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ナノ化学研究グループ

ナノ化学研究グループではナノ材料、特にカーボンナノチューブやグラフェン・二次元材料等に関する、化学プロセスおよび機能性材料・デバイス等の開発、ならびにこれらの社会実装に関わる研究活動を行っています。

グループ長ひとこと


桜井俊介 ナノ化学研究グループ長

私たちのグループには、自由な発想でチャレンジするための、最新の設備とさまざまな分野の優れた研究者が集まっています。
私たちと一緒に挑戦してくれる方を心待ちにしています。ぜひお気軽に声をかけてください!」

研究テーマ一覧(主担当)

(1)カーボンナノチューブ量産技術開発 (桜井、陳、辻、北尾)
(2)AI・ロボットを活用した化学プロセスの自律探索システム開発 (桜井、神徳、辻、陳、北尾)
(3)二次元材料技術開発 (山田(貴)、沖川、岡田)
(4)ナノカーボン材料の化学プロセス技術開発 (神徳、陳、張、辻、北尾)
(5)CNTの安全性やリスク管理に関する研究と国際標準化活動 (張)

研究テーマ紹介

(1)カーボンナノチューブ量産技術開発 (桜井、陳、辻、北尾)

 カーボンナノチューブの市場は主に電池用途(リチウムイオン電池の導電助剤など)で急成長しています。電気自動車開発に対する強い期待などにより、単層カーボンナノチューブなどの高品質カーボンナノチューブ製品を低コストで大量に合成できる技術への要求もさらに高まっています。産総研ではカーボンナノチューブ合成技術の社会実装を実現するための研究開発を長年に渡り継続しています。

(ア)スーパーグロース法の開発と社会実装 (陳、辻、桜井、北尾)
 2004年に産総研が発表したスーパーグロース法は、当時の従来技術より単層カーボンナノチューブの生産効率を約3桁向上させる合成技術です。産総研ではこの手法をベースとした量産技術開発を長期にわたる企業との共同研究において継続しています。2015年には相手先企業によって単層カーボンナノチューブの商業生産プラントが稼働を開始しました。またスーパーグロース法をより深く理解し、進化させるための基礎研究にも取り組んでいます。近年では合成における触媒ナノ粒子の重要性に注目し、新たな合成触媒や触媒下地層の有効性についても報告しています。またスーパーグロースに代表される基板法によるカーボンナノチューブ合成における大きな課題である、合成効率と品質を両立させる手法についても研究を進めています。

(プレスリリース)
世界初 スーパーグロース・カーボンナノチューブの量産工場が稼働

関連文献
[1] Science, 306, 1362-1365 (2004)
[2] J. Am. Chem. Soc., 134, 2148-2153 (2012)
[3] J. Am. Chem. Soc., 138, 16608-16611 (2016)
[4] Carbon. 107:433-439 (2016)
[5] Carbon. 170:59-65 (2020)
[6] ACS Appl. Nano Mater., 7, 12745 (2024)


(イ)マイクロプラズマを活用した気相カーボンナノチューブ合成装置開発 (辻、陳、桜井)
 当グループでは一般的に高品質カーボンナノチューブの合成が容易である気相法カーボンナノチューブ合成にも取り組んでいます。本研究ではカーボンナノチューブ成長の”種”となるエアロゾル上の触媒ナノ粒子生成手法に着目し、マイクロプラズマを組み込んだ微小な反応装置を開発しました。このユニークな装置において高品質単層カーボンナノチューブの高純度合成に成功しています。

関連文献
[1] Carbon. 173:448-453 (2021)
[2] Chem. Eng. J., 444, 136634 (2022)
[3] Mater. Today Chem., 44, 102576 (2025)

(2)AI・ロボットを活用した化学プロセスの自律探索システム開発 (桜井、神徳、辻、陳)

