ニッケルの暴露評価と有害性評価を行い,日本国内の環境経由のヒト健康リスクと生態リスクの現状を具体的に把握すること,および経済的考察を行ってリスク削減の望ましい方策を示すことを目的として,本リスク評価書を作成した.評価方法は以下の通りである.
ニッケルの物質フローを解析し,ライフサイクルの各段階からのニッケルの大気中および水域への排出量について詳細に検討した.そして,ニッケルの環境媒体中での動態に関してデータを収集するとともに,大気中と水中に関する国内の複数の高濃度地点においてニッケル化学種分析を実施した.そして,ヒト健康リスク評価に使用するニッケル吸入暴露濃度について,高濃度地点の全ニッケル濃度および各化学種の暴露濃度を導出した.経口のヒト健康リスク評価に使用するニッケル摂取量については,年齢別・男女別に分布で求めた食事と飲料水経由の摂取量を導出した.
ヒト健康毒性について,動物試験および疫学のデータを整理し,ニッケルの化学種ごとに,吸入と経口による一般毒性,生殖発生毒性,発がん性のエンドポイントと無影響量またはユニットリスクをそれぞれ導出した.そして,ヒト健康リスクを判定した結果,一般毒性の非発がんに関して吸入のリスクが懸念されない結果であった.また,一部の地域で吸入発がんリスク1×10−5を基準とした場合に超過したが,発がんリスク3×10−5あるいは1×10−4を基準とした場合は,どの地点においてもリスクが基準を超過しない結果となった.また,経口のリスクが発現する確率はおおむね低い結果となった.そして,フェロニッケル製錬所で排ガス除去装置を更新するリスク対策の排出量低減の費用対効果が高いことが明らかになった.
ニッケルの水生生物への有害性について,種の感受性分布の手法を用いてスクリーニング基準濃度を導出し,また,魚類の地域個体群が存続できる個体群レベル濃度を導出した.そして,生態リスクを判定した結果,スクリーニング基準を超過する地点が国内に200数十地点あり,個体群レベルを超過する濃度が検出された地点は7水域にあった.さらに,生物利用可能なニッケル濃度が個体群レベルを超過している地点数は4水域にあった.そして,めっき事業所による排出削減対策は,排水処理能力増強やめっき液低濃度化の対策によっても,費用対効果の面からは厳しい状況が明らかになった.
ヒト健康リスクに関する課題として,本評価書で定量化できなかった鉱石・スラグ置場からの粉塵飛散や自動車走行による粉塵巻き上げに伴うニッケル発生量の定量的な解析や,金属の微小粒子に対応した大気拡散モデルの開発が今後必要である.さらに,発生源の排ガスと周辺の一般環境の化学種分布をそれぞれ把握することで,発生源の寄与がより正確に推定できる.一方,生態リスクに関する課題として,水中の化学種分布の広範囲なモニタリングが望まれるが,実測の限界を補うためにニッケルに関するBiotic Ligand Modelを開発して適用することで,河川水質の有害性への影響を定量的に示すことが望まれる.
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