6価Crの各種化合物は化学工業で製造され,Crめっき,塗料,染料,皮革なめし剤,触媒など,広範に使用される.一方で,6価Crは発がん性をはじめとする有害性があることが知られている.
本評価書の特徴は,ヒト健康リスク評価において,6価Crの吸入発がんリスクに着目し,その評価を行っていることである.6価Crの発がん性は各評価機関で疑いのないものになっている(第III章参照)が,その一方で大気中における6価Cr濃度は実測されてきていない.したがって,一般環境における6価Crの吸入発がんリスクはこれまでに評価されたことがなく,また,諸外国でも同様である.本評価書では,日本における大気中6価Cr濃度の実測結果,および高濃度と予想される地点での推定結果を元に,リスクを判断した.なお,ヒト健康リスク評価においては経口摂取による6価Crおよび3価Cr(どちらも非発がん影響)のリスクについても判定した.
ヒト健康リスク評価の結論は以下のとおりである.6価Crの吸入暴露に関しては,限られた実測データからの推察であることに注意が必要であるものの,6価Cr濃度が比較的高いことが予想される地点においても,少なくとも10-4のリスクレベルに達することはないと判断できる.リスク削減対策が早急に必要と判断されるレベルではなく,まずは詳細な調査を行うことが必要であると結論する.経口摂取によるリスクについては懸念レベルではない.
また,生態リスク評価では,水生生物(甲殻類),土壌生物(無脊椎動物)の毒性値と環境中濃度とを比較することによって6価Crのリスクを算定した(第VIII章参照).なお,特定の事業所からの漏洩または不法投棄などに起因する6価Cr汚染に関しては,個別の評価・対策が必要なことから,本評価書では評価の対象外とした.
生態リスク評価の結論は以下のとおりである.水生生物については,6価Crに関しては,実測値から推定した暴露濃度の95パーセンタイルの不確実性が大きく,また,3価Crに関しては,実測データが限られていることに注意が必要であるが,どちらもリスクを懸念する必要性は低いと結論する.土壌生物については,黄色路面標示を塗布した道路周辺土壌においては,リスクは懸念レベルとなる場合があり,このような地区では何らかの対策の導入を検討すべきであると結論する.ただしその際,対策の費用対効果を示し合理的に意思決定する必要がある.
今後の課題としては,以下のようにまとめられる.大気中6価Cr濃度の実測値に関して,定量的な議論を進めるには定量下限値を0.1
ng/m3程度まで低める必要があり,また,日本における実測地点を増やすことが必要である.水域に関しても,水生生物を対象とした評価のためには,0.01〜0.1μg/Lというレベルの定量下限値が見込まれる方法で日本全国の水域の測定を行うことが必要である.
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