クロロホルムは,水道水中に含まれ,発がん性が懸念されているトリハロメタン類の代表的な1つです.現在,日本では,クロロホルムの水道水質基準0.06 mg/Lが定められています.また,クロロホルムは,有害大気汚染物質の1つに指定されており,国や地方自治体による有害大気汚染物質モニタリング調査が行なわれ,関係業界団体の事業者による自主管理計画によってクロロホルムの排出削減対策が進められています.
2006年11月には,中央環境審議会大気環境部会において,「今後の有害大気汚染物質対策のあり方について(第八次答申)」が審議され,クロロホルムの指針値(年平均値18μg/m3以下)が答申されました.さらに,水生生物の保全の観点から,クロロホルムの生態系に対する影響も検討されています.
2003年には,環境省中央環境審議会水環境部会によって,クロロホルムは,公共用水域等における検出状況等から,現時点ではただちに環境基準を設けず,引き続き知見の集積に努めるべき物質として要監視項目に指定され,水域区分ごとの指針値が示されました.
このように,クロロホルムは,社会的な関心が高まっている化学物質であり,クロロホルムのヒト健康や生態系に対するリスク評価が求められるようになりました.日本では,化学物質評価研究機構・製品評価技術基盤機構(2005)や環境省環境保健部環境リスク評価室(2003)による初期的なリスク評価の結果が公表されています.それらの評価結果では,クロロホルムによるヒト健康や生態へのリスクが懸念されました.
筆者らは,本評価書において,クロロホルムによるヒト健康リスクや生態リスクに関するデータの信頼性評価と確実な解析方法によって,より精緻なリスク評価を行うことを目標としました.特に,クロロホルムの多様な発生源の把握,クロロホルムによるヒト健康および生態の精緻な有害性評価,生活行動のシナリオに基づいた確率的なリスク評価を主な課題として取り組みました.
ヒト健康のリスク評価では,一般市民の生活行動における暴露シナリオに基づいた吸入暴露,飲料水を経由した経口暴露,入浴および水泳時の経皮暴露に関する評価を行いました.その結果,ヒト健康に対するリスクはどの経路においても懸念されないと判定されました.
生態リスク評価では,毒性データの信頼性の評価を詳細に行い,データの信頼性の違いに基づいた二つのシナリオを設定しました.「個体の生存・成長・発生・繁殖」を影響指標とし,3つの異なった手法による生態リスク評価を行った結果,いずれの手法においても「生態リスクは無視できるほど小さい」と判定されました.
これらの結果から,日本におけるクロロホルムによるリスクは,現在のところ懸念されないことが明らかになり,クロロホルムに関する新たな排出削減対策は必要ではないことが示されました.
本評価書におけるリスク評価手法が,さまざまな化学物質のリスク評価及びリスク管理において参考になれば幸いです.
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