 人工知能やロボットを活用した、カーボンナノチューブ等の材料合成や分散などの化学プロセスの高度な開発を推進しています。一般的に化学プロセスは多変数からなる複雑なプロセスであるため、人間が探索・最適化できる範囲には限界があります。そこで人工知能や高度計測、実験自動化・自律化などの手法を駆使することで、従来の人間に頼った場合と比べてより高度な化学プロセスをより高速に開発します。

(ア)カーボンナノチューブ合成プロセスのハイスループット自律探索システム開発 (桜井、北尾、辻、陳)
 高品質なカーボンナノチューブを高効率で合成するプロセスを開発するためには、複雑な触媒作製プロセスやCVDによる合成プロセスの最適化が必要になります。産総研では従来よりCVD合成プロセスの自動化を実現し、研究開発を加速させていました。本研究ではさらに、複雑な組成の触媒成膜の自動化と合成後カーボンナノチューブの評価(重量・形状・ラマン分光)をも自動化することで、評価データをもとに次の実験の触媒条件やCVD条件を自律的に決定する実験システムの構築を進めています。さらに一枚の基板上に多数の触媒膜を形成し、1回のCVDでカーボンナノチューブ合成を同時に実施することで、自律探索のハイスループット化を実現するための技術開発を進めています。このシステムを活用することで、未踏の領域に進化したカーボンナノチューブ合成技術の開発を目指します。


(イ)機械学習を活用した品質と収量の両立を実現するCNT合成技術開発 (陳、神徳、辻)
 次世代CNT合成の基盤となる高効率合成技術の実現に向け、単層カーボンナノチューブ(SWCNT)の抗結晶性と高成長効率のトレードオフ解消を目指し、既存の合成データを用いて機械学習モデルを構築しました。16,000兼の仮想実験によって最適な成長条件を探索し、検証実験では抗結晶性を維持しながら約1.5倍長いCNTの合成に成功しました。この機械学習技術を活用することで、CNTの量産や実用化を加速させる基盤技術の確立を目指します。


関連文献
[1] ACS Nano. 17, 22821-22829 (2023)


(ウ)機械学習と実験自動化によるナノ材料分散の探索と最適化 (神徳)
 ナノ材料分散液は、ナノ材料、溶媒、分散材、処理条件といった多様な要素が複雑に絡み合って形成されるため、その設計には高度な知見と試行が求められます。そこで本研究では、機械学習と実験自動化技術を組み合わせることにより、新規溶媒や分散材の探索、および最適な組成条件の導出に取り組んでいます。
 これまでに、種々の条件下で調整したカーボンナノチューブ(CNT)水分散液のデータを用いた機械学習により、従来は分散材として認識されていなかった複数の有機化合物が、CNTを水中に効果的に分散可能であることを明らかにしました。

関連文献
[1] ACS Appl. Mater. Inter., 16, 11800-11808 (2024)

(3)二次元材料技術開発 (山田貴壽、沖川侑揮、岡田光博)

 新材料でこそ実現できるよう用を目指して、二次元ナノ材料の高機能化・積層化開発や、二次元ナノ材料特有の新機能の評価・解析技術を開発しています。得られた結果を合成や加工技術にフィードバックするためにAIを使った解析にも取り組んでいます。
 技術研究組合TASCグラフェン事業部に産総研も参画し、NEDO低炭素社会を実現するナノ炭素材料実用化プロジェクト「グラフェン基盤研究開発」では、大面積グラフェン透明導電膜の高品質化に取り組み、開発したグラフェン透明ヒーターは既存品よりも高い昇温速度であり、グラフェン透明導電膜を有機LEDのアノード電極に用いることで高輝度化を実現しました。さらに、NEDO「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクトでは、グラフェン連続合成の高速化を実現しました。これらの技術は産総研ベンチャーに技術移転しています。
 これまでに開発した技術を高速化・発展させ、デバイス開発に不可欠な品質ウエハや導電性制御技術開発に取り組んでいます。グラフェンで培った知見や技術を、半導体的なMoS2等の遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)や絶縁体的な立方晶窒化ホウ素(h-BN)に発展させるとともに、二次元ナノデバイス作製工程管理や二次元ナノ材料に特化した評価技術を開発しています。

