アボガドロ国際プロジェクト(更新日:2020年12月9日)お知らせ
はじめに
2019年5月20日、世界共通の質量の単位「キログラム」の定義が新しくなりました。以前の定義は、世界に一つしかない分銅「国際キログラム原器」が基準でしたが、現在では、物理定数である「プランク定数」が基準になっています。この新たな定義を導くのにあたって、国際研究協力「アボガドロ国際プロジェクト」が重要な役割を果たしました。本稿では、アボガドロ国際プロジェクトに成り立ちや現在の状態についてご紹介します。
国際キログラム原器がキログラムの定義の基準となったのは1889年のことです。ただし、1990年頃には、国際キログラム原器の質量が徐々に変動している可能性のあることがすでに分かっていました。このため、「モノ」ではないもので、キログラムを定義する提案がおこなわれ始めました。そういった提案の一つが、アボガドロ定数を基準として原子一個の質量を求め、非常に多数の原子の質量としてキログラムを再定義しようという提案です。ただし、この提案を実現するためには、まず、アボガドロ定数を正確に測定しなければなりませんでした。そこで、産業技術総合研究所を含むいくつかの研究機関が、アボガドロ定数の高精度測定に取り組みました。
同位体濃縮シリコン結晶
産業技術総合研究所がアボガドロ定数測定に用いたのは、「X線結晶密度法」です。この方法では、シリコン単結晶球体の質量と球体中に含まれている原子の数を測定し、原子一個あたりの質量を求めます。さらに、この原子一個あたりの質量から、アボガドロ定数を導きます。ただし、自然界に存在するシリコンには、質量の異なる三種類の原子(同位体)が存在します。自然界には28Si、29Si、30Siという三つのシリコンの同位体が存在し、それらの存在比率はそれぞれ、約92%、約5%、約3%です(下図左)。このため、アボガドロ定数を正確に測定するためには、この三種類の同位体がどのような割合で測定に用いたシリコン結晶に含まれているかを正確に測定しなければなりません。ただし、自然界に存在するシリコン結晶を用いた場合、存在比率を十分高い精度で測定することができず、十分な精度でアボガドロ定数を測定することができませんでした。
一方、28Siの存在比率を99.99%程度にまで人工的に高めた特殊な結晶(上図右)を作りだすことができれば、十分な精度で存在比率を測定することができると考えられました。しかし、こういった特殊な結晶(同位体濃縮結晶)をつくるのには非常に多くの予算が必要でした。そこで、複数の研究機関がお金を出し合って同位体濃縮結晶を作成し、アボガドロ定数を高い精度で測定するための国際研究協力「アボガドロ国際プロジェクト」が2004年から開始されました。このプロジェクトには、産業技術総合研究所に加えて、国際キログラム原器を管理している国際度量衡局、イタリア、オーストラリア、英国、ドイツ、EUの研究機関が参加しました。2006年には、28Siの存在比率を99.99 %以上に高めた28Si同位体濃縮結晶が作り出されました。この特殊な結晶を使ってアボガドロ国際プロジェクトは高精度なアボガドロ定数の測定に成功しました。
現在のキログラムの定義の基準となっているプランク定数は、2017年までに測定された8個のプランク定数の測定データに基づいています。このうち、4個のデータが、アボガドロ国際プロジェクトが測定したアボガドロ定数から、厳密な物理の関係式を用いて導出されたプランク定数です。アボガドロ国際プロジェクトは、130年ぶりとなるキログラムの定義改定に決定的な役割を果たしたのです。以下に、同位体濃縮シリコン結晶を用いて測定された4個のデータが報告された論文をまとめています。
28Si同位体濃縮シリコンを用いた測定されたアボガドロ定数が報告された論文(いずれもオープンアクセス):
▪
Y. Azuma et al., Metorlogia, vol. 52, pp. 360-375 (2015)
▪
G. Bartl et al., Metorlogia, vol. 54, pp. 693-715 (2017)
▪
N. Kuramoto et al., Metorlogia, vol. 54, pp. 716-729 (2017)
現在でもアボガドロ国際プロジェクトは活動を継続しており、28Si同位体濃縮結晶を用いた研究開発に取り組んでいます。以下に、現在のアボガドロ国際プロジェクト参加研究機関をまとめています。プロジェクトの方向性は、各研究機関から1人ずつ指名された合計5人のコーディネーターの合議によって決定されています。産業技術総合研究所からは、倉本質量標準研究グループ長がコーディネーターとしてプロジェクトの運営にあたっています。
アボガドロ国際プロジェクト参加機関(2020年12月時点):
▪ 産業技術総合研究所
▪ 国際度量衡局(Bureau International des Poids et Mesures, France)
▪ イタリア計量研究所(Istituto Nazionale di Ricerca Metrologica, Italy)
▪ オーストラリア計量研究所(National Measurement Institute, Australia)
▪ ドイツ物理工学研究所(Physikalisch-Technische Bundesanstalt, Germany)
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