本文へスキップ

産総研 質量標準研究グループ

質量標準研究グループでは、プランク定数にもとづく新しいキログラムの定義から、日本の産業・科学の基盤となる質量の基準を作り出す研究を実施しています。

このページに関するお問い合わせ/■質量標準研究グループトップページに戻る

さらばキログラム原器、プランク定数にもとづくキログラムの新しい定義(更新日:2019年9月24日)お知らせ


目次:
はじめに
単位の定義の進化
キログラムの歴史
プランク定数とキログラムの関係
産業技術総合研究所でのプランク定数測定
新たなキログラムの基準となるプランク定数の決定
新しいキログラムの定義の施行

はじめに

 計測は物理学の基本であり、古来より、人類は様々な計測技術を開発することで、この世界の現象を解き明かそうとしてきました。新たな計測技術を成熟させ、高精度化するためには多くの研究者による計測結果の共有が必須であり、共通の単位系の使用が大前提となります。国際単位系(SI)は現在最も広く用いられている単位系であり、時間、長さ、質量、電流、物質量、光度、熱力学温度の単位である、秒(s)、メートル(m)、キログラム(kg)、アンペア(A)、モル(mol)、カンデラ(cd)、ケルビン(K)が基本単位として定義されています。

単位の定義の進化
 例えば体重計の表示が50 kgであった場合、それは体重が1 kgのちょうど50倍あることを示します。ここで、その1 kgが具体的にどれくらいの質量であるかを定めているのがキログラムの定義です。また、単位の定義は科学技術の発展と共に進化しています。例えば、長さの単位「メートル」は約230年前に、パリを通る子午線の長さを基準として定義されました。その後、約130年前に、「国際メートル原器」という物差しの長さを1 mとする定義へと移行しました。さらに、レーザーに関する科学技術の発展を受け、1983年には普遍的な物理定数である真空中の光の速さによって定義されています。下の図はメートルの定義の変遷の様子をまとめています。



各定義の下には、その定義を用いた場合の1 mの実現精度をあわせて記載しています。現行の真空中の光の速さを基準とする定義を用いると、メートル原器を用いた場合と比較して約100万倍高い精度でメートルを実現できます。このように、私達が日頃何気なく用いているメートルは科学技術の発展と共に進化しているのです。

キログラムの歴史
 18世紀には、水1リットルの質量としてキログラムが定義されていました。その後1889年に、白金とイリジウムの合金製の分銅である「国際キログラム原器」の質量を1 kgとする定義に移行し、この定義が2019年5月19日まで用いられてきました。驚くべきことに約130年間同一の分銅が質量の基準だったのです。 ただし、表面の汚れなどで国際キログラム原器の質量は、100年の間に、50マイクログラム程度変動した可能性のあることが分かっていました。1億分の5キログラムという非常にわずかな変動ですが、無視することは難しい大きさです。そこで、2011年、将来、国際キログラム原器を引退させ、普遍的な物理定数であるプランク定数をある定義値に定めることでキログラムの大きさを設定する新たな定義に移行する方針が、国際的に合意されました。

プランク定数とキログラムの関係
 この定義値を決定するために、産総研を含む世界各国の研究所でプランク定数を、国際キログラム原器の質量の長期安定性である1億分の5を凌ぐ精度で測定する試みが行われました。産総研での測定結果をご紹介する前に、そもそもこのプランク定数とキログラムがどのような関係にあるかをご説明します。プランク定数は光の持つエネルギーの最小単位であり、この定数から電子一個の質量を導出することができます。電子と任意の原子の質量の比は正確に分かっています。従って、プランク定数を基準として、例えば下の図に示すように、非常にたくさんの数の原子の質量として、1 kgを表現できます。