(ア)高品質転写技術とデバイス品質ウエハ開発 (山田貴壽、沖川侑揮、岡田光博)
 CVD法による高品質な二次元ナノ材料の合成が可能となった今、二次元ナノ材料を実用的な電子デバイスに応用するためには、絶縁材料上への高品質転写により高移動度等の優れた物性を引き出す必要があります。
 我々は、理想的な絶縁体材料であるh-BNにCVDグラフェンを湿式転写法で形成した積層構造上にグラフェンFETを作製し、数万cm2/Vsの移動度を得ることに成功しました。グラフェンFETチャネル内の表面凹凸観察の結果、グラフェンの皺を複数確認し、皺が少ないグラフェンの移動度が高いことを突き止めました[1]。さらに、h-BNの厚みの変化や移動度の温度特性依存性から、移動度の支配的要因がクーロン散乱とフォノン散乱だとわかりました[2]。


移動度13,000cm2/Vsのグラフェンチャネル  移動度7,000cm2/Vsのグラフェンチャネル

 二次元材料の内部応力が移動度低減要因の一つであることを突き止めました[3, 4]。MoS2の場合は、転写時の保持剤に用いるPMMAの硬さを制御することで、応力制御による高移動度化を達成しました[4]。


左:保持剤とMoS2に印加されるひずみの関係性。 右:使用したポリマーとMoS2の移動度のボックスプロット。
Reprinted with permission from [4]. Copyright 2025 American Chemical Society.


関連文献
[1]“二次元物質の最新研究動向と将来展望”, 潟Gヌ・ティー・エス, (2020)
[2]“Temperature dependence of carrier mobility in chemical vapor deposited graphene on high-pressure, high-temperature hexagonal boron nitride”. Appl. Sur. Sci., 562, 150146 (2021)
[3]“Relationship between mobility and strain in CVD graphene on h-BN”, AIP Adv., 10, 085309 (2020) 【掲載誌表紙に採択】
[4]“Strain Engineering of Mos2 by Tuning the Transfer Process”, ACS Appl. Electron. Mater., 7, 3590 (2025)


(イ)導電性制御 (山田貴壽、沖川侑揮、岡田光博)
 二次元ナノ材料の電子・光デバイス応用にはドーピングによるキャリア濃度や仕事関数の変調が必要です。これまでに、二層グラフェンへの湿式でのカリウム添加により、n型化に成功し、移動度の増加も達成しています[5, 6]。この技術を応用し移動度改善に取り組むとともに[7, 8]、伝導機構解明に取り組んでいます。この技術を発展させ、h-BNへのカリウム添加にも成功しています[9]。
 MoS2へのドーピングにも取り組んでいます。成長原料と条件を最適化することにより、MoS2に対し局所的なNbの添加によるp型化と、p-n接合の形成・整流特性の観測に成功しています[10]。面内方向でのp-n接合成功は、集積化に大きな利点がある技術です。さらに、TMDの結晶相制御技術[11]を開発し、新機能発現に取り組んでいます。

