「リスク評価の知恵袋シリーズ」を刊行することになり、当事者としては「ついに、ここまでくることができた!」の感が深い。産総研化学物質リスク管理研究センターは、2001年の創立時から、化学物質の詳細リスク評価にひたすら取りくんできた。そして、個々の物質のリスク評価書を「詳細リスク評価書シリーズ」として出版してきた。この「知恵袋シリーズ」は、個々の物質のリスク評価に横串を入れ、そこで使われた方法論やツールを抜き出し、まとめ、その原理を説明するために書かれたものであり、リスク評価の頭脳の説明である。
リスク評価を始めた2001年頃には、評価の方法も、理論も限られたものしかなかった。欧州や米国の方法をそのまま取り入れて、まねごとのようなリスク評価をしたくなかったし、また、日本への適用が難しいことも多々あり、ひとつひとつの化学物質のリスク評価をしながら、リスク評価のための方法論や、推論のツールを作り続けた。対象物質によって、必要なツールが異なることも多かったので、それは相当な量になった。その結果、やや気張って言えば、日本に適用できるリスク評価学の体系とそのための一群のツールを作り上げたような形になった。
この間、評価手法やツールの原理、考え方について詳しい説明がほしいという要望を頂いていた。リスク評価を自分でしたいという人だけでなく、評価結果をよく理解したい人や、あるいは評価結果の適用上の限界や問題点を知っておきたい人からも、そういう要望があった。いや、外からの要望だけではなく、それらを使って詳細リスク評価書を世に出してきた当事者である私たちの説明責任を果たす意味でも、ツールや手法の原理的な説明をもっと書かねばならないことを、痛感していた。しかし、私たちは個々の物質の評価と新しいツールの開発に追われており、ふり返って、その原理の説明をするだけのゆとりがなかった。しかし、詳細リスク評価の仕事もかなり進み、ようよう、方法の原理などをまとめ、刊行することができることになった。これが「知恵袋シリーズ」である。
当初は、「リスク評価 産総研のわざ」というタイトルにしようかと思ったが、「知恵袋」に落ち着いた。1冊目は、「大気拡散から暴露まで−ADMER/METI.LIS−」で、暴露評価の方法、特に最も広く使われているADMER(産総研-暴露・リスク評価大気拡散モデル)やMETI-LIS(経済産業省―低煙源工場拡散モデル)の大気拡散を中心にしつつ、媒体間移動の予測のためのRisk Learningなどのツールについて説明し、最終的に暴露評価につなげる方法を説明する。2冊目は、「不確実性をどう扱うか−データの外挿と分布−」である。「分布という考え方」は、私たちの解析の大事な武器のひとつである。この考えがあったので、少ないデータから全体を推定することが可能になった。3冊目は「シナリオとクライテリア」を準備している。「シナリオ」は、有害性評価とリスク評価の分岐点とも言える重要なポイントである。今、新規物質のリスク評価が問題になっているが、こういう問題に対処するためには、「シナリオ」という視点が特に重要である。
是非、多くの方にこの知恵袋シリーズを読んで頂きたい。そして、使って戴き、さらにリスク評価の方法を進化させて頂きたい。
これは、(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO:理事長牧野力)からの受託研究(化学物質総合管理プログラム・化学物質リスク評価及びリスク評価手法の開発プロジェクト)(01〜06年度)と産総研独自の研究資金で行われてきました。NEDO及び産総研に心から感謝致します。
平成19年7月
独立行政法人産業技術総合研究所化学物質リスク管理研究センター
センター長 中西 準子
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