アルコールエトキシレート(AE)は、洗浄剤として誰もが日常生活の中で使っているため、全国の水系に遍在している化学物質です。特に近年、工業用洗浄剤であるノニルフェノールエトキシレート(NPE)に内分泌かく乱影響の疑いがあることから、家庭用洗浄剤だけでなく、工業用洗浄剤においてもAEの使用量が増え続けています。AEは疎水基である脂肪族アルキル鎖(C鎖)に、親水基の酸化エチレン(EO)を付加重合することによって合成される工業製品であり、自然起源のものはありません。そして、市販されている洗浄剤製品中のAEは、C鎖の鎖長およびEOモル数の異なる多数の同族体から構成されています。しかし、PRTR法の第一種指定化学物質には、C鎖の炭素数が12〜15の同族体群のみが指定されており、その排出量が毎年排出量の多い上位10物質(家庭用途からでは上位3物質)の1つとなっています。AEの排出先はほとんどが水域であること、また、その生態毒性もとりざたされている等のことから、AE(直鎖)は環境省が推進している水生生物保全に係わる水質目標設定において、最優先すべき検討物質の1つに挙げられています(環境省 2002)。更に、製品評価技術基盤機構と化学物質評価研究機構によって、「AEは環境中の水生生物に悪影響を及ぼす可能性がある」という初期リスク評価の結果が報告されています(NITE&CERI 2006)。
こうした背景を踏まえて、適切なAEのリスク評価を行うには、多数の同族体から構成される混合物であること、特に同族体ごとの諸特性(毒性や生分解性など)に大きな違いがあることに配慮した評価が必要不可欠となります。しかし、混合物のリスク評価手法は未だ確立されていないうえ、同族体ごとの同定・定量分析手法の限界等により、リスク評価に必要な同族体ごとの環境暴露濃度や生態毒性データが非常に少ないのが現状です。また、NPEからAEへの転換が図られている近年、“化学物質の代替品使用はかえって高い環境リスクをもたらしているのではないか?”といった不安があり、その不安を解消するためにも、NPEからAEへの物質代替におけるリスクトレードオフ評価が必要とされています。
本詳細リスク評価書は,利用可能な現存手法や実測値データを用いた堅実な評価と、新たに開発した手法やモデルの推定結果を用いたオリジナリティーの高い評価が並存した評価書です。特に、評価の過程において、数多くの新しい手法(例えば、欠如した毒性データを補完するための毒性推定モデル、情報制限下の魚類個体群存続影響評価手法、リスクトレードオフ解析手法)の開発と適用に多くの労力と時間を費やしてきました。その成果として、本詳細リスク評価書では、水環境中のAEによる生態リスクの実態と有効なリスク対策を記述しているだけでなく、@水生生物保全に係わるAEの水質基準値や排出基準値の設定、APRTR法におけるAE同族体指定範囲の見直し、Bリスクトレードオフの視点を含む化学物質の自主管理、C混合物のリスク評価等、今後のこういった議論や検討のための情報や方法論も提供しています。また、本書を作成するにあたり、なるべく平易な言葉を用いて記述するよう努力してまいりました。リスク評価・管理に携わる方々だけでなく、洗浄剤に興味をもつ一般市民の方々にも本書を読んで頂ければ幸いに存じます。
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