左:グラフェンFETの断面構造とSEM観察画像。 中:二層グラフェンの電気特性。 右:単層グラフェンの電気特性。


左:MoS2p-n接合の概念図。 中:得られたMoS2p-n接合の光学顕微鏡像。 右:得られた試料の整流特性。


関連文献
[5] “Potassium-doped n-type bilayer graphene”, Appl. Phys. Lett., 113, 043106 (2018).
[6] “Potassium-doped n-type stacked graphene layers”, Mater. Res. Express, 6, 055009 (2019).
[7] “Potassium-doped nano graphene as an intermediate layer for graphene electronics”, Appl. Phys. Lett., 123, 021904 (2023).
[8] “グラフェンデバイスのためのカリウムドープナノグラフェン中間層”, ニューダイヤモンド, 152, 27 (2024).
[9] “Electrochemical Doping of Potassium in Hexagonal Boron Nitride toward Nanoelectronics”, ACS Appl. Nano Mater., 23, 26610 (2024).
[10] “Growth of MoS2?Nb-doped MoS2 lateral homojunctions: A monolayer p?n diode by substitutional doping”, APL Mater., 9, 121115 (2021). 【掲載誌表紙に採択】
[11] “Large-Scale 1T′-Phase Tungsten Disulfide Atomic Layers Grown by Gas-Source Chemical Vapor Deposition”, ACS Nano, 16, 13069 (2022).

(4)ナノカーボン材料の化学プロセス技術開発 (神徳、陳、張、辻、北尾)

 ナノカーボン材料への化学処理や分散材を用いたナノカーボン分散技術、ならびに分散液から加工される薄膜や糸などのナノカーボン部材の開発を推進しています。具体的には化学処理による官能基の導入や制御、分散材や溶媒の組合せによる分散液作製、さらに分散液から薄膜や糸などの部材成形やナノカーボンを用いたデバイスの作製など、幅広い化学プロセス技術の開発を行っています。加えて、これら上流から下流までのプロセスを統合し、材料や目的に応じた最適なプロセス条件の提案や、部材・デバイス特性の予測を可能とする人工知能の設計・導入にも取り組んでいます。

関連文献
[1] ACS Nano, 17, 3976-3983 (2023)
[2] Collid Surf. A, 663, 131081 (2023)
[3] Carbon, 237, 120132 (2025)

(5)CNTの安全性やリスク管理に関する研究と国際標準化活動 (張)

(ア)CNTの毒性評価及び生分解性の解明
 私たちは、細胞内CNTの定量測定に世界に先駆けて成功しており、これを基盤技術としてCNTの毒性メカニズムの解明やバイオセンサーなど医療・バイオ分野への応用開発に展開しています。
 その一例として、培養細胞やマウス個体内に取り込まれたCNTの量的変化を経時的に追跡し、生体内における分解挙動や滞留性を評価することで、CNTの生分解特性を明らかにしました。これらの成果は、安全性を考慮したナノ材料設計(Safe-by-Design)への展開にもつながる重要な知見となっています。


(イ)CNTのリスク管理に関する技術の開発
 ナノカーボン材料の環境中への流出を防ぐ技術は、生態系への影響を回避する観点から極めて重要です。私たちは、環境にやさしい次亜塩素酸化合物を用いて、CNTやグラフェンなどのカーボン材料を完全に分解できる技術を開発してきました。現在、企業との共同研究により、この技術のCNT産業の排水処理プロセスへの応用に向けた実用化研究を進めています。また、この廃液処理法は国際標準化(ISO/TC229 TS22497)にも展開しており、グローバルな環境リスク管理技術としての確立を目指しています。


プレスリリース
次亜塩素酸化合物によるカーボンナノチューブ廃水の工業的処理法の開発
スーパーグロース単層カーボンナノチューブの生分解性を確認

関連文献
[1] Carbon, 208, 238-246 (2023)

グループの構成メンバー

所属・役職・氏名 専門分野 業績
研究グループ長
桜井俊介
無機化学
上級主任研究員
山田貴壽 
電子材料、表面・界面物性 
主任研究員
張民芳
材料科学 
主任研究員
神徳啓邦 
機能性有機材料、ナノ材料、分散、分子集合体
主任研究員
陳国海
材料工学
主任研究員
岡田光博 
結晶成長、半導体物性 
主任研究員
北尾岳史 
錯体化学、ホスト-ゲスト化学 
主任研究員(出向中)
沖川侑揮 
半導体物性、低次元材料エレクトロニクス 
主任研究員(出向中)
辻享志
物理科学

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