまり、照射と加熱は反対の効果を示すことがわかりました。

サブテラヘルツ波照射によるDNA塩基対形成の促進

投稿論文

  • 論文タイトル:Non-thermal acceleration of DNA base pairing by sub-terahertz irradiation
  • 著者:Johtaro Yamamoto, Yuji Tokunaga, Koh Takeuchi, Masahiko Imashimizu*
    *Corresponding author
  • 雑誌:NThe Journal of Chemical Physics, 164, 065102 (2026)

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