カドミウム(Cd)は,富山県神通川流域におけるイタイイタイ病の原因物質としてご存知の方も多いでしょう.近年では再びカドミウムに対する社会的関心が高まっています.きっかけのひとつが,日本人の主食である米に含まれるカドミウムが注目されるようになったことです.米に含まれるCdの濃度について,国際的な食品規格を決定する委員会であるコーデックス(CODEX)で,米中Cd濃度の基準値が議論され,2006年7月に「精米中濃度として0.4 mg/kg」という値が決定されました(厚生労働省・農林水産省2006).
では,どの程度のCdの暴露があれば,どの程度の悪影響がもたらされるのでしょうか.実は,上記の議論の過程でも「Cd濃度が0.4 mg/kgを超える米を食べるということがどの程度の悪影響となって表れるのか」ということが必ずしも定量的に触れられてきたわけではありません.なぜならば,一般の人々が日常生活において摂取しているような低いレベルにおける,Cdの摂取とその影響とに関しては,ほとんど明らかになっていないからです.この点をふまえて,本評価書では,日本の平均的状況における,Cdのヒトへのリスクの程度を定量的に明らかにすることを目標としました.また,Cdの暴露が非常に多い場合としてどのような集団が想定されるのか,そしてその集団のリスクはどの程度なのか,ということにも言及しています.さらに,将来的にリスクが増大する傾向にあるのか,減少する傾向にあるのかについても,多くのデータに基づいて結論を与えています.このような目的でCdのリスクを解析した研究は日本でも数少なく,非常に貴重なものであると筆者らは考えています.
なお,本評価書では日本人の平均的なリスクについて論じるものとしたため,評価する対象は低濃度長期暴露の場合です.イタイイタイ病のような高濃度暴露の事例については暴露経路,影響発現のメカニズムのいずれもが本評価書で示した場合には当てはまらないことが多いため,本評価書では取り上げておりません.
一方,Cdは,水生生物に対する毒性も比較的高いことが知られています.日本では環境基準値として0.01 mg/L(10μg/L)が定められていますが,水生生物を対象にしたCdの基準値はありません.また,10μg/Lより低濃度の水域についてはCdの影響が議論されることはほとんどなされてないのが現状です.本評価書では対象に水生生物のみならず陸生生物なども含めましたが,これらの生物への日本におけるCdの生態リスクの現状を明らかにするのも,本評価書の目的のひとつです.
Cdのリスク評価は長期間にわたる仕事になりました.膨大な実測データを整理するところから始め,解を与えるべき問題の明確化に多くの時間を割きました.また,新規手法の適用など,チャレンジングな内容も含まれております.一人でも多くの方に本評価書を手にとっていただき,ご意見,ご議論をいただければ幸いです.
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