産業技術総合研究所でのプランク定数測定
 産業技術総合研究所ではX線結晶密度法を用いて、プランク定数を決定しました。プランク定数がわかると原子一個の質量がわかると前節でご説明しましたが、この方法では、その原理を逆に利用して、原子一個の質量を測定することで、プランク定数を求めます。原子の一個の質量を測定するのには、質量が約1 kgのシリコン単結晶でつくられた球体を用います。この球体の中には、下の図に示すように非常にたくさんのシリコン原子が含まれています。この原子の数と球の質量を測定すれば、シリコン原子一個の質量を求めることができます。ただし、球体にはおよそ20兆の1兆倍個の原子が含まれており、一個一個数えるのは大変です。そこで、この単結晶中のシリコン原子のならび具合を良く見てみると、実は単位格子とよばれる立方体が規則正しくたくさん並んでいます。また、一個の単位格子の中には8個のシリコン原子が含まれています。この一辺の長さaはX線を使って測定することができ、単位格子の体積Vをa^3として求めることができます。さらに、この球の質量と体積を測定します。体積Vを単位格子の体積a^3で割った値が、球の中の単位格子の数であり、それに単位格子中の原子の数である8をかければ球体中のシリコン原子の数を求ることができます。さらに球の質量をこの原子数で割れば、シリコン原子1個あたりの質量を求ることができます。



 球体の体積と質量は、下のレーザー干渉計、真空天びん、表面分析装置で測定決定しました。2017年の秋には、すべての測定結果をまとめて、プランク定数を、1億分の2.4という世界最高レベルの精度で決定することに成功しました。この精度は1 kgに換算すると24マイクログラムであり、国際キログラム原器の質量の長期安定性である50マイクログラムを凌いでいます。



新たなキログラムの基準となるプランク定数の決定
 これまでに、産総研を含む五つの研究機関のみがプランク定数の高精度な測定に成功しています。それらのデータを元にCODATA(科学技術データ委員会)とよばれる国際組織が特別調整値と呼ばれる新たなキログラムの定義の基準となるプランク定数の値を2017年に決定しました。下図に特別調整値の決定に貢献した8つのデータをまとめています。



NMIJ-17が、産総研が2017年に決定した値です。この値は以前にアボガドロ国際プロジェクトと呼ばれる国際研究協力で産総研がデータの取得に協力した値(IAC-11、IAC-15、IAC-17)と良く一致しています。また、米国標準技術研究所(NIST)、カナダ国立研究機構(NRC)、フランス国立計量研究所(LNE)がキッブルバランス法によって測定した値(NIST-15、NIST-17、NRC-17、LNE-17)とも良く一致しました。
 CODATAは、これら8つの高精度な測定値に基づいてプランク定数の特別調整値(CODATA-2017 、6.626 070 150(69)×10^−34 J s)を決定しています(括弧内の数値は最後の桁の標準不確かさを表します)。CODATA-2017の精度は1.0×10^−8(1億分の1)です。この精度は、1 kgに換算すると10マイクログラムであり、国際キログラム原器の質量安定性である50マイクログラムを大きく凌ぎます。2018年11月に開催された第26回CGPMでは、このCODATA-2017の不確かさをゼロとする定義値に基づく新しいキログラムの定義への移行案が審議され、承認されました。



 また、特別調整値決定の詳細はNISTのNewellらが執筆した論文(D. Newell et al., Metrologia, 55, L13, 2018)で一般の方にも公開されています。その論文中の、特別調整値決定に採用されたデータの一覧表を上に引用しています。各データが報告された論文、データの名前、測定値がまとめられていますが、NMIJ-17が産総研が2017年に測定したものです。産総研の計量標準総合センターの英語名はNational Metrology Institute of Japanですが、この頭文字をとった略称であるNMIJがデータの名前として公式に採用されています。これら8個のデータから決められた特別調整値にもとづき、130年ぶりにキログラムの定義の改定が実現しました。また、歴史上、初めて物理定数を基準とする質量標準が確立しました。このような科学の歴史に残る重要な値の決定に日本の研究所(NMIJ)や日本人の研究者の名前(N. Kuramoto et al.)が今後も明確に残る形で貢献することができたことは、世界に向けて誇ることのできる快挙と言えます。

新しいキログラムの定義の施行
 2018年11月にフランス・ヴェルサイユで開催されたメートル条約の総会「国際度量衡総会」において、プランク定数にもとづく新たな定義への移行案が承認されました。これを受けて、2019年5月20日からプランク定数を定義値とする新たな定義が施行されています。

ページの先頭に戻る/■ 質量標準研究グループトップページに戻る/■ このページについてのお問い合わせ